あれから三日過ぎても、冬吏は学校に来なかった。
一ノ瀬先生の話によれば、停学になったとのこと。桜輔と千秋は、職員室に何度も抗議しに行ってるけれど、停学は覆らず、期間も教えてもらえないそうだ。
クラスメイトの反応は様々で、多くは「やっぱりな」という感じ。私に対しても冷ややかな目を向けてきたり、聞こえるように「預言者もどき」と揶揄してくる男子もいた。
「うるせえよ」
お弁当をかっこみながら桜輔がかばってくれた。
千秋は部員の転校がまた決まったらしく、一ノ瀬先生のところへ相談しに行ったっきり帰ってこない。
今朝になってようやく雨もあがり、空には薄い青空が広がっている。
あれから冬吏に何度かメッセージを送ったけれど、既読マークもつかない。以前の薄い関係に戻ったみたいでさみしくなる。
そういえば、夏海さんはなぜ冬吏のことを知っていたのだろう。
冬吏と同じタイミングでこの町に来たのはなぜ?
グルグルと疑問が頭のなかで回り続けている。
私と樹くんのように、ふたりも幼なじみなのだろうか。ううん、違う。樹くんとは学会が行われている会場でしか会ったことがないから、幼なじみと呼べる関係じゃない。
夏海さんは冬吏のことを信じている。それはふたりが……。
桜輔が男子に呼ばれたタイミングで屋上に行くことにした。
作戦があったわけじゃないけれど、雨が中断させた会話を続けたかった。
階段をあがりドアのカギを取り出してから気づく。
前回、夏海さんは私たちよりも先に屋上にいた。ということは、スペアキーを持っているのだろうか。
ギイ。
外に出ると、久しぶりの太陽が屋上に光を注いでいた。
夏海さんの姿は――ない。
いつものように手すりにもたれると、海がキラキラと輝いている。手前にある君沢湖に雲が映っている。
「来ると思ってた」
隣に並んだ夏海さんに、「うん」とうなずいた。
「げ。驚かねえの?」
「いると思ってたから」
前を見たままそう言うと、夏海さんは「ふ」とひと文字で笑った。
「そこの裏が日陰になるんだよ。直射日光ヤバいし」
ドアのほうをさした指を、そのまま私に向けてくる。
「あんたヘンなヤツだね」
「そうかも。夏海さんもよく言われるでしょ?」
「まあね。みんなが登校したあとにこっそりここに来て、一日過ごしてるし。ウチの家、父親が再婚してんだ。新しい母親が口うるさいババアで、専業主婦してるもんだから、家にいられないんだよね。マジでウザい」
顔をしかめる夏海さん。聞きたいことはあるけれど、どう切り出していいのかわからず、あいまいにうなずく。
また、沈黙。
「こないだはごめん」
意外な言葉に思わず「う」とおかしな声をあげてしまった。
「ほら、冬吏との仲をにおわせたろ? あんなつもりじゃなかったけど、あんたが冬吏を好きってのを聞いて、意地悪したくなってさ」
「あ……そっか。そのことも聞かれてたんだね」
「千秋って子が桜輔って男子を好きなことも」
ハッとする私に、夏海さんは「大丈夫」と続けた。
「ウチ友だちいないから、チクる相手もいない。それより、冬吏とのこと説明させて。本当の母親がさ、昔、学会のメンバーだったんだ。あんたの親父と一緒の時期だったかはわかんないけど、同じように『地球がこわれる』って口ぐせみたいに言ってた。家族で引っ越すために家を買ってる間に、母親の病気が発覚したから、父親とふたりで越してきた」
「え……お母さんは?」
「死んだ」
あっさりと夏海さんは言った。
「闘病生活なんてないくらい、あっという間だった。引っ越してきてすぐに父親が再婚。運命の出会いとか言ってたけど、バカじゃないのって感じ」
体の向きを変え、手すりにもたれた夏海さん。
「ウチと冬吏は一度バッタリ街で会った程度の仲。向こうは覚えてもいないだろうから安心して」
「あ……うん」
よかった、と思ういっぽうで、夏海さんの過去を知り胸が苦しくなる。
だから前髪を染め、教室にも来ないの?
そんな質問できるほどの仲じゃないから、口をギュッと結んで言葉を閉じこめる。
ドンッ。思いっきり背中を叩かれ、手すりに頭をぶつけそうになった。
「そんな顔すんなって。一ノ瀬が土曜日とかにテストしてくれててさ、こう見えて赤点を取ったことないし」
「……うん」
「これさえ戻せば教室に行けるんだけどな」
と、夏海さんは前髪をつかんだ。
「じゃあ黒色に戻して教室に行こう」
考える間もなくそう言っていた。
「簡単に言うなよ」
「簡単だよ。私、このままじゃクラスでまた浮いてしまいそうなの。夏海さんがいたら、少しはマシになるかも」
「ひでえ。ウチをいけにえにする気かよ」
「いけにえ、ってよりは、ボディーガードかな」
「なんだよそれ!」
ガハハと笑ったあと、夏海さんは愛おしそうに自分の髪をなでた。
「残念ながら、この髪の色、気に入ってんだ」
悲しみを抱えて笑っている姿を見たことがある。鏡に映る過去の私がそうだった。
私の表情を見て、夏海さんが目を丸くした。
「なんであんたが悲しい顔してんだよ。じゃあさ、クイズに答えられたら教室に行くかどうか考えるわ」
「クイズ? うん、挑戦する」
チャイムがすぐそばで鳴り出した。
「髪の色の正式名称を答えられたら考える。てことで、もう行きな」
手のひらでシッシッと追い払われてしまった。
扉のところでふり向くと、笑顔の仮面を外した夏海さんが、ぼんやりと青い空を眺めていた。
一ノ瀬先生の話によれば、停学になったとのこと。桜輔と千秋は、職員室に何度も抗議しに行ってるけれど、停学は覆らず、期間も教えてもらえないそうだ。
クラスメイトの反応は様々で、多くは「やっぱりな」という感じ。私に対しても冷ややかな目を向けてきたり、聞こえるように「預言者もどき」と揶揄してくる男子もいた。
「うるせえよ」
お弁当をかっこみながら桜輔がかばってくれた。
千秋は部員の転校がまた決まったらしく、一ノ瀬先生のところへ相談しに行ったっきり帰ってこない。
今朝になってようやく雨もあがり、空には薄い青空が広がっている。
あれから冬吏に何度かメッセージを送ったけれど、既読マークもつかない。以前の薄い関係に戻ったみたいでさみしくなる。
そういえば、夏海さんはなぜ冬吏のことを知っていたのだろう。
冬吏と同じタイミングでこの町に来たのはなぜ?
グルグルと疑問が頭のなかで回り続けている。
私と樹くんのように、ふたりも幼なじみなのだろうか。ううん、違う。樹くんとは学会が行われている会場でしか会ったことがないから、幼なじみと呼べる関係じゃない。
夏海さんは冬吏のことを信じている。それはふたりが……。
桜輔が男子に呼ばれたタイミングで屋上に行くことにした。
作戦があったわけじゃないけれど、雨が中断させた会話を続けたかった。
階段をあがりドアのカギを取り出してから気づく。
前回、夏海さんは私たちよりも先に屋上にいた。ということは、スペアキーを持っているのだろうか。
ギイ。
外に出ると、久しぶりの太陽が屋上に光を注いでいた。
夏海さんの姿は――ない。
いつものように手すりにもたれると、海がキラキラと輝いている。手前にある君沢湖に雲が映っている。
「来ると思ってた」
隣に並んだ夏海さんに、「うん」とうなずいた。
「げ。驚かねえの?」
「いると思ってたから」
前を見たままそう言うと、夏海さんは「ふ」とひと文字で笑った。
「そこの裏が日陰になるんだよ。直射日光ヤバいし」
ドアのほうをさした指を、そのまま私に向けてくる。
「あんたヘンなヤツだね」
「そうかも。夏海さんもよく言われるでしょ?」
「まあね。みんなが登校したあとにこっそりここに来て、一日過ごしてるし。ウチの家、父親が再婚してんだ。新しい母親が口うるさいババアで、専業主婦してるもんだから、家にいられないんだよね。マジでウザい」
顔をしかめる夏海さん。聞きたいことはあるけれど、どう切り出していいのかわからず、あいまいにうなずく。
また、沈黙。
「こないだはごめん」
意外な言葉に思わず「う」とおかしな声をあげてしまった。
「ほら、冬吏との仲をにおわせたろ? あんなつもりじゃなかったけど、あんたが冬吏を好きってのを聞いて、意地悪したくなってさ」
「あ……そっか。そのことも聞かれてたんだね」
「千秋って子が桜輔って男子を好きなことも」
ハッとする私に、夏海さんは「大丈夫」と続けた。
「ウチ友だちいないから、チクる相手もいない。それより、冬吏とのこと説明させて。本当の母親がさ、昔、学会のメンバーだったんだ。あんたの親父と一緒の時期だったかはわかんないけど、同じように『地球がこわれる』って口ぐせみたいに言ってた。家族で引っ越すために家を買ってる間に、母親の病気が発覚したから、父親とふたりで越してきた」
「え……お母さんは?」
「死んだ」
あっさりと夏海さんは言った。
「闘病生活なんてないくらい、あっという間だった。引っ越してきてすぐに父親が再婚。運命の出会いとか言ってたけど、バカじゃないのって感じ」
体の向きを変え、手すりにもたれた夏海さん。
「ウチと冬吏は一度バッタリ街で会った程度の仲。向こうは覚えてもいないだろうから安心して」
「あ……うん」
よかった、と思ういっぽうで、夏海さんの過去を知り胸が苦しくなる。
だから前髪を染め、教室にも来ないの?
そんな質問できるほどの仲じゃないから、口をギュッと結んで言葉を閉じこめる。
ドンッ。思いっきり背中を叩かれ、手すりに頭をぶつけそうになった。
「そんな顔すんなって。一ノ瀬が土曜日とかにテストしてくれててさ、こう見えて赤点を取ったことないし」
「……うん」
「これさえ戻せば教室に行けるんだけどな」
と、夏海さんは前髪をつかんだ。
「じゃあ黒色に戻して教室に行こう」
考える間もなくそう言っていた。
「簡単に言うなよ」
「簡単だよ。私、このままじゃクラスでまた浮いてしまいそうなの。夏海さんがいたら、少しはマシになるかも」
「ひでえ。ウチをいけにえにする気かよ」
「いけにえ、ってよりは、ボディーガードかな」
「なんだよそれ!」
ガハハと笑ったあと、夏海さんは愛おしそうに自分の髪をなでた。
「残念ながら、この髪の色、気に入ってんだ」
悲しみを抱えて笑っている姿を見たことがある。鏡に映る過去の私がそうだった。
私の表情を見て、夏海さんが目を丸くした。
「なんであんたが悲しい顔してんだよ。じゃあさ、クイズに答えられたら教室に行くかどうか考えるわ」
「クイズ? うん、挑戦する」
チャイムがすぐそばで鳴り出した。
「髪の色の正式名称を答えられたら考える。てことで、もう行きな」
手のひらでシッシッと追い払われてしまった。
扉のところでふり向くと、笑顔の仮面を外した夏海さんが、ぼんやりと青い空を眺めていた。



