『今日ふたりともいないって。夕飯どうする?』
『俺が選んでもいいの?』
『あんま手が込んでるやつはめんどい』
『どれも俺にとっては難しいんだけど』
『とりあえず言ってみればいいじゃん』
『オムライス』
『簡単じゃん』
『どこがだよ! ふわとろだぞ!』
『簡単。お前が不器用なだけ。じゃあそれに決まりな。真っ直ぐ帰って来いよ』
『そっこー帰る! 今帰る!』
『授業受けて来い、アホ』

 両親の不在となる夜。
 昼過ぎの俺達のトーク画面は華やぐ。
 あの夜から幾分親密さが増し、普通の同級生くらいの感覚で、喋れるようになったこともあって、トーク画面には軽口が飛ぶ。俺はそれを今更兄弟のやり取りだなんて思う事はできないけれど、仲いい友達とのやり取り、くらいの気持ちで見れるようになった。
 実際、あの夜からリビングで会えばお互いの学校の話をしたり、今はやってる事、お勧め動画などを話すくらいには親しい。そんな俺達を眺めては、両親も安心しているようで、俺達の間に入ってこようとする始末だ。
「湊、今日マック寄って帰らね? 新作のパイ食いたい」
「今日はだめー、オムライスが待ってる」
 昼飯の菓子パンを齧りながら、大崎の申し出を気分よく断ると、彼は少しだけ目を見開き、オムライス? と俺の言葉を鸚鵡返しする。
「湊が作るのか?」
 彼は母親の手作りだという弁当の白米をひと口食べて、不思議そうに目を瞬かせる。
「んなわけない。作ってもらうの」
「彼女?」
「ちがう、一緒に住んでる……この前兄弟になった奴?」
 伊月のことをどんな風に言えばいいのか分からず、言葉尻に「?」が飛んでしまうと、事情を知っている大崎は、ああ、と納得したように頷いた。
 伊月は戸籍上義理の兄弟ということにはなっているが、実際そんな感覚は一ミリもわかない。それは伊月も同じであるようで、ある夜、父親に「兄弟ができて良かったな!」と意気揚々と言われて、苦虫を噛んだような曖昧な笑顔で首を傾げていたのだ。伊月だって俺を兄弟なんて思ってない。
「兄弟なんだかよくわかんねーけどな。感覚的に」
「ま、そうだろうな。んで、そいつが作ってくれんの?」
「そう! そいつすげぇ料理上手くてさ、リクエストしたら作ってくれるって」
「へえ、料理好きなんだ。いいじゃん」
 料理が好きというのは、俺達にとっては珍しい事で、大崎は「すげえ」と呟きながら弁当箱の中の卵焼きを摘まんで口に放り込んだ。
「家、うまくやってるみたいだな」
 しみじみと言われて顔を上げると、大崎は「良かったな」と少し大人びた顔をして笑っていた。
「お前、引っ越し直前、全然気乗りしない顔してたからさ」
 俺は新しい父親と新しい兄弟を紹介され、即引っ越しだと言われたあの夜を思い出した。突然の事に、受け入れるだけで精一杯だったから、顔はずっと不満だったかもしれない。
 突然知らない家に転がり込んで、ここが実家ですって言われても、納得がいかないし心も追いついて来ない。母には悟られぬように、気を張ってはいたが、大崎の前では正直な気持ちが駄々洩れだったのかもしれない。
「まあ、うまくやってる。今んとこな!」
「新しいオヤジさんもその息子も聞く限り、良い奴そうじゃん」
「うん、それはすげえ有り難かった」
 ドラマにありがちなどろどろの不仲とは、今のところ真逆の位置にいる事に、改めて安心しながら、俺は二個目の焼きそばパンに噛り付いた。
 甘辛い濃い味のソースに、マヨネーズ。それにアクセントとなるような紅しょうがの鋭い酸味。ぱさぱさのパン。可もなく不可もなく、確かに腹だけは満たしてくれるボリュームを頬張りながら、俺は伊月の料理をする横顔を思い出す。
 真剣とも言い難い――けれど、無表情の割に軽やかで楽し気な手さばきが、表情と合っていないのが面白い。リズミカルにまな板を叩く包丁の音、フライパンを振るい、起こる波や油の弾ける音。賑やかさに紛れる、そんな彼の無感情な横顔を眺めて過ごすのが、俺は最近好きだと思う。料理が出来上がると「皿」と一言ぶっきらぼうに言い放つ声も、悪い気はしない。
「結構うまく行ってるかも。世の再婚家庭より」
「いいじゃん」
 大崎はそう言いながら弁当の白米を食べきると、蓋を閉じて、ペットボトルの炭酸水を飲み干した。すると、再びポケットの中でスマートフォンが震えて、メッセージを表示する。
『嫌いな食いもんってある?』
 短いそれに『なにもない!』と返すと、既読マークだけが付けられた。伊月は割と大雑把である。料理の味付けは目分量が基本だし(でも、それでも美味しくできるから、伊月は本当に料理が上手いのだと思う)こうやって返信もマメじゃない。――まあ、気を使われるよりはいいけれど。
 俺はスマートフォンを伏せて置くと、
「あー、おなかすいた」
 と呟いて、焼きそばパンに噛り付いた。