「ムカつくムカつく!」

廊下を大股で歩き、教室へ向かう。
 
まさか冬吏に見られていたなんて……!
 
おばあちゃんの家の周囲の住民は、ほとんど引っ越しているので油断していた。せめてレースのカーテンだけでも閉めるべきだった。
 
今さら悔やんでも遅いし、次からは気をつければいいだけ。わかっているのに、脅迫されたみたいで腹立たしい。
 
冬吏はやっぱり私のことが嫌いなんだ。君沢湖で距離が縮まったと思ったのに、なんだか裏切られた気分。
 
教室の手前で足を止める。
 
千秋や桜輔に、ピアノが弾けることを知られたらどうしよう……。
 
こんなことなら最初から言っておくべきだった。
 
今からでも間に合うかもしれない。ウォーターボトルを冬吏に渡してから、ふたりに実はピアノなら弾けることを伝えよう。
 
でも、黙っていた理由をどう説明していいのかわからない。幼いころに習っていただけだと伝えても、内緒にしていたことの説明にはならない。
 
――また、嫌われてしまう。
 
陰口を叩かれ、無視され、存在そのものを否定される。
 
誰にも嫌われたくないから、仮面をつけてやり過ごしてきたのに、結局私はうまく生きられないんだ……。

「ああ……」
 
ため息をこぼすと、クーラーの冷気がさっきよりも寒く感じた。
 
とにかく今は、冬吏にウォーターボトルを持っていこう。これ以上脅されるようなら、千秋にすべてを打ち明けよう。
 
そのときになって初めて気がついた。さっき冬吏と話しているとき、仮面をつけていなかったことを。
 
きっと余裕がなかっただけ。本当の自分を出さないように気をつけないと……。
 
冬吏の机の上に、ウォーターボトルがあった。開きっぱなしのノートの上に横たわっている。
 
あまり中身が入ってないらしく、持ちあげるとちゃぷんと軽い音がした。見開きのノートの右側のページになにか書いてある。
 
そこで、時間が止まった。
 
窓から差しこむ西日。
 
開かれたノート。短い文章。彼の几帳面な文字。

【12月25日 地球がこわれる】
 
ノートにはそう書いてあった。