正反対のキミとボク。


 金曜の夜、十一時。俺は駅前で飲み会をしているという恋人の迎えのために夜道を急いでいた。
 たかだか歩いて十五分ほどの距離だし大の大人に迎えなんて必要なんだろうかと思ったが、みんなに紹介したいから来てと言われてしまったのでいそいそと出向いている。
 確かに駅前から離れると人通りも少なくなるから今の物騒な世の中に何があるかわからないし、もし泥酔でもしていたらますます危ない。
 俺の恋人は贔屓目なしに見ても綺麗でモテて、変な奴らを引き寄せやすいタイプなので心配は尽きない。今日の飲み会は男しかいないから心配しないでねーと呑気に言っていたが、アイツは男とか女とか関係なしに狙われやすいから何のフォローにもなっていない。
 実を言うと、普段アイツがどんな連中とつるんでいるのか気にはなっていた。昔からのオンラインゲーム仲間と言っていたが、そもそもネットで出会った相手と会うなんて危なくないのか。そいつらは信用に値する人間なのか。あまり口を出すと煙たがられるから言えないでいるけれど、今日こそはこの目で見極めてやる。

 と息を巻いていたのだが、俺の前に立ちはだかったのは、まだ学生と思われる若い女性にしつこく付きまとっているナンパ男だった。明らかに嫌がっている様子だったので、俺はメンチを切って近づいた。
「おい、俺のツレに何か用か」
 威嚇用の、ドスの効いた低音を放つ。俺よりもだいぶ身長の低い男は、俺の顔を見るや否や青ざめ、「すっ、すんません……っっ!」と情けなく言い捨てて逃げ去っていった。
 恐らくナンパ男以上に俺の見た目に怯えながらお礼を言う女性を駅まで無事送り届け、居酒屋までダッシュする。
 『俺のツレ』だなんて秀也が聞いていたらボコボコにされそうな単語を口にしてしまったことを心の中で懺悔する。本当はもっと理性的に解決したかったけれど、急いでいたから仕方ない。時短だ時短。このことは墓場まで持っていこう。
 
 やっとたどり着いた賑やかな和食系の居酒屋の店内。落ち着かない心地で、俺は案内された個室の扉をそっと開いた。
「遅くなった、悪い」
 息切れした声で言いながら中に入ると、テーブルを囲んでいた狐嶋を含む五人が、一斉に俺を見た。一瞬、高校の頃を思い出すような気まずい空気が流れる。
「大牙くん、遅いよ」
 むっとした顔の狐嶋を囲んでいるのは緑のチェックシャツを着た眼鏡の男と、赤いチェックシャツを着た帽子の男と……まさかと思えば色やデザインは少しずつ違えど全員がチェックシャツを着た男たちだった。よく見ると何故か狐嶋も着ている。たまに着ている紺色のチェックシャツ。俺はというと、適当なTシャツにスウェットのズボン。物凄いアウェー感。もしかしてチェックシャツがドレスコードだったのだろうか。面食らっていると、眼鏡をかけたふくよかな体型の男に声をかけられる。
「お主が噂に聞いたsyu殿のナイト様でござるな」
「な、ナイト……?」
「拙者、疾風の討伐侍・隼人と申す。以後お見知りおきを」
「はあ……どうも」
 男の言ってることはよくわからないが、とりあえず返事をしていると、その隣にいたハンチング帽をかぶった男が俺を鋭い瞳で見上げながら言った。
「む……その声は……もしや昔怒りながら凸してきた……?」
「あはは、そうそう。本物だよ」
 赤い顔をした狐嶋が、俺を嬉しそうに指さしながら言うと男たちがざわめき始める。
「あのときは申し訳なかったでござる。つい夢中になってしまって……」
 隼人と名乗った男が頭を下げてくる。いったい何を謝られているのかわからないけれど、まあいいか。おそらく悪い人たちではないと思う。多分……きっと

 帰り支度を終えた狐嶋が、入口に突っ立っていた俺のもとにやってくる。テーブルを振り返って、友人たちに向かって言った。
「みんな、今日は集まってくれて本当にありがとう。いつか恩返しができるように……もっと頑張るから。これからもよろしくね」
「よっ! syu殿!」
 狐嶋の言葉に、男たちが湧き立つ。狐嶋は嬉しそうに微笑んでいる。それを見て、俺も嬉しくなった。
「ちゃんと金払ったのか?」
 帰り際、俺が狐嶋に小さく聞くと、目ざとく聞いていた隼人が答える。
「今日はsyu殿の祝賀会でござるのでお代は受け取らないでござるよ」
 今日は狐嶋が参加したゲームコンペの授賞式の日だった。審査員特別賞を受賞した秀也のお祝いのために皆駆けつけてくれたらしい。幸せ者だな。
「それじゃ、お騒がせしてすんません。これからもこいつと仲良くしてやってください」
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いするでござる」
 隼人が敬礼をすると、皆も揃って敬礼のポーズで俺たちを見送ってくれる。俺も思わずつられて敬礼して、店を後にした。

「大牙くん、来てくれてありがとね」
 夜道を並んで歩きながら、狐嶋が言った。頬を染めて、いつもより少し緩んだ表情の横顔。
「おう、面白い人たちだったな」
「うん。ちょっと変わってるけど……いい人たちでしょ」
 俺の心配は、杞憂に終わってよかった。生態系はよくわからないけれど、友達のお祝いに駆けつけてくれるなんて、確かにいい人たちだと思う。浮気の心配もきっとしなくて大丈夫だろう。
「それ、今日もらった賞状か?」
 俺は狐嶋が大切そうに抱えている賞状筒を見ながら言った。
「うん……家に飾ってもいい?」
 狐嶋は首を傾げながら顔を覗き込んでくる。ちょっとした仕草でも、未だに新鮮に可愛い。
「おう、もちろん。明日額縁買いに行くぞ、金ピカのやつ」
「ふふ、ありがと」
 目を少し潤ませて、満足そうに微笑む姿。もっと見ていたくなる。
「飯も、普段よりも豪華なもん作ってやるから。何がいい?」
「じゃあ……ハンバーグと……あとステーキとお寿司とオムライスと……エビフライ。タルタルソースで」
 そう言って狐嶋はにやりと笑う。どんだけ食う気だこの男は。そしてさすがの俺でも寿司は作れない。
「食べ盛りの小学生かよ。本当お前って、飯のことばかり考えてるよな」
「うん。大牙くんの作るご飯、大好きだからね」
 満面の笑み。たまらなく愛おしいけれど、やっぱりどこか癇に障る。そんなところも含めて、狐嶋秀也。俺の好きな男だ。
「……ありがとよ」
 照れ隠しに顔を背けながら言うと、急に手の甲に触れてくる。顔が近づいてきて、耳元で囁かれた。
「大牙くんのことは、もっと好きだけどね」
 相変わらず、心臓に悪い男だ。
 家まであと数十メートル。俺は目線を合わせることの出来ないまま熱の帯びた手を握り返して、静かな夜道を無心で歩いて行った。



fin