正反対の隣人A

担任の鶴見が連れてきた平井を見て、クラスの誰もが転校生に夢を見ていたことに気づいた。黒髪で黒縁メガネ。前髪は眼鏡にかかるくらいの長さで、よく目が見えない。本人も人前に立つのが苦手なのか、若干俯いている。体つきがいいと言われればそうでもないと思うし、明るそうと言われれば前髪と眼鏡のせいで暗そうに見える。

性別は男。転校生といえば美少年か美少女。そこから自分と特別な繋がりができて、というシナリオ。創作物でよくあるやつ。けれど、平井明日香という名前だけで女子だと盛り上がっていた奴らも、イケメンだったらどうしようと騒いでいた女子も、自分の夢見た転校生ではないとわかると興味が薄れていくようだった。現実とはそんなものである。

「平井明日香です。親の都合でカナダから日本に来ました。英語は、その……あっちに住んでいたので一応は喋れます。趣味はギターを弾くことです。」

よろしくお願いします。平井が頭を下げると、クラスメイトたちは控えめな拍手を送った。クラス中から向けられる視線に居たたまれなくなったのか、平井はさらに俯いた。鳴海は拍手しながら、平井のことを上から順に目でなぞり思った。

第一印象が大事だってのに、こいつ前髪切ってこなかったのか?

それが鳴海の平井への第一印象だった。男子にしては長すぎる前髪のせいで、全体の顔が見えない。まるで目を隠すように前髪を伸ばしているみたいに。そこからチラチラと見え隠れする瞳は、不安そうな色を映していた。

それに加え声も小さく、静かな子というスタンプを誰もが押した。もちろん鳴海も。

「席は鳴海の隣な」

鶴見が鳴海の左隣の席を指差す。鳴海の席は一番後ろの列で、窓際と鳴海の席に挟まれた平井の席は教室では当たりと呼ばれている。平井は軽く頭を下げると、クラス中の視線を集めながら鳴海の隣に座った。

鳴海は近づいてくる平井を見ながら、内心マジかと思っていた。どう考えても喋んないだろ、こいつ。

「鳴海よかったな〜。ついに隣人ができたぞ」

鶴見が鳴海を揶揄うように言うと、クラスからクスクスと笑い声があがった。

「そうだよ、鳴海よかったじゃん」

「ひとりは寂しいもんな〜」

他のクラスメイトからも野次があがり、鳴海は「うるせえよ」とスルーする。鳴海の前の隣人は滅多に学校に来ない不良生徒だった。四月から今日まで数えて数回、月に一回きたらいい方で、夏休み前についに自主退学。いつも空席だったその席に平井が座ることになったというわけだ。

騒ついたまま、いつもようにホームルームが始まる。鳴海は隣に座る平井を見る。あたかも気にしていないそぶりで、窓の向こうに見える残り少ない新緑を数えるフリをして。

平井は慣れない空間に居心地が悪そうだ。鳴海にも見慣れない風景で、ついじっと見てしまう。太陽の光で照らされた黒髪は艶々と光っている。黒縁メガネだと思っていたそれは、黒に近い濃い深緑で、お洒落眼鏡という感じだ。

同い年の男とは思えないほど肌が綺麗でツヤッとしている。女子みたいに色白で、髪の毛からチラリと見える右目の下に黒子がある。泣きぼくろって生で見るとちょっといいな。耳は縦耳で……と観察していると、あの、と小さな声が聞こえた。

「ごめん。そんなに見られるとちょっと……」

恥ずかしい。その時、窓から強めの風が吹いて平井の前髪を揺らした。小さな星が詰まっているような、母が気に入っているアクセサリーで見た宝石のような、柔らかい光が入り込んだような瞳が晒される。あ、と思った時には瞼に隠され、ゆらりと揺れる前髪の向こうへしまわれてしまった。

「あ、ごめん」

いつの間にかホームルームは終わっていて、鳴海はなんとなくさっき見た瞳のことを考えた。一瞬見えただけだったけど、綺麗だったな。

「鳴海ちょっといいか」

担任の鶴見の声に現実に引き戻された。

「何ですか?」

「お前、始業式終わったあとなんか用事ある?」

「ないですけど」

鳴海の返事を聞くと、鶴見は良かったと安堵した。

「申し訳ないんだけど、始業式終わったら平井に学校案内してやってくれないか?」

「え」と声に出たのは、鳴海も平井も同時だった。

「先生が案内してくれるんじゃなかったんですか?」

「ごめんな〜。先生、このあと職員会議なことすっかり忘れててさ。2時間くらい待たせるのも申し訳ないだろ?」

平井は迷子の子供のような視線を鶴見に送るも、鶴見はよかったよかったと勝手に話を進める気だ。

「今日はどこも部活もないし、ゆっくり見れる時に見ておいたほうがいいだろ? どこに何があるか軽くでも把握しといたほうがいいと思ってさ」

「頼むぞ鳴海」

鶴見は鳴海の肩を叩いて廊下に行く。確かに予定はないし、取りあえず平井がどんなやつか知るのも悪くはなかったが、あまりにも平井が不安そうで鳴海は少し考えてしまう。こいつ、前の学校でいじめられてたとかか?

「潤たち始業式! 早く廊下こいよ」

森蔭に呼ばれて席を立つ。今から始業式。1時間くらいで終わって、それから平井に学校案内する。

「平井も参加するんだよな、始業式」

「うん」

「じゃあいくか」

「うん」

今のところこいつの返事は“うん”だけだな。隣なんていつもいないようなものだったから、例え平井が静かで話さない奴だったとしても気にすることはない。結局、鳴海も隣人に夢を見ていたのだ。