◇静かなる決着


 大奥の梅がほころぶ頃――
 桂木蓮華は、正式に「御咎めあり」として、大奥を追われた。

 罪状は、将軍の寝所に不法侵入、懐妊詐称、侍女らへの指図による偽証未遂。
 これらすべてが認められたのち、彼女は城下の桂木家の別宅に幽閉されることとなった。

 蓮華は護送される途中、一度だけ志乃の前に姿を現した。

 「ねえ、志乃。あんた……ほんとうに、“わたし”を越えたと思ってるの?」

 彼女の目は、どこか遠くを見ていた。
 かつて誰よりも美しく、誇り高かった姉の影は、すでに風に溶けて消えかかっていた。

 「越えたとは思いません。……でも、わたしはもう、姉上の後ろにいません」

 その答えに、姉はほんの一瞬、口元に笑みを浮かべた。

 「……そう。なら、もういいわ」

 そして、姉は背を向け、二度と志乃の前には現れなかった。



  ***




 春の光が満ちる、柔らかな朝――
 志乃は、将軍の御台所付きの産室にて、男児を出産した。

 「おぎゃあ、あああ……っ」

 初めて聞くその泣き声に、何もかもが滲んで見えた。

 「志乃様……無事に、お生まれです……!」

 梅が涙を流しながら抱き取った赤子は、将軍と志乃の間に生まれた命――まさに大奥の希望だった。

 将軍様はその夜、誰よりも早く産室を訪れた。

 「……ありがとう。おまえがいて、この子が生まれた」


 腕の中の赤子を抱き、志乃の額にそっと口づけた。


 「名を付けねばな。志乃……この子は、わたしとおまえの未来だ」