海北町のはずれにある駅に改札はない。簡素な駅舎と短いホームがあるだけの無人駅。
駅に到着したときには、雨に降られたように汗だくになっていた。
力をふり絞り、ホームに続く階段をあがっていると言い争うような声が聞こえた。
この声は――冬吏だ。
ホームのまんなかに冬吏が立っていた。登校していないのに制服姿で、隣に立つ男性につかみかかるくらいの勢いでなにか怒鳴っている。
あの男性が冬吏の父親である大地さんなのだろう。こんなに暑いのに上下スーツ姿で、ネクタイまで締めている。鋭角で太い眉に、切れ長の目は冬吏に似ていない。
少し離れた場所に立っている菜月さんが私に気づいた。視線に気づいた大地さんが、いぶかしげに私を見た。
「おい」
父親に促され、ふり向いた冬吏の目が大きく見開かれた。
「雪音!」
駆け出そうとする冬吏の腕を、大地さんがつかんだ。
はあはあ、と息を吐きながら冬吏に近づく。
「あの、引っ越し……」
呼吸が荒くて、うまく言葉になってくれない。
「先生から、聞いて、私……」
「ごめん」
冬吏が視線を逸らせた。
謝ってほしいわけじゃない。ただ、会えなくなるという現実が信じられないだけ。
「本当に……行っちゃうの? だってふたりで町の人を助けるって言ったよね?」
「ちゃんと覚えてるよ」
「だったらなんで――」
「いい加減にしろ」
うなるような声で大地さんが私に視線を合わせた。
「君は誰だ? こんなところまで追いかけてくるなんて、非常識にもほどがある。町の人を救うとか、神様にでもなったつもりか」
「やめろよ!」
怒鳴る冬吏を一瞥し、大地さんが私に一歩近づく。その手に、見覚えのあるスマホケースがあった。冬吏のスマホを奪い取っていたんだ。
大地さんの向こうにいる冬吏の姿が見えない。
焦っている間に、列車の音が近づいてきた。
冬吏が……いなくなってしまう。
列車がブレーキ音をきしませ、ホームに停車した。
「話をさせてください」
「必要ない」
ドアの開く音がして、クーラーの冷気が頬に当たった。
「雪音」冬吏が私の前に出ようとするのを、大地さんが強引に押しとどめた。
「こんなことになってごめん。でも――」
「ほら、乗れ!」
冬吏の言葉を遮り、大地さんと菜月さんが強引に車内にねじこむ。
それでも外に出ようとする冬吏の首根っこをつかみ、大地さんは車両の奥へ連れていく。
「冬吏!」
「雪音さん」
菜月さんが私の前に立ちふさがった。
「どうして……ひどいじゃないですか」
「子どもを安全な場所に移動させるのは、親として当然のこと。あなたにも北極に行くチャンスをあげたはず。行かない決断をしたのは、あなたでしょう? 私やあの人を責める資格なんてないわ」
言い捨てると、菜月さんも列車に乗りこんだ。私が入れないようにドアの前に立ちふさがっている。
ドアが今、目の前で閉まった。
「雪音!」
冬吏の声が途中でかき消えた。動き出す列車のなか、冬吏が進行方向と逆のドアに駆け寄るのが見えた。
冬吏が窓ガラスに手を当てる。重なるように押し当てても、その温度は感じられない。
「冬吏!」
――や、く、そ、く。
冬吏の口がそう動くのを私は見た。
スピードをあげる列車にふり払われるように、あっけなく窓ガラスに置いた手が離れた。追いかけたい気持ちよりも、今起きていることが信じられずに立ちすくむだけ。
鉛色の空の下、冬吏の乗った列車はすぐに見えなくなった。
駅に到着したときには、雨に降られたように汗だくになっていた。
力をふり絞り、ホームに続く階段をあがっていると言い争うような声が聞こえた。
この声は――冬吏だ。
ホームのまんなかに冬吏が立っていた。登校していないのに制服姿で、隣に立つ男性につかみかかるくらいの勢いでなにか怒鳴っている。
あの男性が冬吏の父親である大地さんなのだろう。こんなに暑いのに上下スーツ姿で、ネクタイまで締めている。鋭角で太い眉に、切れ長の目は冬吏に似ていない。
少し離れた場所に立っている菜月さんが私に気づいた。視線に気づいた大地さんが、いぶかしげに私を見た。
「おい」
父親に促され、ふり向いた冬吏の目が大きく見開かれた。
「雪音!」
駆け出そうとする冬吏の腕を、大地さんがつかんだ。
はあはあ、と息を吐きながら冬吏に近づく。
「あの、引っ越し……」
呼吸が荒くて、うまく言葉になってくれない。
「先生から、聞いて、私……」
「ごめん」
冬吏が視線を逸らせた。
謝ってほしいわけじゃない。ただ、会えなくなるという現実が信じられないだけ。
「本当に……行っちゃうの? だってふたりで町の人を助けるって言ったよね?」
「ちゃんと覚えてるよ」
「だったらなんで――」
「いい加減にしろ」
うなるような声で大地さんが私に視線を合わせた。
「君は誰だ? こんなところまで追いかけてくるなんて、非常識にもほどがある。町の人を救うとか、神様にでもなったつもりか」
「やめろよ!」
怒鳴る冬吏を一瞥し、大地さんが私に一歩近づく。その手に、見覚えのあるスマホケースがあった。冬吏のスマホを奪い取っていたんだ。
大地さんの向こうにいる冬吏の姿が見えない。
焦っている間に、列車の音が近づいてきた。
冬吏が……いなくなってしまう。
列車がブレーキ音をきしませ、ホームに停車した。
「話をさせてください」
「必要ない」
ドアの開く音がして、クーラーの冷気が頬に当たった。
「雪音」冬吏が私の前に出ようとするのを、大地さんが強引に押しとどめた。
「こんなことになってごめん。でも――」
「ほら、乗れ!」
冬吏の言葉を遮り、大地さんと菜月さんが強引に車内にねじこむ。
それでも外に出ようとする冬吏の首根っこをつかみ、大地さんは車両の奥へ連れていく。
「冬吏!」
「雪音さん」
菜月さんが私の前に立ちふさがった。
「どうして……ひどいじゃないですか」
「子どもを安全な場所に移動させるのは、親として当然のこと。あなたにも北極に行くチャンスをあげたはず。行かない決断をしたのは、あなたでしょう? 私やあの人を責める資格なんてないわ」
言い捨てると、菜月さんも列車に乗りこんだ。私が入れないようにドアの前に立ちふさがっている。
ドアが今、目の前で閉まった。
「雪音!」
冬吏の声が途中でかき消えた。動き出す列車のなか、冬吏が進行方向と逆のドアに駆け寄るのが見えた。
冬吏が窓ガラスに手を当てる。重なるように押し当てても、その温度は感じられない。
「冬吏!」
――や、く、そ、く。
冬吏の口がそう動くのを私は見た。
スピードをあげる列車にふり払われるように、あっけなく窓ガラスに置いた手が離れた。追いかけたい気持ちよりも、今起きていることが信じられずに立ちすくむだけ。
鉛色の空の下、冬吏の乗った列車はすぐに見えなくなった。



