ピンポーン
聴き慣れたインターホンの音に、少しだけ心臓が速度を速める。
扉を開けると、ホームセンターの袋を片手に満面の笑みを浮かべた黒澤が立っている。
「今日はサーモン味のチュール買ってきたよ」
「別に毎回なんか買ってこなくていいのに」
「俺があげたいだけだから気にしないで」
黒澤はそう言いながら靴を脱ぐと「ポツーっ!」と叫んで誠の部屋へと入っていった。
初めて二人で出かけた日以来、黒澤は毎週火曜日には、ステップとポツのおやつを片手に、誠の家に訪れるようになった。冗談だと思っていた提案は、ここ二ヶ月、欠かすことなく実行されている。今では、ポツのことで何か分からないことがあると、誠から黒澤に連絡して、来てもらう時もあった。
「ほんとにお前は可愛いなー!」
めんどくさそうな顔をしているポツを、両手で、わしゃわしゃと撫でながら、黒澤は満面の笑みを浮かべる。
初めは、いちいち反応しそうになっていた、この殺人級の笑顔もさすがに見慣れてきた。
最近では頻繁に会っていることもあり、黒澤の作り物のような綺麗な容姿にも、たらし発言にもそれなりに耐性がついてきたのだ。
グラスを机に置き、誠が座椅子に腰掛けると、黒澤も誠に倣うように正面に座る。そして、ポツに構いながら、お互いどうでもいいことを話し出す。近頃はこれが二人の中で、自然な流れになっている。
「どう? 猫のいる生活は」
「やめられなくなりそう」
ポツのおでこを撫でながら呟いた誠に、「ははっ」と黒澤は嬉しそうに微笑む。黒澤は一緒にいる時の、八割いや、九割くらい笑っているような気がする。その様子を見ていると、いつもある疑問を抱く。
今日はなんだか気が緩んでいたのか、以前から心の中で燻っていたその疑問が、ほぼ無意識的に、口から零れ出た。
「黒澤ってずっと笑ってるよな。疲れないの?」
黒澤の整えられた眉が少しピクリと上に動く。が、次の瞬間には、また笑顔を浮かべる。まるで、笑顔の仮面を外したくても、外せないかのようだ。
「志田こそ、そんなにずっと眉間に皺よせてて疲れないの?」
そして、誠の質問をひらりと躱し、すかさず反撃してくる。
「……っるさいな。てか学校ではもっと愛想いいし」
誠は眉間に皺を寄せ、不満気に言う。しかし、その言葉に黒澤はなぜか目を輝かせ、再び、笑顔を浮かべる。今度は仮面ではなく、なんだか本当に嬉しそうだ。直感的にそう思った。
「俺にだけ素を見せてくれてるってこと!? 嬉しいんだけど!」
黒澤が、机から身を乗り出し、誠に顔を近づけながら言う。
「……は、はっ!? な、なんでそんな良い風に解釈するんだよ!」
──ち、ちかい!! 顔近いっ……!
誠は驚きのあまり吃りながらも、必死に言葉を発した。
はっきりとした目元に、スッと高い鼻、薄すぎず厚すぎず、上部は綺麗な山形を描く唇。間近で見る黒澤の顔は、あまりにも美しくて、見慣れたはずの誠でも、思わず辟易した。しかし、ここまで焦った理由はそれだけではなかった。指摘されてから、誠自身も気づいたのだ。
黒澤の前では自分を取り繕えていないということに。
誠は基本的に友人に合わせて、キャラ作りをするタイプだった。やる気のない大学生とつるむなら、課題は必要最低限やり、テストも単位をもらえるボーダーラインを目指した。逆に比較的、従業員の年齢層の高い、居酒屋のアルバイトでは至極真面目に仕事に取り組んだ。メモを取るのも忘れないし、分からないことは自ら積極的に聞きに行った。
その結果、賄いだけでなく毎回、家で食べるおかずを持たせてくれるほど、店主は自分を気に入ってくれている。
学校でも、バイト先でも、さらには家庭でも、誠は自分自身を曝け出してなどいなかったのである。
適材適所の役になりきる。それが中高の経験を踏まえて、誠が身につけた、上手く一般人に紛れて生きる術なのだ。
……にも関わらず、なぜか黒澤の前での自分の役が分からなかった。普段どのような役で、どのように意識し、彼と話しているのか全く思い当たらなかったのだ。
そして、それは役を演じることなく、誠本人が黒澤と関わってきたことを示しているのである。そのことに、誠は気づいてしまったのだ。
その瞬間、全身から火が噴き出しそうなほど、身体が熱を持ち出した。
──ち、ちがう、これは違う! そうゆんじゃない! そもそも黒澤には嫌われてもいいから、取り繕わないだけだし!
誠は心の中で必死に自分の熱を否定する。
一人でどぎまぎする誠に、黒澤は笑顔で言う。
「やっぱ俺達、良い友達になれるよ」
黒澤はいつもの笑顔でそう言ったのである。
マッチを水に浸した時のように、ジュッと音を立て、瞬時に身体の熱が引いていく。
黒澤とは趣味も合うし、本音を言える。それはストレスを溜めがちな自分にとってはとても良い関係だ。……友人として。
誠は途端に熱を持った自分の身体が恥ずかしくなった。少し踏み込んだ関係になると、すぐにそっちの方向に考えてしまう。これが自分の悪い癖だ。
だからゲイであることがバレて、いじめられたことを忘れたのか?
普通、男同士で気が合い、なんでも話せる関係になったらそれは親友になるだけだ。恋人にはならない。黒澤がゲイであってもそれは同じだ。
引く手あまたな黒澤と、まともな友人もいない自分では状況がまるで違う。黒澤にとっては、数多くいる友人が一人増えるだけ。自分にとっても嫌いな隣人が仲の良い隣人に変わっただけだ。そう、ただそれだけ。
誠の心はすっかり静まった。もう落ち着いて話せそうだ。
「まぁ、ポツも黒澤のこと気に入ってるみたいだし、ステップの話できるの黒澤だけだし。仕方ないから友人には認定しよう」
「……っはは! なんでそんな上からなのっ!」
黒澤は再び、目を細め、大きな口を開けて笑う。
「でも志田と友達になれたのは一歩前進かな。次は親友目指すわ」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ。お前、友達いっぱいいるだろ」
「うーん、でも、こんなに一緒にいて笑うのは、志田だけだよ」
黒澤は、先程までとは異なる、どこか落ち着いた笑顔で言った。焦げ茶の瞳で真っ直ぐ見つめられると、誠の身体は再び熱を帯びだす。
──こいつはやっぱり危険だ。
黒澤と出会ってから何度も作動しているアラートが、また誠に危険信号を出していた。
関わりすぎるな、と。
「はいはい、どうも。……ん? ポツどうした?」
なるべく感情を殺し黒澤に返事をした時、ポツが誠の二の腕をグイっと頭で押してきた。
よく分からないが、とりあえず腕を上げてやると、伸ばしていた脚の太ももあたりに、柔らかい肉球が触れる。そして、ポツはゆっくりと誠の太ももの上に丸まった。
「……っ!」
あまりの可愛さに誠は悶絶した。生まれてから、こんなに生物を愛しいと思ったことがあっただろうか。ポツは間違いなく、世界で一番可愛い生き物だ。何の迷いもなく、そう思った。
先ほどまで感じていた、自己嫌悪や、黒澤への警戒心を忘れ、誠は太ももに温もりを感じながら幸せを噛み締める。
「おー! すっかり懐いてるじゃん。もう代わりの飼い主なんか探す必要ないんじゃない?」
黒澤の問いかけに、誠はポツへの愛しさのあまり、思わず頷きかけたが、我に帰り、ハッキリと首を横に振った。
「いや、ちゃんと貰い手探すよ。やっぱちゃんとした人に飼ってもらった方が良い。早いうちに探さないと……」
──離れられなくなる。
なんとなくその一言が口に出せず、黒澤の目を見ることもできなかった。
「……そっかぁ。まぁ志田がそう言うなら、良いんだけどね」
黒澤は何か言いたげだったが、それ以上は何も言わなかった。
しばらく会話も無く、スマホをいじったりテレビを見たり、互いに自由な時間を過ごしていると、黒澤が急にハッと、何か思いついたように、喋りだした。
「ねぇ、そういえばまだ聞いてなかった。志田って何で抜いてるの?」
──……ん? 聞き間違いか?
「ちょ、え? 何って? え?」
頭がまったく追いつかない。
抜くって、まさか、そんなまさかな。
そういう意味の質問のわけがないだろう。祈りにも似た気持ちで、そう自分に言い聞かせる。
「いや、だからどうゆうので抜くのって。動画? 紙? どんなシュチュエーションとか、どんな子とか。色々あるでしょ」
「……は、は!? お、おまえ、急になに言ってんだよ! なんでそんなこと……!? は!?」
意味をしっかりと理解し、誠は耳まで真っ赤にしながら、馬鹿みたいに聞き返す。そんな誠に驚いたのか、ポツはピョンっと膝の上から去っていってしまった。
「あ……。ポツ、降りちゃったじゃん……。黒澤が変なこと言ったせいだぞ!」
「いや、志田焦りすぎでしょ! ほんと面白いな!」
腹を抱えて笑い出す黒澤に「からかうなよっ!」と、誠は相変わらず真っ赤な顔で抗議する。
「え、男同士でこうゆう話は普通じゃない? 下ネタがやっぱ一番盛り上がるでしょ。親友になるためにはそうゆう話も必要かなって」
「ひ、ひつようない!」
「えー。そんな変わったやつで抜いてるの?」
くすくす笑いながら言う黒澤の傍ら、誠の心臓は大きく音を立てていた。
この手の話はたしかに、大学でも話題に上がる。その時は周りに合わせて、場を凌げるのに、なぜか黒澤の前だと上手くいかなかった。でも、だからって……。
──BLの漫画で抜いてるなんて言えるわけないだろっ!
誠は、どうにか心臓を落ち着かせようと、俯き、ぐるぐると思考を巡らせていた。
そのせいで、黒澤が「この辺に隠していたりしてー」と言いながら、ベットの下に手を入れていることに気がつかなかったのだ。
「まぁ、こんな典型的なとこに隠さないと思うけど。……ん? なんかある?」
ベットの下から出てきた黒澤の手には『幼馴染と初H』と書かれた、愛用のBL漫画があった。
誠の頭の中には「キラキラ大学生活終了」の文字が映し出された。
聴き慣れたインターホンの音に、少しだけ心臓が速度を速める。
扉を開けると、ホームセンターの袋を片手に満面の笑みを浮かべた黒澤が立っている。
「今日はサーモン味のチュール買ってきたよ」
「別に毎回なんか買ってこなくていいのに」
「俺があげたいだけだから気にしないで」
黒澤はそう言いながら靴を脱ぐと「ポツーっ!」と叫んで誠の部屋へと入っていった。
初めて二人で出かけた日以来、黒澤は毎週火曜日には、ステップとポツのおやつを片手に、誠の家に訪れるようになった。冗談だと思っていた提案は、ここ二ヶ月、欠かすことなく実行されている。今では、ポツのことで何か分からないことがあると、誠から黒澤に連絡して、来てもらう時もあった。
「ほんとにお前は可愛いなー!」
めんどくさそうな顔をしているポツを、両手で、わしゃわしゃと撫でながら、黒澤は満面の笑みを浮かべる。
初めは、いちいち反応しそうになっていた、この殺人級の笑顔もさすがに見慣れてきた。
最近では頻繁に会っていることもあり、黒澤の作り物のような綺麗な容姿にも、たらし発言にもそれなりに耐性がついてきたのだ。
グラスを机に置き、誠が座椅子に腰掛けると、黒澤も誠に倣うように正面に座る。そして、ポツに構いながら、お互いどうでもいいことを話し出す。近頃はこれが二人の中で、自然な流れになっている。
「どう? 猫のいる生活は」
「やめられなくなりそう」
ポツのおでこを撫でながら呟いた誠に、「ははっ」と黒澤は嬉しそうに微笑む。黒澤は一緒にいる時の、八割いや、九割くらい笑っているような気がする。その様子を見ていると、いつもある疑問を抱く。
今日はなんだか気が緩んでいたのか、以前から心の中で燻っていたその疑問が、ほぼ無意識的に、口から零れ出た。
「黒澤ってずっと笑ってるよな。疲れないの?」
黒澤の整えられた眉が少しピクリと上に動く。が、次の瞬間には、また笑顔を浮かべる。まるで、笑顔の仮面を外したくても、外せないかのようだ。
「志田こそ、そんなにずっと眉間に皺よせてて疲れないの?」
そして、誠の質問をひらりと躱し、すかさず反撃してくる。
「……っるさいな。てか学校ではもっと愛想いいし」
誠は眉間に皺を寄せ、不満気に言う。しかし、その言葉に黒澤はなぜか目を輝かせ、再び、笑顔を浮かべる。今度は仮面ではなく、なんだか本当に嬉しそうだ。直感的にそう思った。
「俺にだけ素を見せてくれてるってこと!? 嬉しいんだけど!」
黒澤が、机から身を乗り出し、誠に顔を近づけながら言う。
「……は、はっ!? な、なんでそんな良い風に解釈するんだよ!」
──ち、ちかい!! 顔近いっ……!
誠は驚きのあまり吃りながらも、必死に言葉を発した。
はっきりとした目元に、スッと高い鼻、薄すぎず厚すぎず、上部は綺麗な山形を描く唇。間近で見る黒澤の顔は、あまりにも美しくて、見慣れたはずの誠でも、思わず辟易した。しかし、ここまで焦った理由はそれだけではなかった。指摘されてから、誠自身も気づいたのだ。
黒澤の前では自分を取り繕えていないということに。
誠は基本的に友人に合わせて、キャラ作りをするタイプだった。やる気のない大学生とつるむなら、課題は必要最低限やり、テストも単位をもらえるボーダーラインを目指した。逆に比較的、従業員の年齢層の高い、居酒屋のアルバイトでは至極真面目に仕事に取り組んだ。メモを取るのも忘れないし、分からないことは自ら積極的に聞きに行った。
その結果、賄いだけでなく毎回、家で食べるおかずを持たせてくれるほど、店主は自分を気に入ってくれている。
学校でも、バイト先でも、さらには家庭でも、誠は自分自身を曝け出してなどいなかったのである。
適材適所の役になりきる。それが中高の経験を踏まえて、誠が身につけた、上手く一般人に紛れて生きる術なのだ。
……にも関わらず、なぜか黒澤の前での自分の役が分からなかった。普段どのような役で、どのように意識し、彼と話しているのか全く思い当たらなかったのだ。
そして、それは役を演じることなく、誠本人が黒澤と関わってきたことを示しているのである。そのことに、誠は気づいてしまったのだ。
その瞬間、全身から火が噴き出しそうなほど、身体が熱を持ち出した。
──ち、ちがう、これは違う! そうゆんじゃない! そもそも黒澤には嫌われてもいいから、取り繕わないだけだし!
誠は心の中で必死に自分の熱を否定する。
一人でどぎまぎする誠に、黒澤は笑顔で言う。
「やっぱ俺達、良い友達になれるよ」
黒澤はいつもの笑顔でそう言ったのである。
マッチを水に浸した時のように、ジュッと音を立て、瞬時に身体の熱が引いていく。
黒澤とは趣味も合うし、本音を言える。それはストレスを溜めがちな自分にとってはとても良い関係だ。……友人として。
誠は途端に熱を持った自分の身体が恥ずかしくなった。少し踏み込んだ関係になると、すぐにそっちの方向に考えてしまう。これが自分の悪い癖だ。
だからゲイであることがバレて、いじめられたことを忘れたのか?
普通、男同士で気が合い、なんでも話せる関係になったらそれは親友になるだけだ。恋人にはならない。黒澤がゲイであってもそれは同じだ。
引く手あまたな黒澤と、まともな友人もいない自分では状況がまるで違う。黒澤にとっては、数多くいる友人が一人増えるだけ。自分にとっても嫌いな隣人が仲の良い隣人に変わっただけだ。そう、ただそれだけ。
誠の心はすっかり静まった。もう落ち着いて話せそうだ。
「まぁ、ポツも黒澤のこと気に入ってるみたいだし、ステップの話できるの黒澤だけだし。仕方ないから友人には認定しよう」
「……っはは! なんでそんな上からなのっ!」
黒澤は再び、目を細め、大きな口を開けて笑う。
「でも志田と友達になれたのは一歩前進かな。次は親友目指すわ」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ。お前、友達いっぱいいるだろ」
「うーん、でも、こんなに一緒にいて笑うのは、志田だけだよ」
黒澤は、先程までとは異なる、どこか落ち着いた笑顔で言った。焦げ茶の瞳で真っ直ぐ見つめられると、誠の身体は再び熱を帯びだす。
──こいつはやっぱり危険だ。
黒澤と出会ってから何度も作動しているアラートが、また誠に危険信号を出していた。
関わりすぎるな、と。
「はいはい、どうも。……ん? ポツどうした?」
なるべく感情を殺し黒澤に返事をした時、ポツが誠の二の腕をグイっと頭で押してきた。
よく分からないが、とりあえず腕を上げてやると、伸ばしていた脚の太ももあたりに、柔らかい肉球が触れる。そして、ポツはゆっくりと誠の太ももの上に丸まった。
「……っ!」
あまりの可愛さに誠は悶絶した。生まれてから、こんなに生物を愛しいと思ったことがあっただろうか。ポツは間違いなく、世界で一番可愛い生き物だ。何の迷いもなく、そう思った。
先ほどまで感じていた、自己嫌悪や、黒澤への警戒心を忘れ、誠は太ももに温もりを感じながら幸せを噛み締める。
「おー! すっかり懐いてるじゃん。もう代わりの飼い主なんか探す必要ないんじゃない?」
黒澤の問いかけに、誠はポツへの愛しさのあまり、思わず頷きかけたが、我に帰り、ハッキリと首を横に振った。
「いや、ちゃんと貰い手探すよ。やっぱちゃんとした人に飼ってもらった方が良い。早いうちに探さないと……」
──離れられなくなる。
なんとなくその一言が口に出せず、黒澤の目を見ることもできなかった。
「……そっかぁ。まぁ志田がそう言うなら、良いんだけどね」
黒澤は何か言いたげだったが、それ以上は何も言わなかった。
しばらく会話も無く、スマホをいじったりテレビを見たり、互いに自由な時間を過ごしていると、黒澤が急にハッと、何か思いついたように、喋りだした。
「ねぇ、そういえばまだ聞いてなかった。志田って何で抜いてるの?」
──……ん? 聞き間違いか?
「ちょ、え? 何って? え?」
頭がまったく追いつかない。
抜くって、まさか、そんなまさかな。
そういう意味の質問のわけがないだろう。祈りにも似た気持ちで、そう自分に言い聞かせる。
「いや、だからどうゆうので抜くのって。動画? 紙? どんなシュチュエーションとか、どんな子とか。色々あるでしょ」
「……は、は!? お、おまえ、急になに言ってんだよ! なんでそんなこと……!? は!?」
意味をしっかりと理解し、誠は耳まで真っ赤にしながら、馬鹿みたいに聞き返す。そんな誠に驚いたのか、ポツはピョンっと膝の上から去っていってしまった。
「あ……。ポツ、降りちゃったじゃん……。黒澤が変なこと言ったせいだぞ!」
「いや、志田焦りすぎでしょ! ほんと面白いな!」
腹を抱えて笑い出す黒澤に「からかうなよっ!」と、誠は相変わらず真っ赤な顔で抗議する。
「え、男同士でこうゆう話は普通じゃない? 下ネタがやっぱ一番盛り上がるでしょ。親友になるためにはそうゆう話も必要かなって」
「ひ、ひつようない!」
「えー。そんな変わったやつで抜いてるの?」
くすくす笑いながら言う黒澤の傍ら、誠の心臓は大きく音を立てていた。
この手の話はたしかに、大学でも話題に上がる。その時は周りに合わせて、場を凌げるのに、なぜか黒澤の前だと上手くいかなかった。でも、だからって……。
──BLの漫画で抜いてるなんて言えるわけないだろっ!
誠は、どうにか心臓を落ち着かせようと、俯き、ぐるぐると思考を巡らせていた。
そのせいで、黒澤が「この辺に隠していたりしてー」と言いながら、ベットの下に手を入れていることに気がつかなかったのだ。
「まぁ、こんな典型的なとこに隠さないと思うけど。……ん? なんかある?」
ベットの下から出てきた黒澤の手には『幼馴染と初H』と書かれた、愛用のBL漫画があった。
誠の頭の中には「キラキラ大学生活終了」の文字が映し出された。
