◇御簾の向こう、二度目の逢瀬


 「おまえが、“あの姉”を演じきったときから、私は興味があった」

 将軍様は、低く囁いた。
 夜の帳に溶けるようなその声は、冷たくも、どこか熱を帯びている。

 「おまえには、欲がある。だが、穢れていない」

 その言葉に、わたしはふと問うた。

 「それは……褒め言葉でしょうか?」

 将軍様は、微かに笑った。

 「わからぬか。だが、答えはそのうち与えよう」

 そしてその夜、わたしの指先に唇を落とした将軍様の眼差しは――
 まぎれもなく、“志乃”というひとりの女を見ていた。



  ***

 そして、大奥最大の催し――「月次御覧(つきなみごらん)」が迫る。

 将軍の前で芸事や献上品が披露され、女たちが“己”を売り込む機会。

 蓮華様は言った。

 「わたしが真に選ばれることを証明してみせる。志乃、あなたは“影”に戻るべきよ」

 ――影に戻る。

 その言葉が胸に突き刺さる。
 けれど、わたしはそっと目を閉じて言った。

 「だったら……“光”を奪ってみせる」

 蓮華様の瞳が、炎のように揺れた。

 その夜、将軍様からの一言が告げられる。

 「次の月次御覧、おまえの舞を見せてみろ。桂木志乃として」