すっかり話し込んでしまっている二人を見つけたのは、今日の鍵閉め当番である鶴見だった。時刻は14時。太陽の位置を真ん中としたとき、右に30度ずれた時間で、外の気温は最も熱い時間といえるだろう。

「お前らまだいたのか」

「先生、もう会議終わったんですか?」

「終わったも何も、帰る時間だよ」

『ほら、帰った帰った』教室から出るように促されて、二人は駆け足で扉に向かう。

「それにしても、お前たち仲良くなれたみたいでよかった」

やっぱり鳴海に案内をお願いして正解だったな。鶴見は嬉しそうに笑い、教室を施錠するとさっさと職員室に戻ってしまった。

「もう14時とか、時間経つの早いな」

「そうだね。今が一番熱い時間なのに、外出たくないなあ」

「俺もそれには完全同意」

二人は歩きながら自分たちのクラスに向かう。鳴海は今からの帰宅を考えてげんなりした。わざわざ夏の真昼間に外に出るなんて。しかし考えても家には帰れないし、これ以上残っていても鶴見に追い出されるだけだ。

「お前、どうやって帰んの?」

「電車だよ」

「俺も電車。一緒に帰ろうぜ」

「うん」

学校から駅まで歩いて、徒歩10分ほど。近くも遠くもない距離を二人は並んで歩く。車道側を歩く鳴海を、平井は見逃さなかった。

途中、暑過ぎてコンビニに寄りアイスを買った。鳴海はスイカ味のアイスで、平井は丸いアイスがいくつか入ったものを選んだ。

「熱い日に食べるアイスって美味いよな」

シャクシャクと齧りながら鳴海が言う。外に一歩出た瞬間からアイスは溶け始め、あと数分もしないうちにポタポタと地面に落ちるだろう。

「格別だよね」

「何個でも食える気がする」

アイスを食べる口から冷気があがる。ゆらゆらと吐き出されたそれは漂う熱風にぶつかり、消える。

「案内ありがと、潤くん」

星屑の詰まった瞳が鳴海の視線と合わさった瞬間、バチっと音が聞こえた気がして、瞬きするのを忘れそうになる。自分だけに真っ直ぐ向けられる瞳はやっぱり綺麗だと思った。

「今日、初めてお前と目があった」

平井は驚いた顔を隠さず、少し考えて本当に?とでもいうように首を傾げた。

「マジだ。あと初めて名前も呼ばれた」

潤くん。平井は確かにそう呼んだ。

「潤くんかあ。小学生の時に女子に呼ばれた以来に呼ばれたな」

「ごめん」と平井が謝る。次は鳴海が首を傾げる番だった。

「だからなんで謝るのって」

「急に名前呼びって馴れ馴れしいんじゃないかって今になって思って」

「同い年のクラスメイト相手に、初対面だからって馴れ馴れしいとかある?いや、あるのか?」

「コミュ力おばけめ」

平井からするとザ・コミュニケーションモンスターである鳴海は、良い意味で深く考えて人と話したり関わったりしない。そのため初対面の相手ともそれなりの距離感で話すことが得意だ。しかし平井は相手との距離感を何度も確かめて詰めるタイプ。この点においても二人は正反対なのだ。

「潤くんか」

「ダメだった?」

「ダメじゃない、全然好きにすればいい」

そう言おうとすると、腹の底から湧き立つ愉快さが抑えきれず、とうとう声を上げて笑い出した。高校生の男が同じ年齢、性別のやつに向かって“くん付け”って。

「は〜笑った笑った」

平井は怪訝そうに鳴海を見つめている。いかにも自分の発言のどこがそんなに面白いのかといった感じだ。

「いいよ、くん付けね。なんかお前はくん付けっぽいもん」

「何だよそれ」

む、とむくれる顔をする平井を見て、鳴海は少しドキリとした。コイツこんな顔もできるのか。

「俺は明日香って呼んでいい?それか明日香くん?」

「明日香って呼んで」

ふいっと顔を背けて足早に歩き出す平井を追いかける。

「拗ねんなよ、明日香。ごめんな」

「別に拗ねてない」

「拗ねてるだろ」

駅まであと少し。明日香、と呼ぶ鳴海の声は楽しげでありながら優しく、あと少しで隣人からの許しが得られそうだ。明日は何を話そう。鳴海の頭はそんなことでいっぱいになっていた。