◇影としての代役
すべては一瞬のことだった。
着せ替えられる十二単、引かれる紅、髪を結う手が震える。
わたしではなく、姉として化ける。
それが「桂木家」の命だった。
「姉が逃げた今、志乃が出るしかない」
それが父の言葉だった。
まるで、駒のように扱われたわたしの身体。
けれどその中で、心の奥が静かに震えていた。
――これが最後の機会かもしれない。
姉の影ではなく、わたし自身として、大奥に足を踏み入れることができる唯一の機会。
そう思えば、足の震えも消えていった。
大奥に入って、最初に出会ったのは、噂の将軍だった。
「桂木蓮華……いや。おまえは……」
目を細めてわたしを見る青年――
それが、徳川清暉様だった。
目元は鋭く、口元に薄い微笑を浮かべたその顔は、まるで鷹のよう。
だが、どこか人の心を見透かすような孤独が漂っていた。
「……偽りは見抜ける。だが、おもしろい」
将軍の言葉が、わたしの胸を震わせた。
「影であっても、命をかけて咲こうとする花。……嫌いではない」
その一言が、わたしの運命を変えた。



