俺はテレビに出たことがある。
『増え続ける転売ビジネス』
 俺が出演したのは、当時社会問題となっていた転売を扱ったドキュメンタリー番組だった。
 サラサラの髪に色白の肌。愛くるしい7歳の俺の第一声は、
『七百円』
 だった。そこに男性ナレーターの、『少年は家電量販店やおもちゃ屋を回ってみたものの、目当てのカードは品切れだった。しかし中古品を取り扱うこの店に、正規価格の七百円で購入できるカードは、ない』というナレーションがつく。アップで映し出されたのは、小さな手のひらに乗った百円硬貨二枚と五百円硬貨一枚。
『子供をターゲットにしたカードゲーム。なぜその価格が高騰しているのか。その背景には、卑劣な転売ビジネスが存在した……』
 限りなくヤラセに近いもの。俺は可哀想な少年Aとして出演。名前のない役。しかもヤラセ。それなのに母は「なっちゃんが地上波に出た!」と大喜びしていて、俺は子供ながらに痛ましい、と感じた。
 子役には金がかかる。マネジメント料、レッスン料、宣材撮影料……ちゃんとした事務所なら所属タレントに払わせることのないであろうそれらを、俺の母は少ないパート収入から捻出していた。
『なっちゃんは特別だから、芸能事務所に入れたのよ』
 母はそう言ったけれど、子役仲間は冷めていた。
『こんなレッスンに百万も払って、俺らの親って馬鹿だよな』
 同い年のさっちんが言った。肥満体型の彼は実年齢の十歳よりも上に見えた。
『百万も払ってるの?』
 一個下の影山緑が言った。多くの子供が半年から一年で養成所を去る中で、俺たち三人は二年もの間、養成所で共に過ごしていた。
『それだけじゃないぜ。宣材写真とか、オーディション料とか、ことあるごとに徴収してる。お前ら、辞められるんなら、こんなとこさっさと辞めた方がいいぜ』
『でも、辞めたら俺たち、会えなくなるじゃないか』
 俺が言うと、緑も『そうだよ』と悲しそうに膝を抱えた。
『僕、辞めたくないよ……二人と会えなくなるの嫌だもん』
『お前は俺たちと会うために、親に百万も払わせてるんだ?』
 さっちんの言葉にドキリとした。俺が子役として活躍できなかったら、そういうことになるんじゃないか。
 レッスンは楽しい。みんなと会えるのは嬉しい。でも高額なレッスン料は、楽しいだけで終わってはいけない気がする。
『それじゃあダメなの?』
 緑が言った。
『僕のお母さん、僕がレッスンの話すると嬉しそうだよ? 友達できて良かったねって、喜んでくれるよ?』
『へえ、お前、学校に友達いないんだ?』
 さっちんがからかった。言葉に詰まった緑の背中を、俺はそっと撫でさする。
『緑、俺だって一年前まで学校に友達なんていなかったぞ』
『そ、そうなの?』
『ああ。だからここに来るのが楽しみだった』
『じゃあ、僕にも友達できるかな?』
『できるさ』
 力強く断言すると、緑はくしゃっと笑った。
 緑は可愛い。周りの子供よりも一回り小さく、顔立ちも女の子のように整っている。
『学校のみんなには養成所に通ってるなんて自慢しないほうがいいぜー。こんなとこ、誰だって合格するんだからな』
『さっちん』
 自信を削ぐようなことばかり言うさっちんを睨むと、ニヤリと卑屈な笑みを返された。
『僕、オーディション受けたよ?』
 緑の無邪気な返しを、さっちんは不安をあおるようにケタケタと笑った。
『なっちゃん、僕たち、オーディションに受かったからここにいるんだよね?』
 緑が今度は俺に聞いた。
『そうだよ、緑。お前が特別だから、オーディションに受かったんだよ』
『嘘ばっイテッ!』
 俺はさっちんの太ももをつねった。
『僕たち、みんな特別?』
 緑が嬉しそうに聞いてくる。
『ああ、特別だ』
『特別なら、テレビに出られるはずだよな?』
 とさっちん。
『僕、テレビ出たよ! おはようジャポンのクイズコーナー! ヒロキくんと一緒に!』
『ああいうのは誰だって出られるんだよ』
『でも、ママはすごいって褒めてくれたよ?』
『全然すごかないね。月9とか、朝ドラとか、大河とか、そういうのに出ないと。……ま、ここに所属してたって、そんな役は一生回ってこないけどな』
『俺……』
 大河ドラマ、決まったよ。
 俺は迷った。大河ドラマの話は、マネージャーから直接持ちかけられた。他にも書類選考を通過した数人のレッスン生が密かにオーディションを受けていた。
 さっちんと緑には、きっと大河ドラマの話は来ていない。
 俺だけにチャンスが回ってきたと知ったら、二人はどう思うだろう。
 隠していたって、いつかはバレる。でもまだ打ち明ける勇気がない。
『なんだよ、なっちゃん』
『……なんでもない』
 言わなくてよかった、と心底思う。
 いろんな選択肢を間違えてきたけれど、あの選択だけは胸を張って正しかったと言える。
 俺がやるはずだった役は、他事務所の子役が演じることになった。大人の事情というやつだ。ショックだったけれど、一方で安堵もしていた。二人との関係が壊れなくて良かった。
『僕ね、月9に出ることになったよ!』
 それから間も無くのことだった。緑が月9ドラマに出演すると言い出した。
『嘘つくなって』
 さっちんは否定したけれど、俺は本当だと思った。緑は嘘なんかつかない。きっと俺の時みたいに、直接話を持ちかけられたのだ。
 でも、本当に出演できるだろうか。俺は『決まった』のに、急にダメになった。
『嘘じゃないよ』
 緑はムッと唇を尖らせた。俺を見て、不機嫌な表情をコロッと変える。
『なっちゃん! なっちゃんが特別だって言ってくれたから、僕、オーディション頑張れたんだよ』
 嬉しそうな緑を見ていたら、胸がギュッと締め付けられた。
 大人の事情で、別の子役に変わったら……
 緑はどんなに悲しむだろう。俺だって泣いたのだから、緑も絶対泣くだろう。落胆は喜びに比例する。
『あんまり、本気にしない方がいい』
『……なっちゃん?』
『大人は信用できないぞ。もしかしたら出演できなくなるかもしれない』
『……なっちゃんまで、ひどい』
『おいおい、今のはなっちゃんなりのフォローだぜ? なっちゃんはお前が出演しなかった時のために、逃げ道作ってくれたんだ。よかったな、緑』
 さっちんがニタニタと笑った。
『僕、嘘なんかついてないもん』
 緑は大きな目に涙を浮かべて言った。
『僕、プロデューサーの人に褒められたもん。キミが良いって、言われたもん!』
『俺たちを騙したいんなら、もっと上手に嘘つきな』
『嘘じゃないもんっ! なっちゃん! 僕、嘘なんかついてないよっ!? 僕、月9に出るんだよっ!?』
 さっちんはゲラゲラと笑い、俺は涙目の緑から目をそらした。
『さっちんもなっちゃんも、大っ嫌いだ』
『緑っ!』
 泣きながら走り去っていく緑を追いかけようとしたら、さっちんに腕を掴まれた。
『放っておけよ。月9に出るなんて見え透いた嘘つく方が悪いんだ。なっちゃんはあいつに甘すぎ』
 緑はレッスンに来なくなった。そして月9に出演した。
 俺の、一番の選択ミス。
 緑と喜びを分かち合わなかったこと。