◇かすかな兆し
秋が深まり、庭の紅葉がひときわ鮮やかになるころ――
わたしの身体に、異変が訪れた。
胸の張り、微熱、食事の匂いにふと込み上げる吐き気。最初は疲労だと思っていた。
だが、梅が震える声で囁いた。
「志乃様……まさか……」
御典医の診立てを受け、伝えられた言葉は、まるで夢のようだった。
――懐妊、でございます。
その瞬間、視界がぼやけていく中、そっと手を腹に添えた。
「ここに、彼の方の御子が……」
そこには、あの夜、将軍様と交わした愛の証が宿っていた。
***
知らせを受けた将軍様は、驚きよりも先に、そっと目を伏せた。
そして、短く、深く息を吐いたあと、わたしの肩を強く抱き寄せる。
「……志乃。ありがとう」
それは、誰に向けられるでもない、素直な歓喜の声だった。
「この子は、おまえと私の希望だ。どんなことがあっても、守る」
その腕の中で、わたしはようやく「母」になる実感を抱いた。
けれど、その幸福の影で――
“絶対に知られてはならぬ者”にまで、この知らせは届いてしまっていた。



