気を抜くと瞳から熱いものが、すぐに溢れて来そうで、誠はしばらく顔を上げることができず、気づくと部屋の前についていた。
 瞼が馬鹿みたいに重たい。きっと酷く腫れているだろう。
 それでも必死に瞼を持ち上げ、笑顔を作る。

「送ってくれてありがと。もう平気だから降ろして」

 鼻にかかった情けない声で言う誠に、黒澤からの応答はない。
 もしかすると部屋の中までついて来るつもりだろうか?
 この前倒れた時も看病してくれたし、充分あり得る話だ。しかし、黒澤が足を止めたのは、誠の部屋の前ではなかった。
 
「志田の家、なんもないから。ごめん、鍵だけ開けてもらっていい? 右のポケットに入ってる」

 ああ、本当に黒澤はいつも予想を上回る行動をする。
 たしかに、誠の家には救急箱などの治療キットは何もないし、食べ物もまともにない。
 でも、だからって流石に部屋に行くのは気が引ける。
 
「え……いや、俺自分の部屋帰るよ」

「いいから速く開けて」

「はい」

 急に命令口調になった黒澤に、誠は条件反射的に返事をしてしまった。
 そして、返事をしてしまったからには従うしかなく、誠は緊張しながら黒澤のポケットに手を突っ込んだ。
 鍵を見つけ、扉を開けようと鍵穴に近づけるが、手に力が入りすぎているのか、中々上手くいかない。
 隣の部屋なので、扉の構造は誠の部屋の物と全く同じだ。鍵自体もパッと見、誠の物と何も変わらない。
 それなのに、黒澤の部屋の鍵なのだと思うと、それは急に重たく、緊張感のある物になる。
 やっとのことで誠が鍵を差し込み解錠すると、黒澤は身体を使って器用に扉を押し開けた。
 黒澤は部屋に入ると、一直線に突き進み、誠をベッドの上に降ろす。
 誠は驚きで目を見開く。

「ちょ、おい! ベッド汚れちゃうだろ!」

 一連の出来事によって、誠の服は汚れていた。こんな格好で人様のベッドに乗るなんて恐ろしい。
 誠はすぐにベッドから降りようとしたが、黒澤の両手が誠の肩の上に降りて来る。
 両手で圧力をかけられると、立つことは不可能だ。

「とりあえず治療。大人しくしててね」

 黒澤が冷淡な笑みを浮かべながら言う。瞳の奥は全く笑っていない。
 やっぱり怒っているのだろうか。
 誠は急に不安になり、もう機嫌を損ねたくないという思いから、ベッドの上に大人しく座っておくことにした。
 ただ、申し訳なさは払拭できず、極力身体が触れないよう、ベッドのヘリに座るという、ささやかな抵抗を試みた。
 そんなことをしている間に、黒澤はもはや見慣れてしまった救急箱を持って来て、誠の足元に腰を下ろす。

「足、見せて」

「……はい」

 この命令モードの黒澤には何を言っても無駄なことを誠は知っている。
 大人しく靴下を脱ぎ、花岡に踏まれ続けた足を、黒澤に差し出す。
 思ったよりも酷くはなく、親指のあたりが少し内出血しているくらいだった。それでも、黒澤は苦しそうに顔を歪める。そして、暖かい濡れ布巾で綺麗に拭いてから、湿布を貼ってくれた。

「他は?」

「もう……」

 平気、と言いかけて誠は口をつぐんだ。時には頼ることも必要ということを思い出したのだ。
 
 ──まぁ、黒澤には頼り過ぎかもしれないが……。

「腹も痛いかも……」

「分かった。脱いで」

 その言葉に一瞬、躊躇ったものの、誠は大人しく身につけていたシャツを脱ぎ、元々貼られていた湿布を剥がした。
 治りかけていた部分が、また赤黒いあざになっている。
 それを見た黒澤は眉間に皺を寄せ、怒りに満ちた表情を浮かべる。

「くそっ、また同じとこ殴りやがって……」

 黒澤からは想像できないような激しい言葉に、誠は呆然としてしまう。
 しかし、黒澤は荒々しい口調とは対照的に、丁寧な手つきで治療を施してくれている。
 そんな黒澤の様子に、誠の心も次第に癒えていく。
 
「これでよし。水持ってくるから横になってて。あ、はい。これ」
 
 治療を終え、黒澤が手渡して来たのは、彼のものと思われる上下セットのスウェットだった。
 至れり尽くせり過ぎて申し訳なくなるものの、黒澤のベッドの為にも、今すぐに着替えたかった誠は、有り難く借りることにした。
 着てみると予想通りダボダボで、ズボンも紐でウエストをギリギリまで絞ってやらないと落ちそうだ。
 まぁ、ベッドに入ってしまえば、どうせ分からないだろうと思い、誠は遠慮がちに横になり、布団をかけた。
 黒澤の部屋のベッドは、誠の安物とは違ってフカフカだった。枕はやや固めだが、しっかりとフィットし、寝心地がとても良い。
 それなのに、誠の身体は休まるどころか、急速に熱を持ち出した。

 ──やばいこれ。匂いが……。

 黒澤のベッドからは優しくて暖かい、太陽のような黒澤の匂いがあちこちからするのだ。
 布団に覆われると、まるで、黒澤に包まれているような、そんな、錯覚を起こす。
 先程までは冷え切っていた手足が今度は異常なほど熱くなっていく。
 誠は羞恥心から、布団の中で身悶えた。

「なにもぞもぞしてるの……」

「あ! いや!」
 
 黒澤の声に、誠は慌てて、布団から飛び出す。

「どっか痛い?」

 水を持った黒澤が怪訝そうな表情を浮かべている。
 いや、心配そうな表情か?
 とにかく複雑な表情で誠の様子を見つめている。

「いや……ぜ、ぜんぜん、平気です!」

 奇行を見られたことと、さっきまで泣いていた情けない自分を突然思い出し、誠はなんだか無性に恥ずかしくなってきた。

「ふっ……! さっきからなんで、ちょいちょい敬語なの」

 黒澤が明るく笑う。

「な、なんか緊張して」

「緊張? なんでよ。一回来たことあるじゃん」

「いや、状況が違いすぎるって……。あの時は虫を退治しに来ただけだし」

 それに比べて、今は黒澤のベッドの上だ。
 こんな状況でドキドキするなという方が無理な話である。

「あの時は俺が助けてもらったから、今日は俺が志田を助ける番だね」

「そうゆうこと言ってるんじゃないんだけどな……」

 そう言いつつも、再び心が暖まっていくのを感じる。
 黒澤に外傷的に救われたのは今日が初めてかもしれないが、心を救われたのは今日だけではない。
 何度も何度も救われている。
 多分、黒澤と出会ってから救われ続けている。そう思うと、黒澤への想いがどんどん募っていく。
 自分も黒澤のために何かしたいと……何度も強く、そう思う。
 そういえば、虫を退治しに黒澤の家にやって来た時も、似たようなことを思っていた気がする。
 小さなことだけど、黒澤の役に立てたのが嬉しくて、もっと黒澤の助けになりたいと、そう思っていた気がする。
 それなのに、実際は救われてばかりの自分が本当に情けない。

「俺はあの時、志田がまたいつでも声かけて良いって言ってくれたの、すごく嬉しかったよ」

「え」

 自己嫌悪に陥っていた所に、思いがけない言葉が耳に入り、思わず声が出た。
 そして、そんな言葉に対しても、誠はつい自己否定的な感情を持ってしまう。
 もう、これは癖みたいなものなんだろう。

「そんな、大したことじゃないだろ。虫なんて平気な奴いっぱい居るし。そんな小さなことで感謝されるなんて……なんか逆に申し訳ない」

 そんな誠の言葉に、黒澤は少し呆れたような表情を浮かべた後、柔らかく微笑んだ。

「人を助けるのに、大きいも小さいもないよ。俺は、俺の為に志田が力になるって言ってくれたことが嬉しかったんだ。それが例え虫退治でも、自分の為に何かしようと思ってくれる、その気持ちが嬉しいんだよ」

 その言葉は、なんの抵抗もなくストンと誠の心の中に落ちてきた。

 ──ああ、その感覚なら、自分も知っている。

 自分のことを心配してくれることがどれほど有難くて、どれほど嬉しいことか。
 それは、目の前の人が教えてくれた。
 その人が同じ気持ちを自分に抱いてくれていることが、泣きそうなくらい嬉しい。
 嬉しくて嬉しくて、幸せすぎて怖い。
 黒澤と出会ってから、甘くて痺れるような怖さ。
 決して不快ではない、でも胸が押し潰されそうな怖さを何度も味わっている。
 愛されることに慣れていない誠の中では、愛されてみたいという気持ちと、知りたくないという、矛盾した二つの気持ちがひしめき合っているのだ。

「でも俺は頼ってもらうこともすごく嬉しく感じる」

 誠のごたついた思考を黒澤の言葉が断ち切った。

「自分の為に誰かが頑張ってくれるのも嬉しいけど、自分のことを信頼して、頼ってくれることはもっと嬉しい。それで、その人のために頑張ろうって思えたら、そんな自分も好きになれる」

 その言葉に、誠の中で、また、想いが募っていく。
 黒澤のことは純粋に人として好きだなと、改めて、そう感じたのである。
 恋愛的側面から見ても、好意的に思っていることも、もう認めざるを得ないが。
 でも、それ以前に、人としても尊敬しているのだ。
 あんなに苦手だった人をこんなに慕うようになるなんて、人生何があるかわからない。
 やはり、人を見た目や周りの評判で判断するのは良くないのだと、そんな当たり前なことを再確認する。
 でも、誠はそんな当たり前のことすら忘れかけていたのだ。
 身をもって知っていたはずなのに。
 ずっと黙っている誠に、黒澤は続ける。

「だから何度も言うけど、志田にはもっと頼ってほしい」

 誠は黒澤の瞳を見つめ、彼の言葉を一つも取りこぼさないように大切に聞いた。

「今回だって、昴くんが居なかったらどうなってたことか……。考えるだけで死にそう」

「……へ?」

 しかし、余りに思いがけない名前が黒澤の口から飛び出し、誠の思考が一瞬停止する。
 頭がやっと働き出すと、数々の疑問が誠の頭の中を巡る。
 そういえば、黒澤はなんで自分が花岡に会うことを知っていたのか。
 偶然というのは流石に無理がある。
 そして、なぜ昴の名前が黒澤の口から出るんだ。

「待って待って、なんで昴?」

「夜コンビニ行ってたら、たまたま昴くんを見かけてさ。志田が、昴くんと飲みに行くって言ってたのにおかしいなって思って。だから志田は?って聞いたら、一緒に飲む約束なんてしてないって言うから」

「いや、待って待って。黒澤、昴のこと知らないはずだよな?」

「……調べた」

「ん?」

「志田が下の名前で呼ぶのなんて珍しいから、どんな人か気になって……。自分で言うのもなんだけど、俺、顔は広い方だから……。割とすぐ、昴くんのこと知ってる人見つかって、どんな人か教えてもらった」

 頭が追いつかない。なんでそこまで昴に興味を持つんだ。

「訳わからんのだけど……。俺の友達ってだけでそんな気になるもん……?」

「……だって。俺、下の名前で呼ばれたことない……」

「……はい?」

「だから、俺も下の名前で呼ばれたいし、下の名前で呼びたかったのに、先越されたからどんな奴か気になったんだよ!」

 本日二度目の思考停止。そして、副反応的にやってくる困惑。

「ごめんごめん。本当にさっきからよく分かんないんだけど……」

「俺も誠って呼んでいい? いや、呼ぶね」

 もう頭がパンクしそうだ。そして、急激に顔が熱くなる。昴に誠って呼ばれたって、他の誰に呼ばれたって、何ともないのに。
 黒澤に呼ばれると、心臓が締め付けられて、息が苦しくなる。
 そんな心臓を楽にさせようと、誠は必死に話を逸らす。
 というか、戻す。

「そ、それでどうやって俺を見つけたんだよ!」

「なんか俺、嫌な予感して。それで、店行ったんだけど、誠はもう上がったって聞いて。でも、家にも帰ってないし、心配で店の周り片っ端から探してた。そしたら、怒鳴り声聞こえて……」

 黒澤がそこまで必死に自分のことを探してくれていたことに驚く。
 あんな路地裏までたどり着いたということは、余程多くの場所を探し回ってくれたのだろう。

「そんなに探してくれたのか……」

 誠が申し訳なさそうに言うと、黒澤は優しく微笑んだ。

「実はね……。一人じゃなかったんだよ」

「え?」

「昴くんも一緒に探してくれたんだ」

「……え!? 昴が!?」

 誠は驚きを隠せなかった。昴とは、たしかに学内で一緒にいる事は多いが、逆に言うとそれだけだった。
 サークルの行事で遊んだりする事はあったが、大学という環境から出れば二人は他人だった。
 互いに都合のいい時に連む、そんな割り切った関係。
 だから、昴がわざわざ自分を探すなんて想像も出来なかった。
 そんな誠の様子に気づいたのか、黒澤が優しい表情を浮かべる。

「昴くんもすごく心配してたよ。誠が最近ちょっと様子がおかしかったって、そう言ってた。家に帰ってないって伝えたら、自分も探すって言ってくれたんだ」

「ほ、ほんとに……?」

「ほんと。ほら」

 そう言って黒澤は、二人のメッセージのやり取りを表示したスマホを渡してくる。
 そこには『大学の周りはいなかった』『第二公園にも居ない』『商店街にも居ない』など、本当に昴が自分を探してくれていた様子が伝わるメッセージが残されている。
 そして、黒澤の『見つかった。とりあえず無事』というメッセージに対しては『良かった。本当に』という返事が来ていた。
 端的ではあるが、そのメッセージからは昴が自分のことを本気で心配してくれていたことが、ひしひしと伝わってくる。
 誠は信じられず、何度もスマホの画面をスクロールしてしまう。

「誠はさ、もっと自分に自信を持ちな。誠が思ってるよりもずっと、みんな誠のことが大切なんだよ」

 ──自信を持ちなさい。

 それはテレビや雑誌でよく聞く綺麗事で、説教じみていて嫌いな言葉だった。
 でも今は、不思議とそんな風には思わなかった。
 自分に今、最も必要なのは、自信なのかもしれない。すんなりと、そう思うことができた。
 これまで特別親しい人が出来なかったのも、自信のなさから、自ら壁を作っていたせいもあるのではないだろうか。
 明日、昴に会ったら、ちゃんとお礼を言おう。
 それで、今度は本当に二人で飲みに行こう。
 もちろん、誠から誘って。

「まぁ、今日の説教はこれくらいにして。誠はもう寝な。どうせ明日のバイト休めって言っても、休まないんだろ」

「まぁ……うん」

「それは許してあげるから、せめて今日はここで寝て。なんか誠は見守ってないと不安」

 そんなむず痒い言葉を黒澤は平気で口に出す。

 ──なんか誠って呼ぶの定着してるし……。
 
「子供扱いするなって」

 誠は速まる鼓動を誤魔化すために、つい虚勢を張ってしまう。

「それに、前から思ってたけど、誠の部屋のベッド、薄くて身体痛そうなんだもん」

「安物で悪かったな! 引っ越す時とりあえず買ったやつだからしょうがないだろ。それにポツだって気に入って……」

「「あ」」

 誠が慌てて起き上がろうとするのを黒澤が止める。

「鍵貸して! 俺、連れてくるよ」

「え!? ポツこの部屋に連れてくんの!?」

「全然平気だから、貸して!」

 誠は戸惑いながらも、脱いだズボンのポケットから鍵を取り出し、黒澤に渡した。
 数分後には黒澤がポツを連れて部屋に戻ってきた。

「……ニャ〜」

 置き餌していたため、お腹は空いていないようだが、なかなか家主が帰ってこないことに腹を立てたのか、ポツは黒澤の腕の中でやや不機嫌そうな鳴き声を上げた。
 そんなポツを黒澤が誠のそばまで連れて来てくれる。

「おい、ベッドに毛ついちゃうぞ……」

「そんなの気にしないって。それに、俺もポツと寝たいし。俺のベッド広めだから行けるっしょ」

「は!?」

 黒澤の信じられない提案に、誠の口からは思わず大きな声が出てしまう。
 
 ──たしかに、広めの立派なベッドではあるけど……緊張して寝れるわけない!
 
 誠が混乱している間に、黒澤は部屋着に着替えたようで、そのまま誠とポツがいるベッドに入ってくる。
 男二人と猫一匹では流石にベッドの上はギュウギュウだ。
 ポツは二人に挟まれる形になってしまっている。
 
「ちょ、おい! 狭いって!」

「えー。てか、俺のベッドだし」

「……ぐっ……。でもポツもキツそうだし、黒澤がポツと寝たいなら、俺が自分の部屋にもど……」

「ニャー!!」

 誠が起き上がろうとすると、ポツが不服そうに大きな鳴き声をあげた。
 どうやら、ポツは誠に動くなと言っているらしい。
 誠と黒澤の間にスッポリとハマっているポツは、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
 どうやら、誠と黒澤によって作られた隙間が気に入ったらしい。
 そういえば猫って狭いところ好きって聞いたことがある気がする……。

「……ふっ! ほら、ポツもここで三人で寝たいって!」

 黒澤がポツを撫でながら、可笑しそうに言う。

「今日はもう何も気にせず寝ようよ。ほら、目瞑ってみな」

 全身を黒澤の匂いに包まれ、しかも目の前には黒澤の整い過ぎた顔面がある。こんな状況では、寝れるはずがない。
 それを証明しようと、誠は目を瞑る。
 しかし、いざ瞼を閉じると急激に眠気が襲ってきて、意識を留めて置くことが難しくなってきた。

「おやすみ、誠」

 暖かくて、優しい声を聞いたのを最後に、誠は意識を手放した。




「昴、おはよう」

「おう、おはよう」

 翌日、大教室で昴を見つけると、誠は迷うことなく隣に腰を下ろした。二人の中では、これが当たり前のようになっているが、思えば、これも実はすごいことなのかもしれない。
 ちゃんと友達の証拠なのかもしれない。

「昴。昨日、俺のこと探してくれたんだってな。黒澤に聞いた。迷惑かけてごめんな」

 昴は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの軽い笑顔に戻る。

「えーなんだよ! 黒澤言っちゃったのかー」

 昴は何故か口を尖らせ、文句を言い出す。
 相変わらずよく分からない男だ。

「言っちゃダメなことでもあったのかよ?」

「いや、なんかこういうのは後から、実は助けてましたってのがカッコいいじゃん。まぁ、黒澤が見つけたから、俺は特に何もしてないけどねー」

 戯けた調子で言うのが、本当に昴らしいと思った。誠が思っていたよりもずっと、昴は人が良いのだろう。

「そんなことない。探してくれたって聞いて、嬉しかった。本当にありがと」

「ちょ、そうゆうガチなノリやめて」

 そう言いながら、少し顔を赤らめている昴に、誠は吹き出してしまう。
 昴の前で作り笑いじゃない笑顔は、はじめてかもしれない。

「昴、今度飲み行こうよ」

「お、いつにする?」

 当たり前のように話を進めてくれることに、誠はまた嬉しくなる。
 来週の月曜日に行くということで、話が落ち着いたところで、昴が「あ」と声を上げる。

「なに?」

「そういえばさ、猫の件。姉貴のとこ、引き取れるってよ」

 その言葉に、先程まで暖かくて、ふわふわしていた誠の心臓が、急激に重たくなる。
 
「ほんと。じゃあ……詳しいこと話さないとだな」

 誠は声を震わせずに、そう言うのが精一杯だった。