深子と舞華は太陽神、天照大神を踊りで天岩戸から出したきっかけになった天鈿女命の末裔だ。
誇らしい。
一見すると誇らしいのだ。
だが、深子が不幸だったのは彼女が舞華と双子だった事だ。
「ねえ、知ってる?舞華様って実は双子なんでしょう」
「まあ、不吉!」
物心着いた時から家族はそれを理由に深子にきつく当たった。
(細女の末裔はすごい事だけど双子は不吉みたい)
双子は穀潰しと嫌われる。
我が家はお金に困る事はない。
なのに、庶民から見れば双子は穀潰しだ。
深子は幼ながらそれを悲しく思った。
先に産まれた愛らしい舞華とは違い、正気なく産まれた深子は発育も遅く、表情が乏しい。
その違いはどんどん広がり母、恭華は双子を身籠ったと知った時から溜まった恨み辛みを可愛くない方の深子についた。
そういう訳でその頃には舞華にとって深子は姉ではなく屋敷の使いで自分の小間使いだった。
「アンタが私の姉なんて思わないことね」
いつも妹は綺麗な顔で深子に辛辣な言葉を掛けて使う。
そして噂話は屋敷の庭で舞華が舞の練習中、塀を背にして立っていた深子と母に聞こえていた。
「舞華様の側についているお手伝いの子がその双子なんでしょう。お顔が地味だし似てないわよね。
神の末裔なのに畜生腹なんて神も仏もいるのかしら?」
二卵性で母に似た舞華と父親似の深子とでは似るはずがない。
いやあねえと道端で笑う声に母が酷くしかめた眉に齢8つの深子は気づくがここで傷ついた顔をしたら後で余計に何か言われるに違いない。
その時、塀の向こうから
「僕、深子様好き」
と小さな男の子の声が聞こえた。
声の主は近所のリクだ。
今年で4つの彼は去年の|夏祭りで彼と少しだけ話をして仲良くなったのだ。
(嬉しい。けどあんまり私を褒められると母様が怖いわ)
深子は複雑だ。
そこにちょうど一曲、舞の練習を終えた舞華が
「母様、今のどうだった?」
と聞きにくる。
「その調子よ」
母のしかめた眉は舞華の息を切らした顔を見たら元に戻り、深子は表情すら変えないものの内心ほっとする。
「あ〜あ、ちょっと休憩」
舞華は待機していた深子に舞に使っていた小道具の羽衣をポイっと渡し、縁側で足を崩し疲れたあと座る。
舞華に
「いいわね、アンタはなんにもしなくて。
早くお茶をちょうだい」
と言われ、深子は冷たい緑茶を淹れる。
それを飲むと舞華は縁側にはあっと気持ち良そうにころんと寝転ぶ。
「これ舞華!はしたない先生の前で」
気を抜きすぎな我が子を母が叱る。
細女の舞は血族である親から子。
すなわち母の恭華から舞華に教えるべきだが彼女にこだわりはないらしい。
「私も小さい時は先生がいたわ」
と言う母の役割は総監督だろうか。
師範はいいと言ってもあえて「こうした方がいいわよ」とやんわり助言するくらいで舞華をきつく叱ったりはしない。
親が直接教えると大目に見てしまって練習にならないからという理由で家には仕える数名の演奏者と師範がいる。
今はその人達の前だからと寝転ぶ舞華を叱るがまだ幼い彼女は大目に見て欲しいらしい。
「分かってるわよ。
でも、婚礼の舞なんて私まだ8つよ。
それより今の時期なら夏の慰霊の舞の練習をした方がいいわ」
『婚礼』といってもまだ幼い妹には(深子も同じだが)ピンと来ないらしい。
それよりも我が家にまつわる山の側にある神社である夏祭りと一緒にやる慰霊の舞の方を彼女は意気込んでいた。
いつもは憎まれ口を叩くのに妹の華やかな踊りは毎年、家族や先祖を弔う人々に喜ばれるのだ。
そんな真面目な舞華に師範は
「今年も楽しみにしてますよ」
とお墨付きをもらい、彼女は悪い気はしない。
その証拠に仰向けからコロンと肘を着いたうつ伏せになり脚をパタパタしている。
だが、その様子に母はさらにこれっ!と叱り
「分かったわ。
でも夏のお祭りが終わったらまた、婚礼の舞は今度は収穫祭の舞と一緒に練習してもらうわよ」
と舞華に言って聞かるが
「ええー!どっちか片方よう」
と嫌らしい。
「いけません!
婚礼の舞もあなたの未来の旦那さんになる猿田彦様の前で舞う大事な我が家の伝統なのよ」
そう。
我が家は珍しく嫁入りじゃなく婿入りだ。
天鈿女命の舞に見惚れた猿田彦様がこの家に婿養子として入られる。
(婚礼の舞ーー)
街の人の噂話が聞こえる前まで、深子は妹の踊る姿を見て
やっぱり綺麗と思っていた。
白い羽を付けた羽衣を顔の前から頭上に上げて片足を前に出して跳ねる振り付けはまるで花婿に花嫁が顔を見せて駆け寄る姿みたいで深子はドキドキしていた。
(この子が大きくなっちゃったらどうなるのかしら?)
深子は舞華の舞を見る度にそう思った。
彼女の肌は白く、子どもなのに長い手足を鳥のように動かし舞う。
そんな風に踊る人を深子も街の人も他に知らない。
東の街には海の向こうの造りを取り入れた館や雑貨が流行るようになった今より昔だったら時の帝に声を掛けられるなんてあったかもしれない。
そんな彼女が将来、この舞を踊ったら婿は天女の舞を見たと言って彼女のいう事を生涯聞いて大切にするだろう。
その年の舞華の慰霊の舞は言うまでもなく大人達は拍手喝采だった。
年月は経ち、更にその日は近づいていた、はずだった。
誇らしい。
一見すると誇らしいのだ。
だが、深子が不幸だったのは彼女が舞華と双子だった事だ。
「ねえ、知ってる?舞華様って実は双子なんでしょう」
「まあ、不吉!」
物心着いた時から家族はそれを理由に深子にきつく当たった。
(細女の末裔はすごい事だけど双子は不吉みたい)
双子は穀潰しと嫌われる。
我が家はお金に困る事はない。
なのに、庶民から見れば双子は穀潰しだ。
深子は幼ながらそれを悲しく思った。
先に産まれた愛らしい舞華とは違い、正気なく産まれた深子は発育も遅く、表情が乏しい。
その違いはどんどん広がり母、恭華は双子を身籠ったと知った時から溜まった恨み辛みを可愛くない方の深子についた。
そういう訳でその頃には舞華にとって深子は姉ではなく屋敷の使いで自分の小間使いだった。
「アンタが私の姉なんて思わないことね」
いつも妹は綺麗な顔で深子に辛辣な言葉を掛けて使う。
そして噂話は屋敷の庭で舞華が舞の練習中、塀を背にして立っていた深子と母に聞こえていた。
「舞華様の側についているお手伝いの子がその双子なんでしょう。お顔が地味だし似てないわよね。
神の末裔なのに畜生腹なんて神も仏もいるのかしら?」
二卵性で母に似た舞華と父親似の深子とでは似るはずがない。
いやあねえと道端で笑う声に母が酷くしかめた眉に齢8つの深子は気づくがここで傷ついた顔をしたら後で余計に何か言われるに違いない。
その時、塀の向こうから
「僕、深子様好き」
と小さな男の子の声が聞こえた。
声の主は近所のリクだ。
今年で4つの彼は去年の|夏祭りで彼と少しだけ話をして仲良くなったのだ。
(嬉しい。けどあんまり私を褒められると母様が怖いわ)
深子は複雑だ。
そこにちょうど一曲、舞の練習を終えた舞華が
「母様、今のどうだった?」
と聞きにくる。
「その調子よ」
母のしかめた眉は舞華の息を切らした顔を見たら元に戻り、深子は表情すら変えないものの内心ほっとする。
「あ〜あ、ちょっと休憩」
舞華は待機していた深子に舞に使っていた小道具の羽衣をポイっと渡し、縁側で足を崩し疲れたあと座る。
舞華に
「いいわね、アンタはなんにもしなくて。
早くお茶をちょうだい」
と言われ、深子は冷たい緑茶を淹れる。
それを飲むと舞華は縁側にはあっと気持ち良そうにころんと寝転ぶ。
「これ舞華!はしたない先生の前で」
気を抜きすぎな我が子を母が叱る。
細女の舞は血族である親から子。
すなわち母の恭華から舞華に教えるべきだが彼女にこだわりはないらしい。
「私も小さい時は先生がいたわ」
と言う母の役割は総監督だろうか。
師範はいいと言ってもあえて「こうした方がいいわよ」とやんわり助言するくらいで舞華をきつく叱ったりはしない。
親が直接教えると大目に見てしまって練習にならないからという理由で家には仕える数名の演奏者と師範がいる。
今はその人達の前だからと寝転ぶ舞華を叱るがまだ幼い彼女は大目に見て欲しいらしい。
「分かってるわよ。
でも、婚礼の舞なんて私まだ8つよ。
それより今の時期なら夏の慰霊の舞の練習をした方がいいわ」
『婚礼』といってもまだ幼い妹には(深子も同じだが)ピンと来ないらしい。
それよりも我が家にまつわる山の側にある神社である夏祭りと一緒にやる慰霊の舞の方を彼女は意気込んでいた。
いつもは憎まれ口を叩くのに妹の華やかな踊りは毎年、家族や先祖を弔う人々に喜ばれるのだ。
そんな真面目な舞華に師範は
「今年も楽しみにしてますよ」
とお墨付きをもらい、彼女は悪い気はしない。
その証拠に仰向けからコロンと肘を着いたうつ伏せになり脚をパタパタしている。
だが、その様子に母はさらにこれっ!と叱り
「分かったわ。
でも夏のお祭りが終わったらまた、婚礼の舞は今度は収穫祭の舞と一緒に練習してもらうわよ」
と舞華に言って聞かるが
「ええー!どっちか片方よう」
と嫌らしい。
「いけません!
婚礼の舞もあなたの未来の旦那さんになる猿田彦様の前で舞う大事な我が家の伝統なのよ」
そう。
我が家は珍しく嫁入りじゃなく婿入りだ。
天鈿女命の舞に見惚れた猿田彦様がこの家に婿養子として入られる。
(婚礼の舞ーー)
街の人の噂話が聞こえる前まで、深子は妹の踊る姿を見て
やっぱり綺麗と思っていた。
白い羽を付けた羽衣を顔の前から頭上に上げて片足を前に出して跳ねる振り付けはまるで花婿に花嫁が顔を見せて駆け寄る姿みたいで深子はドキドキしていた。
(この子が大きくなっちゃったらどうなるのかしら?)
深子は舞華の舞を見る度にそう思った。
彼女の肌は白く、子どもなのに長い手足を鳥のように動かし舞う。
そんな風に踊る人を深子も街の人も他に知らない。
東の街には海の向こうの造りを取り入れた館や雑貨が流行るようになった今より昔だったら時の帝に声を掛けられるなんてあったかもしれない。
そんな彼女が将来、この舞を踊ったら婿は天女の舞を見たと言って彼女のいう事を生涯聞いて大切にするだろう。
その年の舞華の慰霊の舞は言うまでもなく大人達は拍手喝采だった。
年月は経ち、更にその日は近づいていた、はずだった。

