おばあちゃんの家を出てからスマホを開くと、通知画面に冬吏のアイコンが表示されていた。
ロック画面を急いで解除し、メッセージを確認する。
【ホームルームのあとにする】
明日、ホームルームが終わったあとにクラスメイトに地球がこわれることを伝えるという意味だ。
坂道をのぼりながら返事を返す。
【なんて言うか決めた?】
すぐに既読マークがつき、
【適当に】
と短い返事が来た。
メッセージのなかの彼は前みたいにそっけない。やり取りをするたびに、言葉の意味を深読みしては落ちこむことのくり返し。
恋をしてもうひとりの私が生まれた。頭も体も思考も、冬吏のことでいっぱいになって、ぼんやりしてしまったりふいに泣きたくなったり。
夜になれば、どんな話をしたかを頭のなかでくり返す。こう答えればよかったとか、笑顔が足りなかったかもとか、ひとりで反省会ばかりしている。
恋の対処法を授業で教えてくれればいいのに。数学みたいに答えがあるなら、公式を徹夜してでも覚えるだろう。
今度、千秋に相談してみようかな。
意識するだけのレベルを越えたことを伝えたら、千秋はなんて言うだろう。それに、千秋の恋の行方も気になる。
電柱に隠れるように立ち、返事を打っている間にまたメッセージが届いた。冬吏の画面には送ったとたん、既読マークがついただろう。
待ちわびていたと思われそう……。
【雪音は座ってればいいから】
本当は冬吏の横に立ち、一緒に説明をしたいけれど、そんな勇気はどこを探してもない。
【うん】
そっけない返事かな、と心配になり、
【今なにしてるの?】
追加のメッセージを送信した。
【田後さんちにいる】
田後さんの家はこの道を右に曲がったところにある。昔は家族で住んでいたそうだけど、奥さんが亡くなったあと、息子さん夫婦は海北町に引っ越したと聞いている。
【近くにいるよ】
送信ボタンを押し、角を曲がると同時に足を止めた。
田後さんの家の前に冬吏がいた。
ラフなTシャツとデニムを着ていて、初めて見る私服姿にドキッと胸が跳ねた。制服のときとは違って、少し大人びて見える。風になびく前髪や、無防備な首筋に鼓動が甘く波打つのがわかり、強引に視線を外した。
田後さんと話している女性は、冬吏のお母さんだ。見かけたことがある程度だけど、この町の女性でスーツを着る人は少ないからいつも目立っている。黒縁メガネをかけ、長い髪をひとつに結んでいる。
私に気づいた冬吏が駆けてきた。さっきまでの暑さとは違う熱が胸の奥に広がっていく。
「すごい偶然。秒で現れるなんて想像してなかった」
太陽みたいな笑みに、なんでもないように装うことで精いっぱい。
「帰り道だから。なにかあったの?」
大丈夫、普通に答えられたはず。
「ああ」と、冬吏がうしろをふり返った。
「『二十五日に船を出さないように田後さんを説得する』って、母親が言い出してさ。無理やりつき合わされてる」
ふたりは、話してるというより言い争っているみたい。
田後さんは不機嫌そうに腕を組んでいて、眉間のシワもいつも以上に深い。
「だからあ、大きな地震がくるなんて発表されてねえだろ。もしもそうなったら沖へ逃げるから平気だ」
「海底からマグマが噴きあがり、海水の温度が上昇するんです。ですから、念のために――」
「うるせえ。人の仕事に文句つけるんなら、証拠を見せろって言ってんだよ」
「長年、あの人は地質学の研究をしていました。間違いなく二十五日に地球がこわれるんです」
はあ、と田後さんが聞こえるようにため息をついた。
「今は引退してんだろ。それにお宅の旦那――なんて言ったっけ?」
「大地です」
「大地さん、滅多に島に来ねえじゃねえか。あんただって――なんて名前だっけ?」
「菜月です」
冷静に答える菜月さんに、田後さんは嫌そうに顔をゆがめた。
「ほれ見ろ。この町の住人はお互いの名前なんて聞かなくてもわかるんだよ。あんたたち夫婦は新参者のくせに、ろくに近所づき合いもしねえ。そんなヤツらになにを言われても信じる筋合いはねえ!」
乱暴に言い捨て、田後さんはドアの向こうに消えた。
青ざめた表情で見送る菜月さんに、
「ほら、言わんこっちゃない」
と、冬吏がわざと明るく言った。
「私は、あの人から聞いたことを伝えたまでよ。信じないならそれで結構。あとになって悔やめばいいわ」
どうやら菜月さんは気の強い人らしい。
私が昔、学会のロビーで待っているときも、こういう女性メンバーはたくさんいた。ピアノの音がうるさい、と注意を受けたこともある。
ふり向いた菜月さんが、私を見て目を丸くした。
「あら、お友だち?」
「こんにちは。クラスメイトの風岡です」
こういうとき、きちんと頭を下げるべきことはわかっているのに、軽くあごを引くくらいしかできない。反して、菜月さんは地面につきそうなほど頭を下げた。
「初めまして。九条菜月です。冬吏がいつもお世話になっております」
樹くんとよく似た名前だ。うちのお母さんと同年齢くらいだろうが、メガネと、薄すぎるメイクのせいで年齢不詳といったところ。
メガネを中指で持ちあげると、菜月さんは私の前にツカツカと歩いてきた。
「明日、冬吏がみんなに話すと思うけど、先に伝えておくわね。信じられないかもしれないけど、今月の二十五日に――」
「風岡さんはもう知ってるよ」
冬吏が菜月さんの言葉を遮った。
どうやら冬吏は親の前だと、私のことを苗字で呼ぶようだ。
「はい。九条くんから伺っています」
口をへの字に結んだ菜月さんが、私と冬吏を交互に見た。
「どういうこと? なんで風岡さんが知ってるの? あの人が教えたの?」
「あの人は関係ない。ほら、帰ろう」
「待ちなさい」と、私の目をロックオンしたままで冬吏を制する菜月さん。
「風岡さんは、二十五日に起きることを信じてくれたってこと?」
メガネ越しにじっと観察してくる目が鋭い。微動だにせず、射貫くように見つめてくる。
「……はい」
「普通はこんな話、誰も信じない。人は、自分に不都合な真実を突きつけられれば、受け入れる前に拒絶してしまうもの。なぜかわかる? それは、受け入れるよりも拒絶したほうがラクだから。聞かなかったことにするのが普通なのに、風岡さんはなぜ信じられるの?」
「いちいち人に突っかかるのはやめろよ。ごめん。この人、いつもこうやって答えを求めるクセがあるんだ」
かばってくれる冬吏に対し、菜月さんは呆れた表情を浮かべた。
「答えを求めたからこそ、二十五日に起きることがわかったの。国もさっさと警告を出せばいいのに、直前になってから『たった今、判明しました』って体で告知するに決まってる。情報発信が遅いのよ」
「そんなこと風岡さんに言ってもしょうがないだろ」
ひょっとしたら、冬吏と菜月さんの関係はうまくいってないのかもしれない。
「あなたは黙ってて。私は今、風岡さんに聞いてるの」
お父さんが学会にいたことを伝えるべきだとわかっているけれど、これ以上、過去を知る人を増やしたくない。
それにお父さんは、余計な発言のせいで学会メンバーからも疎まれていると聞く。あの動画を蒸し返されるのだけはごめんだ。
それに、と困った顔の冬吏に目をやる。なぜ信じているかについての答えは、最初から私のなかにある。
「九条くんがうそをつかないと信じているからです」
菜月さんの目をまっすぐ見て答えた。
先に視線を逸らせたのは、菜月さんのほうだった。
「信じるとか信じないとか、根拠としてはあまりに希薄よ。でも、いい答えだと思うわ」
表情は固いままだけど、声が少しだけやわらかい。
「もういいだろ」
冬吏がそう言い、菜月さんは家のほうへ歩き出した。が、すぐに立ち止まってふり返る。
「この島が必ずしも安全とは言えない。あなたたち家族も北極に行くなら、あの人に言って場所を準備してもらうけど」
冬吏が、私と菜月さんの間に立ちふさがった。
「俺は北極へは行かない。もちろん風岡さんもだ」
ここから菜月さんがどんな顔をしているのかは見えないけれど、踵を返した背中が怒っているのがわかる。
「悪い。うちの家族、俺が小さいころからあんな感じでさ。おかげで早く親離れはできたけど、イヤな思いさせたよな」
「平気。うちのお父さんも、あの話になると我を忘れるから」
「お互い苦労するな」
悔しそうに菜月さんを見送ったあと、冬吏は「さて」と明るい声で言った。
「なんにしても明日、みんなに伝えないとな」
「どうやって信じてもらうつもり?」
「いや、信じてもらおうとは思わない」
キッパリとそう言うと、冬吏は私の家のほうへ歩き出した。慌てて隣に並ぶと、意外にも冬吏の口元には笑みが浮かんでいた。
「信じてもらわなくていいの?」
「田後さんの反応が見たくてついてきたんだ。普通はああいう反応だろうし、明日もきっと同じだと思う」
「じゃあ、なんで……」
坂道の途中で冬吏が立ち止まり、地面を指さした。
「地震のあと、どこまで水位があがるかわからない。だから明日は、地震が起きたらとにかく高校へ走れ、って伝えるつもり。いざというときに思い出せば、きっと避難してくれるはず」
そっか……避難訓練とかじゃなく、本当に地球がこわれてしまうんだ。急にリアルに感じ、ぶるりと震えてしまった。
地震が起きたとき、走って逃げられる人ばかりじゃない。この町には、介助を必要とする高齢者も多い。家族と住んでいたとしても、日中はひとり暮らしの人だっている。
そういう人をふたりで助けられるの……?
考えこんでいると、ひょいと冬吏が覗きこんできた。
「大丈夫。俺に考えがあるから任せておいて。それより、明日俺がみんなに伝えたとき、雪音は初めて聞いたフリをしてて」
「でも……ふたりで言ったほうが信じてもらえない?」
「それはダメ」
目じりを下げ、冬吏は白い歯を見せた。鼓動が大きく跳ねるのを抑えて首をかしげてみせる。
「ヒーローになりたかったって話、しただろ? 今回は俺ひとりの手柄にさせて」
そう言うと、冬吏は「じゃあ」ともと来た道を帰っていく。
さわがしい胸をそっと押さえれば、さみしさが体全部を包みこんだ。
ロック画面を急いで解除し、メッセージを確認する。
【ホームルームのあとにする】
明日、ホームルームが終わったあとにクラスメイトに地球がこわれることを伝えるという意味だ。
坂道をのぼりながら返事を返す。
【なんて言うか決めた?】
すぐに既読マークがつき、
【適当に】
と短い返事が来た。
メッセージのなかの彼は前みたいにそっけない。やり取りをするたびに、言葉の意味を深読みしては落ちこむことのくり返し。
恋をしてもうひとりの私が生まれた。頭も体も思考も、冬吏のことでいっぱいになって、ぼんやりしてしまったりふいに泣きたくなったり。
夜になれば、どんな話をしたかを頭のなかでくり返す。こう答えればよかったとか、笑顔が足りなかったかもとか、ひとりで反省会ばかりしている。
恋の対処法を授業で教えてくれればいいのに。数学みたいに答えがあるなら、公式を徹夜してでも覚えるだろう。
今度、千秋に相談してみようかな。
意識するだけのレベルを越えたことを伝えたら、千秋はなんて言うだろう。それに、千秋の恋の行方も気になる。
電柱に隠れるように立ち、返事を打っている間にまたメッセージが届いた。冬吏の画面には送ったとたん、既読マークがついただろう。
待ちわびていたと思われそう……。
【雪音は座ってればいいから】
本当は冬吏の横に立ち、一緒に説明をしたいけれど、そんな勇気はどこを探してもない。
【うん】
そっけない返事かな、と心配になり、
【今なにしてるの?】
追加のメッセージを送信した。
【田後さんちにいる】
田後さんの家はこの道を右に曲がったところにある。昔は家族で住んでいたそうだけど、奥さんが亡くなったあと、息子さん夫婦は海北町に引っ越したと聞いている。
【近くにいるよ】
送信ボタンを押し、角を曲がると同時に足を止めた。
田後さんの家の前に冬吏がいた。
ラフなTシャツとデニムを着ていて、初めて見る私服姿にドキッと胸が跳ねた。制服のときとは違って、少し大人びて見える。風になびく前髪や、無防備な首筋に鼓動が甘く波打つのがわかり、強引に視線を外した。
田後さんと話している女性は、冬吏のお母さんだ。見かけたことがある程度だけど、この町の女性でスーツを着る人は少ないからいつも目立っている。黒縁メガネをかけ、長い髪をひとつに結んでいる。
私に気づいた冬吏が駆けてきた。さっきまでの暑さとは違う熱が胸の奥に広がっていく。
「すごい偶然。秒で現れるなんて想像してなかった」
太陽みたいな笑みに、なんでもないように装うことで精いっぱい。
「帰り道だから。なにかあったの?」
大丈夫、普通に答えられたはず。
「ああ」と、冬吏がうしろをふり返った。
「『二十五日に船を出さないように田後さんを説得する』って、母親が言い出してさ。無理やりつき合わされてる」
ふたりは、話してるというより言い争っているみたい。
田後さんは不機嫌そうに腕を組んでいて、眉間のシワもいつも以上に深い。
「だからあ、大きな地震がくるなんて発表されてねえだろ。もしもそうなったら沖へ逃げるから平気だ」
「海底からマグマが噴きあがり、海水の温度が上昇するんです。ですから、念のために――」
「うるせえ。人の仕事に文句つけるんなら、証拠を見せろって言ってんだよ」
「長年、あの人は地質学の研究をしていました。間違いなく二十五日に地球がこわれるんです」
はあ、と田後さんが聞こえるようにため息をついた。
「今は引退してんだろ。それにお宅の旦那――なんて言ったっけ?」
「大地です」
「大地さん、滅多に島に来ねえじゃねえか。あんただって――なんて名前だっけ?」
「菜月です」
冷静に答える菜月さんに、田後さんは嫌そうに顔をゆがめた。
「ほれ見ろ。この町の住人はお互いの名前なんて聞かなくてもわかるんだよ。あんたたち夫婦は新参者のくせに、ろくに近所づき合いもしねえ。そんなヤツらになにを言われても信じる筋合いはねえ!」
乱暴に言い捨て、田後さんはドアの向こうに消えた。
青ざめた表情で見送る菜月さんに、
「ほら、言わんこっちゃない」
と、冬吏がわざと明るく言った。
「私は、あの人から聞いたことを伝えたまでよ。信じないならそれで結構。あとになって悔やめばいいわ」
どうやら菜月さんは気の強い人らしい。
私が昔、学会のロビーで待っているときも、こういう女性メンバーはたくさんいた。ピアノの音がうるさい、と注意を受けたこともある。
ふり向いた菜月さんが、私を見て目を丸くした。
「あら、お友だち?」
「こんにちは。クラスメイトの風岡です」
こういうとき、きちんと頭を下げるべきことはわかっているのに、軽くあごを引くくらいしかできない。反して、菜月さんは地面につきそうなほど頭を下げた。
「初めまして。九条菜月です。冬吏がいつもお世話になっております」
樹くんとよく似た名前だ。うちのお母さんと同年齢くらいだろうが、メガネと、薄すぎるメイクのせいで年齢不詳といったところ。
メガネを中指で持ちあげると、菜月さんは私の前にツカツカと歩いてきた。
「明日、冬吏がみんなに話すと思うけど、先に伝えておくわね。信じられないかもしれないけど、今月の二十五日に――」
「風岡さんはもう知ってるよ」
冬吏が菜月さんの言葉を遮った。
どうやら冬吏は親の前だと、私のことを苗字で呼ぶようだ。
「はい。九条くんから伺っています」
口をへの字に結んだ菜月さんが、私と冬吏を交互に見た。
「どういうこと? なんで風岡さんが知ってるの? あの人が教えたの?」
「あの人は関係ない。ほら、帰ろう」
「待ちなさい」と、私の目をロックオンしたままで冬吏を制する菜月さん。
「風岡さんは、二十五日に起きることを信じてくれたってこと?」
メガネ越しにじっと観察してくる目が鋭い。微動だにせず、射貫くように見つめてくる。
「……はい」
「普通はこんな話、誰も信じない。人は、自分に不都合な真実を突きつけられれば、受け入れる前に拒絶してしまうもの。なぜかわかる? それは、受け入れるよりも拒絶したほうがラクだから。聞かなかったことにするのが普通なのに、風岡さんはなぜ信じられるの?」
「いちいち人に突っかかるのはやめろよ。ごめん。この人、いつもこうやって答えを求めるクセがあるんだ」
かばってくれる冬吏に対し、菜月さんは呆れた表情を浮かべた。
「答えを求めたからこそ、二十五日に起きることがわかったの。国もさっさと警告を出せばいいのに、直前になってから『たった今、判明しました』って体で告知するに決まってる。情報発信が遅いのよ」
「そんなこと風岡さんに言ってもしょうがないだろ」
ひょっとしたら、冬吏と菜月さんの関係はうまくいってないのかもしれない。
「あなたは黙ってて。私は今、風岡さんに聞いてるの」
お父さんが学会にいたことを伝えるべきだとわかっているけれど、これ以上、過去を知る人を増やしたくない。
それにお父さんは、余計な発言のせいで学会メンバーからも疎まれていると聞く。あの動画を蒸し返されるのだけはごめんだ。
それに、と困った顔の冬吏に目をやる。なぜ信じているかについての答えは、最初から私のなかにある。
「九条くんがうそをつかないと信じているからです」
菜月さんの目をまっすぐ見て答えた。
先に視線を逸らせたのは、菜月さんのほうだった。
「信じるとか信じないとか、根拠としてはあまりに希薄よ。でも、いい答えだと思うわ」
表情は固いままだけど、声が少しだけやわらかい。
「もういいだろ」
冬吏がそう言い、菜月さんは家のほうへ歩き出した。が、すぐに立ち止まってふり返る。
「この島が必ずしも安全とは言えない。あなたたち家族も北極に行くなら、あの人に言って場所を準備してもらうけど」
冬吏が、私と菜月さんの間に立ちふさがった。
「俺は北極へは行かない。もちろん風岡さんもだ」
ここから菜月さんがどんな顔をしているのかは見えないけれど、踵を返した背中が怒っているのがわかる。
「悪い。うちの家族、俺が小さいころからあんな感じでさ。おかげで早く親離れはできたけど、イヤな思いさせたよな」
「平気。うちのお父さんも、あの話になると我を忘れるから」
「お互い苦労するな」
悔しそうに菜月さんを見送ったあと、冬吏は「さて」と明るい声で言った。
「なんにしても明日、みんなに伝えないとな」
「どうやって信じてもらうつもり?」
「いや、信じてもらおうとは思わない」
キッパリとそう言うと、冬吏は私の家のほうへ歩き出した。慌てて隣に並ぶと、意外にも冬吏の口元には笑みが浮かんでいた。
「信じてもらわなくていいの?」
「田後さんの反応が見たくてついてきたんだ。普通はああいう反応だろうし、明日もきっと同じだと思う」
「じゃあ、なんで……」
坂道の途中で冬吏が立ち止まり、地面を指さした。
「地震のあと、どこまで水位があがるかわからない。だから明日は、地震が起きたらとにかく高校へ走れ、って伝えるつもり。いざというときに思い出せば、きっと避難してくれるはず」
そっか……避難訓練とかじゃなく、本当に地球がこわれてしまうんだ。急にリアルに感じ、ぶるりと震えてしまった。
地震が起きたとき、走って逃げられる人ばかりじゃない。この町には、介助を必要とする高齢者も多い。家族と住んでいたとしても、日中はひとり暮らしの人だっている。
そういう人をふたりで助けられるの……?
考えこんでいると、ひょいと冬吏が覗きこんできた。
「大丈夫。俺に考えがあるから任せておいて。それより、明日俺がみんなに伝えたとき、雪音は初めて聞いたフリをしてて」
「でも……ふたりで言ったほうが信じてもらえない?」
「それはダメ」
目じりを下げ、冬吏は白い歯を見せた。鼓動が大きく跳ねるのを抑えて首をかしげてみせる。
「ヒーローになりたかったって話、しただろ? 今回は俺ひとりの手柄にさせて」
そう言うと、冬吏は「じゃあ」ともと来た道を帰っていく。
さわがしい胸をそっと押さえれば、さみしさが体全部を包みこんだ。



