「じゃあ、またね」

 欧米か!とツッコみたくなるように、頬にキスをし抱擁した後、パートナーに別れを告げたのは自分の隣人、黒澤 陽太(くろさわ ようた)である。
 茶髪にセンター分けした前髪、ブランドのシャツにスキニージーンズを履いたシンプルながらも、いかにもモテそうな姿の彼は、こちらの視線に気づき愛想笑いと会釈をし、扉を閉めた。
 志田 誠(しだ せい)は彼が嫌いである。
 理由は単純明快で、堂々と男を部屋に連れ込むような、彼の楽観的な行動が気に食わないからだ。
 男が男を好き、それは異常なことであり、隠すべきことであるはずだ。そのことを自分の経験から知っている。
 にも関わらず、黒澤は大学でもゲイであることを隠さず、むしろネタにしているのだ。
 さらにムカつくのは、彼のコミュニケーション能力の高さ、容姿の淡麗さから周囲がそれを受け入れていることだ。
 きっとその性格と見た目から苦労せず、受け入れられてきたのだろう……。
 そう思う度、対照的な自分が嫌になり、腹の底から黒い感情が押し上がってくる。
 まぁ、とにかく誠は隣人の黒澤が嫌いなのである。


 それなのに──

 その黒澤は今、誠は部屋の中にいる。目の前には小さな黒猫が一匹。

「これから黒猫とも志田くんとも仲良くなれるように頑張るね」

 その言葉に、誠はただ、引き攣った笑顔を浮かべることしかできなかった。

 ──どうして、どうして、こんなことになったのだ……。