にぎわうバラエティショップの一画。「メイクアップ」と書かれた案内板の下、化粧品がずらりと並ぶ棚の前に俺は立っている。
 飾られた広告には、目元を強調したメイクの女優。その下には、色とりどりの化粧品。赤、ピンク、オレンジ、ベージュ――色覚情報の多さに、頭がくらくらする。
 ひるみそうになる己を鼓舞して、とりあえずファンデーションらしきものを手に取った。薄い円形のケースを裏返すと、商品名が目に飛びこんでくる。
〈シルキータッチパウダー〉……あれ? ファンデーションじゃないのか?
「何かお探しですかー?」
「ひえっ!」
 明るい声に、思わず飛び上がった。いつのまにか横に立っていた女性店員は、俺が手にしたケースに目を留め、
「それ、とっても売れてるんですよー」
 と微笑む。
「あ、ああ、そうなんですね」
 やっとのことでそう返すと、店員は微笑んだままつらつらと続けた。
「このパウダー、皮脂抑制効果がすごいんですよ。サラサラした着け心地ですし、だんだん暑くなるこれからの時期にぴったりです。あ、ちなみにどういったものをお探しですか? たとえば同じ皮脂抑制でしたら、最近はこちらの下地に配合されているグリシルグリシンも注目されてまして」
「へ、へえ……」
 無理に笑った顔が引きつるのが自分でもわかった。……ヒシヨクセイ? グリシル? 大げさでなく、一つも理解できない。
 ――やっぱり、来るんじゃなかった。
 ため息をつきそうになった時だった。
瀬田(せた)?」
 それは、聞き慣れた声だった。
 けれど、そうして俺の名前を呼ぶなんてありえない声でもあった。必修クラスで……いや、大学内のあらゆる授業で有名なあいつは、俺とはまったく交わることのない人間だから。
 驚いて振り向く。背の低い棚の前に、すらりと長身の男が立っていた。バケットハットの下から、形のいい目が俺を見ている。
「……三橋(みはし)
 俺が名前を呼ぶと、三橋は首をかしげた。
「何してんの、買い物?」
 答えられない俺の横で、店員が「うそ」と小さく声を上げた。
「『Love sick(ラブシック)』のみいくん……!?」
 三橋は微笑み、唇の前で優雅に人差し指を立てる。店員の声にならない悲鳴が、俺の鼓膜を震わせた。