◇御鈴廊下の試練
御鈴廊下。
それは、将軍の御座所へと続く、もっとも神聖で、もっとも危うい場所。
一歩間違えれば、女たちの嫉妬と陰謀に呑まれる。
案内された部屋は、端の奥まった一室だった。
襖には誰かが爪で引っかいたような痕が残る。ここが、「仮妃」としての居室だと知る。
部屋付きの小女が二人。
一人は、馴染みの梅。もう一人は、涼やかな目元をした口の利かぬ少女・あやめ。
「志乃様。こちらでお着替えを」
手渡されたのは、姉が誂えたとされる艶やかな緋色の打掛だった。
――わたしには、眩しすぎる。
そう思った瞬間だった。襖の外で、くすくすと笑い声がした。
「ねえ、知ってる? 蓮華様ってお美しいって聞いてたけど……やけに顔を隠してばかりなのよね」
「やっぱり替え玉なんじゃない? あの噂、本当かも……」
「それでも上様のお気に召したそうよ。ああ、女って分からない」
女たちの囁きは、毒にも似て鋭く心に刺さる。
だが、それが“大奥”という場所。
梅が顔を曇らせて言った。
「志乃様……早く、本物だと認めてもらえれば……」
「――違うの。わたしは、“偽物”のままでいいの」
わたしはそっと微笑んだ。
なぜなら、もう知っている。
“影”のまま、影としてしか咲けない花があることを。



