⚪︎兆しの夜
神后・白雪の腹に宿る命が、十の月を越えようとしていた。その夜、神域には銀の風が吹き、天の星々が静かに瞬いた。
それは古き神々の記録にも残された“神子誕生”の予兆――
夜暁尊は静かに白雪の手を取り、低く呟く。
「そなたの命も、その子の命も、どちらも守ると……誓おう」
白雪は微笑みながら、うっすらと額に汗を浮かべて頷いた。
「わたしは、大丈夫。あなたがいるから……怖くない」
そしてその時、胎内の子が大きく動き、神域に眩い光が満ちた。
出産は、神域でも前代未聞のことだった。神はもとより命を宿さず、産むという営みを知らない。
白雪の産声とともに、神々もまた初めて「母の苦しみ」を目の当たりにする。
「がんばれ、白雪……もうすぐ、会える……」
夜暁尊は神の力で痛みを軽減しようとしたが、白雪はそれをそっと拒んだ。
「……この痛みこそ、この子の“入口”です。わたしが、受けとめたいんです」
それは、“母”としての願いだった。
夜暁尊は、ただ手を握り、ひたすら祈るしかなかった。
そして、暁がやってきた。
金と紅の光に包まれ、ひとつの産声が、神域に響いた。
「おぎゃあああっ……!」
その瞬間、天穹が割れ、朝焼けのような光が神々の上に降り注いだ。白雪が腕に抱いたその子は――白雪の黒髪と夜暁尊の金の瞳、そして、生まれたばかりなのに微かに神気を纏っていた。
「……この子が、わたしたちの“暁音(あかね)”」
白雪は涙をこぼしながら、そっと子に口づけた。夜暁尊もまた、その子の額に静かに触れる。
「そなたは、神でもなく、人でもない。だが――この世界に最も近い存在。“調和”を象る、未来そのものだ」



