オムライスを買った。
美味そうだったから、というよりも、先日のDの写真が忘れられなかったから、と言う方が正確かもしれない。ビニール袋の中で揺れる、あの写真とは程遠いオムライスを見下ろして、僅かな満足感に満たされる。
流石に手作り感はないけれど、ソースはデミグラスだし、卵もふわとろ系だ。遠からず、近からず――想像の範囲内であるという事に己を満足させて、俺は駅からの道のりを軽い足取りで歩く。
腹が満たされれば、この不安定な気持ちもきっと凪ぐ。今はただ腹が減っているから、気持ちがぐらぐらするだけだ。
俺はそう思いながら、足が覚え始めている帰路を歩く。家が見えてくれば、手にはまだ馴染まない鍵を取り出し、家の前の門を開いた。小さなポーチを抜けてドアに鍵を差せば、驚くほど簡単に、まだ他人の顔をしているはずの扉が開かれてしまう。
何だかまだ不思議な気分だ。
「ただいま~」
――で、合ってるんだよな。
なんて自問自答しながら通学用の革靴を脱いで、爪先で玄関の端へと寄せると、俺は真っ直ぐに階段を上がった。袋の底に手を添えれば、そこはまだ温かい、早く食べなければ。
自室に入ると、鞄はベッドに放り投げ、オムライスは勉強机に。上着はハンガーに吊るして、イヤホンで耳を塞ぐ。スマートフォンのミュージックアプリを起動させながら、先月観た映画のサントラを掛けると、俺は机の前の椅子を引いて、腰を下ろした。
袋からオムライスとお手拭きを取り出して、手早くそれで手のひらを拭い、少し考えてから、飲み物がない、と思い至る。
面倒だし、あとでいいかという思いが一瞬過るけれど、そこは思い直して席を立つ。音楽が途切れないようにスマートフォンをポケットに突っ込み、急いで部屋を出ると、階段を足早に駆け下りた。
階段を降りると、すぐ目の前は玄関になっており、何となしにそちらへと視線を投げていれば、先程まで目に留まってなかった黒い革靴に気付いた。俺と同じか、少し大きいかくらいのそれには、見覚えがある。伊月のだ。
俺は耳のイヤホンを外して、辺りの様子を伺った。
耳を澄ませば、リビングと繋がっている台所の方から、ビニール袋のがさがさと擦れるような音が聞こえる。
やっぱ後でにしようかな、という思いが一瞬過る。けれど、ここですごすご退散するのも、癪に障る。そもそも俺達は仲が良いも悪いもない、ただの同居人のようなものなのだ。(向こうからしたら居候かもしれないけれど)そこまで気を使う必要はあるだろうか。
昨日買っておいて冷蔵庫に入れっぱなしの飲み物を取る位の権利は、俺にだってあるはずだ。
そう自身に言い聞かせながら、内心臆病な自分を鼓舞すると、俺は後ずさりした一歩を踏み出した。
そっとリビングに繋がる、横開きのドアをスライドさせて中に入ると、キッチンカウンターの奥にある台所に伊月が立っていた。
「おかえり」
黙っているのも落ち着かず、そう声を掛けると、
「おー、そっちもおかえり」
言葉は無視される事なく、当たり障りのない返事が返ってきた。俺は緊張していた分、肩透かしを食らったような気持ちで台所に向かう。彼は何かに目を落としながら、ビニール袋をがさがさと鳴らしていた。
何してるんだろう。
気になって冷蔵庫を開けるついでに、彼の背後からその手元を覗き込むと、見慣れない食材がステンレスの台に並べられている。
「……なに、それ」
思わず言葉にしてしまい、しまったと思っても後の祭り。振り向いた伊月は相変わらず感情の疎い表情で俺を見つめてから、
「晩飯」
と短く答えた。
「え、自分で作るの?」
「まーな。簡単なもんだけど」
そう言いながら、黄色い檸檬が、伊月の長指の中で遊ばれている。俺は彼の広げた食材に見つめた。乾麺のスパゲッティーに、生ハム、生クリーム、コンソメ。知ってはいるけれど、料理をしない俺には全く目新しいラインナップだ。
「すっげえ……、何作んの?」
「檸檬のクリームパスタ」
「なにそれ! めっちゃおしゃれ!」
そんな食い物がこの世にあるのか? そもそもの話、檸檬とクリームパスタって合うのか? そんな疑問を抱えながら、
「それって、……うまいのか?」
そう聞いてみると、伊月は少し間を置いてから、
「食ってみる?」
と身体ごとこちらに向き直る。
思わず「え!」と咽喉から言葉が飛び出るような声が出てしまった。
「い、いいの……? 食べて」
「別に一人も二人も変わんねえし」
人の手料理。しかも、初めて食べる料理!
俺の胸の中が一気に浮足立つのが分かった。
ずっと誰かの手料理が食べたいという願いが、何の前触れもなく叶ってしまい、俺は戸惑いながら伊月を見つめて頷いた。
「いいの? 食べたい!」
母は家で料理をするような人ではなかったし、俺も俺で不器用で料理をするという選択肢を鼻から放棄していた。だから、手料理というものが食べられるのは、祖父母の作る手料理以外を殆ど食べた事がない。――ずっと食べてみたかったのだ、自宅という場所で、誰かの手料理を。
「めちゃくちゃ食べたい!」
「お、おう。……なんかすげえ嬉しそうじゃん」
俺の勢いに気圧されたように、伊月は目を瞬かせて半歩後退る。
「あ、ごめん。俺ずっと誰かの手料理食べるの憧れてて……」
「ふぅん、自分では作らねえの?」
「無理。俺不器用過ぎてばあちゃんから台所立つなって言われてんの」
「なにしたんだよ……」
俺は呆れ気味の伊月の言葉に、何をしたのか、と言う事を反芻してみる。
「包丁で指切ったり、油に火が引火しちゃったり、目玉焼き作るのに、油と水を混ぜて爆発音させたり……」
祖母の慌てふためく表情を思い出しながら、過去の失態を告白すると、伊月は納得したと言うように「あ~……」とお茶を濁すような声を出した。
「じゃあ、お前は何もしないでいいわ」
「なんか申し訳ないし、なにかするよ」
「いい、横に居られる方が怖い」
そう言われて、台所を追い出される。けれど、そんなすぐに退散できる程、俺の興奮は落ち着いてない。俺はカウンター越しに彼の手元を眺めた。伊月はちらりとこちらに視線を投げてはきたものの、俺の視線は邪魔と言う程ではないと判断したのか、慣れた手つきで料理を始める。
「いつから料理してんの?」
「小学五年くらい? 母さんが出て行った頃だから」
出て行った。
その単語に、思わず伊月の長い指先から顔を上げると、待ち構えていたように、彼と視線がぶつかる。
「感傷に浸る程じゃない。別に気にしてねえよ」
伊月は先回りするようにそう言い放つと、たっぷりと銀色の鍋に水を汲み、それを火にかけた。
「最初は何作った?」
「あー……何だったかな。カレーとかじゃね?」
そう言いながら檸檬を流水で洗い、まな板に転がすと、輪切りにする。さくりと刃の通る音が心地良く鼓膜に被さり、さっぱりとした爽やかな檸檬の香りが立った。
「てか、お前そんな腹減ってんの?」
パスタの袋を開きながら、伊月は顔を上げた。俺がなんで? と問うと、
「いきなりべらべら喋り始めたから」
とすんなり言い放つ。どうやら、飯が欲しくて喋っていると思われているようだ。確かにそれも半分あるが、自分が料理ができない分、料理ができる人間に対して純粋に興味がある。俺みたいに何をやらせても不器用な人間にとって、大袈裟に言えば料理は魔法だ。ばらばらの食材を組み合わせて一つの料理を作り出すなんて、簡単にできる事ではない。
――全ては「俺にとっては」の話しではあるけれど。だから、純粋に伊月に対して興味が湧いただけだ。
「確かに腹は減ってるけど、俺料理する人に興味あるんだ。自分ができない分」
「ふぅん」
「確かに急にここに来て、どうしたらいいか分からなくて、すげーやな態度取ってかもしれないけど、今まで別に悪気があって無口だったわけじゃなくて……」
「分かってる。俺だってなんかまだ変な感じだし」
言葉選びにまごついていると、助け船のように伊月がさらりと言い退ける。俺はその言葉に顔を上げると、伊月の茶色く綺麗な瞳と視線が絡まるのを感じた。
あのレストランの時みたいに。
そう言えば、伊月って俺が言葉に迷うと何となく言葉で助けてくれるよな。――不意にそんな事に思い当り、不愛想なその表情が表面的なものであり、そのもっと奥は温かいのかもしれないと思う。
そんなことを考えている内に、絡まった視線がやんわりと解けていく。
――思った以上にいい奴なんだな。
呆気なくそう思い至ると、すっと胸に落ちてきた。
「変な感じなんだ」
「だってそうだろ? いきなり同い年の兄弟だって言われてもな」
「それな」
「意味分かんねーし。何言ってんだオヤジってマジで思ったよ」
それは同意見だ。自分たちの目先の幸せが、比例して俺達も幸せになると、親たちは当然のように思い込んでいる節がある。それ程、彼らは嬉しいのかもしれない。
「これで俺らすんげー相性悪かったらどうするつもりだったんだろうな」
「俺がばあちゃん家とかに預けられる流れじゃね?」
「それ最低じゃね? てか、親も恋は盲目ってのになるんだな」
そう言いながら伊月は沸騰して、ぼこぼこと破裂する熱湯にパスタを入れる。花咲くようにぱっと円を描いて投入されたパスタが熱湯を吸い込みながら、湯に沈んでいく。すかさず塩を入れて、
「湊、七分計って」
と伊月が指示して来た。
――初めて名前呼ばれたかも。
「はーい」
子どもじみた返事をしながら、内心名前を呼ばれた事に心臓が少しだけ浮かれたみたいに跳ね上がったのを感じた。俺は子どもみたいに喜んでしまっている自分が、少しだけ恥ずかしくて、スマートフォンに視線を落とすと、彼の指示通りにタイマーをセットした。
「……俺も、伊月って呼んでいい?」
「俺もう湊って呼んでるけど」
「そうなんだけどさ」
「お好きにどうぞ」
興味等ございません、と言った声音で、伊月は鍋の中の湯を掻き回す。もわりと白い湯気が大きく立ち、麺の湯立つぼこぼこという音が響いた。俺は何となく、興味がないように喋るのは、彼の癖のようなものであって、恐らく他意はないのだろう。そう勝手に解釈して、
「じゃあ伊月って呼ぶ」
そう宣言した。
「はいはい」
伊月はフライパンを用意してから、コンロに掛けてバターをたっぷりと落とし込む。熱でじっくりと溶けていくバターを眺めていると、伊月は途中で生クリームを流し込み、味を調えるように目分量で塩と胡椒を入れていく。
「計らないの?」
「めんどくせえ」
そう言い退けると、フライパンの火を一旦止めて、半分残っている檸檬を生クリームの中に絞り込む。驚いて「マジで?」と問うと、
「意外とうめーんだよ」
あっさりとした答えが返ってきた。そうこうしていると、俺のスマートフォンが七分を知らせてくる。
「七分経った」
最後におろし金で檸檬の皮の部分をすりおろすと、それを生クリームの中に少量投入し、今度はゆで汁と麺を上げて和える。生クリームのもったりとした香りの中に、爽やかな檸檬の香りが漂う。
「皿出して、皿。あとフォークな」
言われるままに冷蔵庫と並ぶ食器棚から白い大きめの皿を二枚取り出し、彼に渡すと、今度はカトラリーを探した。
「この引き出し」
「ありがと」
まだ何が何処にあるなどは覚えきれておらず、促されるままに引き出しを開いて、フォークを取り出した。俺は丁寧にダイニングテーブルにフォークを並べると、カウンター越しに彼の手元を覗く。
「すっげえ……」
「いや、すげー簡単だっただろ」
「俺にはすげえよ」
俺は写真の中でしか見た事ないような綺麗に盛り付けられた皿を見つめた。輪切りにした檸檬が、意外とパスタのルックスに合っているのが不思議だが、食欲をそそる匂いだ。更に生ハムまで添えられており、どこかいいところのレストランの一品にしか見えない。
舌の付け根がきゅうっと絞られて、唾液が滲む。
「ほら、席つけよ」
子どもみたいに注意されて、椅子に腰を下ろすと、どうぞ、と目の前にできたてのパスタが静かに鎮座した。
「ほんとに食って良いの?」
「いいって。そんな感動するようなもんじゃねえよ」
「感動もんだよ、だって……湯気が立ってる」
「何食って生きて来たんだよ、お前」
伊月は「でも今日の盛りつけ結構うまくできた」と言いながら、スマートフォンで写真を一枚撮った。俺はすかさず俺にもその写真送っといて、言ってから手を合わせる。
「いただきます」
食べるのが勿体ないと思うのと同じくらい、冷めてしまうのも勿体ないと思い、さっそくフォークに麺を絡ませて口に入れた。
その瞬間、重過ぎないクリームの柔らかい中に、あとから檸檬の爽やかな淡い酸味と、檸檬の皮の微かな苦味が口の中に広がる。噛み締めた麺も、硬過ぎず柔らか過ぎず、程よい塩梅で美味しい。
こんなおいしい食事は久し振りだ。
そう思うと、思わず胸の奥が熱く震えて、感動と言う言葉がしっくりくるような感覚に襲われる。伊月は「そんなことで」と言うかもしれないが、それくらい美味しいし、伊月が手掛けた料理と思うだけで心が温かく満たされていく。
「お、美味しい……、ほんとうまい……!」
「そうか?」
涼しい顔で伊月も遅れてパスタに手を付ける。
「マジですごい、天才じゃん。こんなの作れるの? ヤバい、尊敬する」
「そこまで褒めるか……?」
俺が求めていたものが今目の前に、ましてや口の中いっぱいに存在している。Dのアカウントで見たような料理、そしてそれを頬張るという夢が今現実となっている。伊月と出会わなければ、俺はDがSNSに載せる写真に似たものを、テイクアウトや外食で再現しては、そこで喜んで終わりだっただろう。こんなふうに理想の食事ができるなんて、夢のまた夢だった。
俺にとっては。
周りには取るに足らない、当たり前の事であっても、それは俺にとっては当たり前じゃなかった。
「すげえ嬉しいし、美味しい。ありがとな」
素直に思っていることを言葉にすると、パスタを口に運びかけていた伊月の手が一瞬止まり、ゆっくりと解けるように表情が。緩んでいく
「大袈裟過ぎんだろ、ウケる」
そう言いながら伊月は少し困ったように、けれど嫌な気持ちはなさそうに笑って、俺の言葉を受け止めてくれた。
「皿洗いは湊な」
「おけ! 勿論! 風呂掃除も俺がする!」
「ラッキー、頼む」
ダイニングテーブルに落ちてくる柔和なオレンジよりの温かい光。それが皿の縁を踊りながら滑り落ちていく。
俺はパスタと生ハムも絡めて食べてみた。程よい塩味が足されて良く合う。
「幸せ~」
「……そんな言うなら、俺が晩飯作ってやろっか?」
「え! いいの?」
「その代わり、お前皿洗いと風呂掃除な」
「もちろん!」
なんて事だろう。こんな幸せな事があって良いのだろうか。伊月の申し出に諸手を挙げて賛成すると、伊月がまた肩を揺らして笑う。
伊月って、ちゃんと笑うんだ。
俺はそんな当たり前のことを思いながら、パスタを頬張った。
最初の頃の印象では、表情を変えるのがあまり得意ではないのかと思ったけれど、もしかしたら、それは俺が知らなかっただけなのかもしれない。何かを聞けば答えてくれるし、言葉に詰まれば助け船もくれる。
まだ出会ってから一か月も経ってないのだから、当たり前だ。
「伊月って、良い奴だな」
「今気づいたのかよ。最初からいい奴だろ」
軽口を叩く伊月に少し笑って、俺はパスタを平らげた。
風呂の用意をしてから、一番風呂を伊月に譲ると、彼は嬉しそうに浴室に入って行った。俺は洗い物をし終えると、彼が上がるまでは暇なので自室に戻り、スマートフォンを手に取る。
明かりの落ちた暗い画面を起動させれば、伊月からのメッセージが入っていた。言葉はないが、写真がちゃんと送られている。
俺はSNSのアイコンをタップして、これを誰かに自慢しようかと迷いながら、ベッドに倒れ込んだ。
写真に収められた檸檬のクリームパスタを見ていれば、先程初めて知ったあの味が、じんわりと舌に蘇ってくる。
檸檬に合うようにクリームも濃厚もったりではなく、さらりとしたあっさりクリームだったのだろうか。ちゃんと考えられているんだな、と思うと改めて感心してしまう。
俺はSNSのタイムラインを指先でスクロールし、毎日と替わり映えのない話題と、友達が呟くなんて事ない日常を眺めてから、一人きりのアカウントに移行し、別の日常を垣間見る。
犬猫の可愛い写真から、新作コンビニスイーツに、日本初上陸のドーナツ。流行りの漫画に、今月の東京おすすめスポット。情報は毎秒毎に更新され、多過ぎる情報が新幹線から見る窓の外の景色のように流れていく。
俺はフォローアカウントからDのプロフィールへと飛んだ。
毎日更新と言う訳ではないけれど、こうやって夜に更新を確認するのが日課だった。
今日は更新されてるといいな、そんなふうに思いながら、画面をスクロールすると。
――ん?
俺はベッドから起き上がって胡坐をかく。一度部屋の窓の外へと視線を投げてから、もう一度画面を見下ろし、また窓の外へと視線を投げる。
住宅街の窓に灯る柔らかな明かりや、街頭の青白い光。そしてうっすらと窓に映る自分の顔が、ぼんやりと俺を見つめ返してくる。俺は目を擦ってから再度スマートフォンを覗き込んだ。
そこには、丁度十分ほど前に更新された写真があった。――そこまでは良かった。
俺はメッセージアプリを起動すると、伊月とのトーク画面を開いて、画像を見比べる。
檸檬クリームパスタ。
輪切りの檸檬と生ハムが乗った、お洒落なパスタが目の前にあり、そしてSNSの画面上にも同じパスタの写真が載っている。
色や形、角度、使っている皿、背景までが完全に一致しており、それは全くの同じ写真だった。
心臓が妙にばくばくと焦り出し、何か覗いてはいけないものを見てしまったような、罪悪感に似たようなものが、背中に伸し掛かってくる。
けれど。
俺はDの残しているその投稿をタップした。
『誰かのうまいって言葉、こんなに嬉しいもんなんだ。』
そう珍しく言葉が残されていた。
短い文章ではあるけれど、そこに注がれたDの気持ちが、真っ直ぐ自分と繋がる気がした。伊月と絡み合う視線みたいに、分り合えたような気持でゆっくりと満たされていくのが分かる。
俺はそれに「いいね」の反応を押そうか迷って、すぐにさ迷わせていた親指を引っ込めた。自分が見ているということがバレてしまうのも嫌だし、直感的に水は差さない方が良いかもしれないと思った。だから、俺はDはDだと思う事にした。
伊月じゃない。
でも、嬉しい。
俺はSNSの画面を消すと、枕元にスマートフォンを置いて、両手を腹の上に置く。満たされて心地良い腹が、いつもよりも温かい気がした。



