隣に人がいるというのは、案外楽しいもので。

平井が転校してきてから、早一ヶ月と三週間。高校に入ってから、こんなふうに一ヶ月があっという間に過ぎたのは初めてだった。それまでは、月曜日から金曜日までを指折り数えてやり過ごし、土日を待ってはまた、同じ日々の繰り返しだった。けれど平井が隣に来てからというもの、一日が本当にあっという間に終わっていく。

ただ隣の席に誰かがいる。それだけのことだったはずなのに、気づけば毎日が楽しみになっていた。

この学年になってから、鳴海の隣はほとんど空席だった。だからこそ、その反動なのかもしれない。最初の印象では、平井は"静かなやつ"だった。だが、話しかければ返事をくれるし、会話のキャッチボールも成立する。慣れてくれば、自分からも話すタイプ。ただの人見知りだった。そして、何よりいい奴だ。

まず、授業中は静かに真面目に受けてくれる。それだけで、かなりポイントが高い。
当たり前に思えるけど、前の隣人なんて月に一回出席すればマシなほうで、真面目に授業を受けてるところなんて一度も見たことがなかった。むしろ途中退出の常連。

そんな相手に慣れてしまっていたから、平井の「ちゃんと授業を受ける」という、たったそれだけのことが、鳴海には信じられないほど眩しく見えた。たぶん、周りにはわかってもらえないかもしれない。でも、そんなほんの些細なことで、鳴海の中の平井への好感度は、もう天井を突き抜けそうなくらいだった。

めちゃくちゃ真面目で、すごくいい。
これが平井を気に入っている理由だ。

それから、平井は頭もいい。鳴海も悪いわけではないが、要領よくやるタイプで、何かを掴むのが早い。その結果、クラスで「平井先生」というあだ名がついた。とくに英語が苦手な鳴海は、平井に教えてもらうことが多いが、彼は教え方も上手かった。

最近はクラスメイトとの会話にも慣れてきたようで、誰に対しても平等に優しい。とにかく、挙げていけばキリがないほど"普通にいい奴"なのだ。

相変わらず声は大きくないけれど、耳に届くその声はとても心地いい。雑音がなく、クリアで、春の日差しのように柔らかい。たまに小さすぎて顔を寄せないと聞き取れないこともあるけど、それも別にマイナスポイントではない。

そして何より、聴いている音楽、見ているドラマやアニメ、好きな食べ物まで、まるでパズルのピースのように互いの好みがピタリと一致した。

自分の好きなものに共感してくれて、意見をくれる存在。これほど好感度が上がることがあるのかと、鳴海は驚いている。

繰り返しばかりだった日々に、突然現れた"平井"という存在。それは鳴海の中で、一本の木のように静かに、でも確かに育っていっていた。