朝から、クラスではちょっとした騒ぎが起きていた。
──あの鳴海と平井が、一緒に過ごしていない。

昼休みにもなれば、平井の周りには人だかりができていた。森蔭はパンをかじりながら、その光景を眺めていた。

「お前の明日香、めっちゃ人気じゃん」

「俺のじゃねえし。アイツはもともと優しいから、人気なのは知ってる」

「ていうかさ、結局どうしたの? お前ら」

朝から「助けてくれ」と森蔭に泣きついてきた鳴海(本人いわく“泣きついてはいない”)は、黙々と弁当を食べ進めている。

「まあ、なんていうか、色々あったんだわ」

「その“色々”を俺は聞いてんの」

後ろからは、黄色い声を上げる女子たちと、たどたどしくも受け答えする平井の声が聞こえてくる。
鳴海の耳にも届いているはずなのに、彼は決して振り返ろうとはしなかった。

鳴海が話そうとしないなら、無理に聞くこともない。森蔭は話題を変える。

「まあ、明日香も、たまにはお前以外の人と話せて楽しいんじゃない?」

鳴海は森蔭を見つめる。まるで、言葉の意味が分からないというように。

「どういう意味だよ」

「どういう意味も何も、そのまんま。いつもは潤がお前を独占してたから、明日香と喋りたいって子、いっぱいいるんだよ?」

「マジか。全然知らなかった……」

ようやく、鳴海は平井の方を見やる。男女問わず好かれているのは知っていたが、あんなふうに多くの人に囲まれている姿を見るのは初めてだった。

いつもは、自分がその隣にいたから。

「明日香に悪いことをしたな……」

そうつぶやいてしょぼくれる鳴海に、森蔭は穏やかに言った。

「明日香の気持ちは、明日香にしか分からないでしょ」

だから、お前が一人でどうこう考えることじゃない。
分からなければ、聞けばいい。

そう伝えると、鳴海は何かを決意したようにスマホを取り出し、平井にメッセージを送った。

「耀太、ありがとな」

「どういたしまして。今度、飯でも奢ってもらおうかな」

「おうおう、焼肉でも何でも奢ってやる!」

「じゃあ、回らない寿司」

その言葉に、鳴海は笑った。

「しゃあなし! 奢ってやるよ!」
 

やっといつものコイツに戻ってきたか?

森蔭はそんなことを思いながら、パンの残りを齧る。あとはちゃんと自分で頑張れよ、と心の中でそっと背中を押していた。