昨日とは違うざわめきがクラス中を包んでいる。
原因はさっき鳴海が平井に放った言葉だった。

当の平井は呆然とどこかを見つめていて、放心状態だ。

「おーい明日香、大丈夫か?」

平井は呆然としたまま森蔭を見つめると、むくりと顔を上げる。よっこいしょと森蔭は鳴海の席に座った。

「アイツは南を振る」

鳴海の今朝からの行動を考えると、疑いの余地がない答えだった。しかし平井自身は信じられないと言うような目で森蔭を見る。

「俺の知ってる潤なら、するそうと思うから」

というか、昨日と今日で別人すぎる鳴海の行動に、平井は「変だ」と抽象的な感想しか抱いていない。

森蔭なら鳴海に対して「コイツ俺のこと好きすぎだろ」って思うけど、平井自身も恋愛経験が乏しいから、あんなにストレートにアピールされても受け止め方が分からないのかもしれないと思った。それならこの反応も納得だし、本当に二人して不器用だ。

怪訝そうに森蔭を見る平井に、『似てるなって思っただけだよ』と笑う。

「アイツは自分の気持ちに気付いたから南を振るってこと」

鳴海に好きな人がいるのか聞かれたけれどはぐらかした。もうすぐ鳴海が帰ってくるだろうし、今日中にでも鳴海は平井にちゃんと話すだろう。

自転車通学である森蔭が駐輪場に歩いていくと、人の話し声が聞こえた。なんとなく深刻な雰囲気を感じ取った森蔭は足音を潜めて近付く。壁から少し顔を出して確認すると、南と鳴海がいた。

森蔭は思い出す。この場所が一目につかないところで、告白スポットとして有名だと。

噂に聞くだけで、実際の場面を見るのは初めてだった。しかも幼馴染が告白されているところとはなかなか気まずい。とりあえずどいてくれないと帰れないので、しばらく時間を潰すことにした。

しばらく、というかだいぶ待ったと思う。

そろそろかと動こうとした時に、目の前に南が通って不覚にも驚いた。目元が濡れていた気がする。もしかしたら泣いたのかもしれない。罪な男め。

さあ帰ろうと壁から一歩進もうとした時、教室に戻ろうとする鳴海と鉢合わせた。

南が出てきたんだから鳴海も出てくるかと思って、森蔭は驚きはしなかったが、鳴海は軽い悲鳴をあげた。

「びっ……くりした。お前なんでここにいるんだよ」

「帰ろうと思ったらお前らが喋ってたから、空気読んで待っててあげたんだけど」

「それはごめん。ありがとう」

じゃあ、と自転車を取りに行こうとするも鳴海に引き止められた。

「俺、南のこと振ったんだ」

正直分かりきっていたことだが、そうなんだと答える。

「今好きな人がいる。その人に告白するつもり」

鳴海の真っ直ぐな瞳を見て、もう大丈夫だなと思った。
迷いがなくて、心を決めたかっこいい瞳だった。

「うまくいくといいな」

「それだけ?頑張れとか応援するとか言ってくれよ」

「はいはい、頑張れ頑張れ応援してる」

雑だな〜と拗ねたような顔をしている鳴海の肩を軽く叩くと、今度こそ帰るからと自転車置き場に向かう。鳴海も教室に戻っていったようだ。

空は暗いし、寒さは昼と比べて増しているように感じる。森蔭はこんな雪の日に自転車で来たことを後悔した。

でも、と思う。

雪解けはもうすぐだ。春がきた時、森蔭は幼馴染に小さな春がきていたらいいなと思った。