「誠、黒澤」

 大学の門をくぐると、背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、ちょうど同じタイミングで大学に到着したらしい昴が、小走りでこちらにやって来る。

「昴、おはよ」

「おはよう。昴くん」

 朝の挨拶を交わし終えると、昴は誠と黒澤を交互に見る。

「なんだ、お前ら。やっぱ昨日ヤったのか」

「……な、なっ……!」

 唐突な昴の発言に、誠は動揺のあまり、顔を真っ赤にし、口をパクパクさせてしまう。

 ──なんでこいつはこんなに察しが良いんだ……。もはや怖い。

 動揺する誠を見て、昴はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「なんか二人の雰囲気いつもと違うし。誠の歩き方、不自然だし……」
 
 昴は言い終わるなり、込み上げる笑いを堪えている。誠は、昨日に引き続き、羞恥心でおかしくなりそうになる。
 そんな二人の様子を見て、今度は黒澤が不満そうな表情を浮かべる。

「ちょっと昴くん、誠にセクハラするのやめてもらっていい?」

 黒澤が唇を尖らせながら言う。
 え、なにそれ。可愛い。
 誠は思わず黒澤を見つめ、微笑む。そんな誠に気づき、黒澤も少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「おい、おい、バカップル! そうゆうのは他所でやってくれよ!」

「……昴が変なこと言うから悪いんだろ……」

「誠がバレバレな態度取るのが悪い。まぁでもなんやかんやでくっついて良かったですね」

 呆れつつも昴は優しく笑った。一言余計なことが多いものの、やっぱり昴は良い奴だ。

「色々ありがとな、昴」
 
「ありがとう、昴くん」

「ちょっと、二人してそういうノリやめてもらっていいですか!? 感謝するなら言葉じゃなく行動で示してください!」

 昴は相変わらずこういう反応には慣れていないらしい。
 なんだか可愛く見えてきた。

「行動? ご飯奢るとか?」

 誠が尋ねると、昴はうーんと首を傾げる。

「誠だけじゃなくて、俺もなんかお礼するよ」

 黒澤がそう言うと、昴は何か閃いたのだろうか。明るい表情になる。

「そうだ! 黒澤、俺に誰か紹介してよ! 男でも女でもどっちでもいいし! 条件としては重くない人かな。年上とかも憧れるなー。あ、あと男ならネコの方がありがたい」

 昴はその後も指を折りながら楽しそうに条件を追加していく。頭の中で理想の人を思い浮かべているようだ。
 恋に焦がれているみたいで可愛らしく思えると同時に、条件から察するに、遊びの相手を探したいだけのようにも思えて、複雑な感情になる。
 大体、そんな都合のいい人居るわけ──

「「あ」」

 誠と黒澤の声が重なる。多分、二人とも思い浮かべている人物は同じだろう。

「え、なに!? 思い当たる人いるの!? どっちでもいいから紹介して!」

 昴が心底嬉しそうに食いついてくる。そんな昴に黒澤が苦笑いを浮かべながら言う。

「まぁ……その内……ね」

「絶対だからな!!」

 昴のあまりの必死さに、誠は少し驚く。昴は遊んではいるが、あまり恋愛に興味を持つタイプではなかったはずだ。

「てか、何。急にどうしたの。昴なら遊ぶ相手たくさん居るだろ?」

 誠の問いかけに、昴はどこか気まずそうな表情を浮かべた後、答える。

「……なんかお前ら見てたら……特定の相手欲しくなった……」

 昴はどこか悔しそうに、そして恥ずかしそうにそう言うと、「授業始まるから!」と言って逃げるように去っていった。
 そんな昴の様子に、誠と黒澤は視線を絡ませ、笑い合った。




「はい、これあげる」

 部屋に入るなり、黒澤は二つの袋を手渡してくる。
 付き合い出してからほぼ毎日、黒澤は部屋にやって来るようになった。自分も黒澤の部屋に頻繁に行くし、もはや家が一つ増えたような感覚だ。
 それなのに、未だに黒澤はこうやって、自分とポツに貢物を持ってくる。まったく律儀なやつで困る。

「もー……。いらないって言ってんじゃん」

「大したものじゃないし、俺があげたいだけだからいいの」

 微笑みながらそう言う黒澤に、ため息をつきながらも中身を確認する。
 一つは誠の大好きなヒーロー大戦のウエハースだった。誠は最近これについてくるカード集めにハマっているのだ。いらないとは言ったものの、正直嬉しくて口元が緩んでしまう。
 いかんいかんと気を取り直しつつ、もう一つの袋の中身を見る。

「……また人形買ってきたのかよ……。もうたくさんあるじゃん」

 中身は魚の人形だった。黒澤がしょっちゅう買ってくるので、家には既に様々なポツ用の人形がある。
 ポツも最初は遊んでくれるものの、飽きると見向きもしなくなり、使い道のなくなった人形達がそこかしこに眠っている。
 せっかく買ってきてくれたものの、やや呆れた表情で黒澤を見てしまう。そんな誠に、黒澤は得意げな表情でにんまりと笑う。

「それが、ただの人形じゃないんですよ。これね、中にまたたびが入ってるんだって」

「またたび……?」

「とりあえず、ポツにあげてみなって」

 そう言われ、訝しみながらも袋を開け、ポツの前に置いてみる。
 すると、ポツは、今までとは段違いの食いつきを見せた。
 人形を両手で抱えるように掴むと、足蹴りをしたり、舐めたり噛んだりしだす。そして、人形を抱きかかえたまま、なんだか気持ちよさそうゴロゴロと転がっている。

「す、すごい……。猫がまたたびで興奮するって本当なんだ……」

「まぁ、あげすぎはよくないんだけどね。適度にあげる分にはストレス解消、運動不足解消になるみたい。最近、さすがにポツ丸くなりすぎだからね」

 その指摘には誠も「たしかに」と苦笑いを浮かべるしかない。
 ポツがまたたびに夢中な姿を見ていると、ある言葉が思い浮かぶ。

「そういえば、猫にまたたびってことわざもあるもんな。ポツの様子見てると、なるほどって感じだな」

「え、さすが文学部。俺、そんなことわざ全然知らなかったんだけど。どんな意味?」

 子供みたいなワクワクした表情で黒澤が聞いてくる。

「大好物のたとえだよ。もしくはそれを与えられるとめちゃくちゃ効き目があることのたとえ」

「なるほど! ってことは誠にチョコレート?」

 あまりにくだらない黒澤の発言に笑みがこぼれる。

「まぁ、間違ってはないかも。黒澤にはハンバーグ?」

 誠がふざけてそう尋ねると、黒澤は首を横に振り、微笑む。

「俺には誠だよ」

 とんでもなく恥ずかしいことを真剣に言う黒澤に、誠は思わず吹き出してしまう。

「ちょ! なんで笑うんだよ! ひどいな!」

 子供みたいに拗ねる黒澤に、さらに笑いが込み上げてくる。
 そんな誠を見て、黒澤も笑い出す。
 なんてバカバカしいやり取りだろう。
 まぁ、でも──

 俺にも黒澤かなって思ったことは言わないでおこう。



 〜「黒猫にまたたび」完 〜