正反対の隣人A

次は体育だ。着替えるのが面倒だから、いっそ朝から体操服で過ごさせてほしい。そう思いながら、制服のボタンを外していく。

そのとき、ずっと気になっていたことをふと思い出した。

「お前の口癖って、“明日香”だよな」

「……うん?」

そう、鳴海の口癖だ。この一ヶ月弱、多分誰よりも何よりも、鳴海の口から最も多く発されている言葉。それなのに、本人はまったく自覚がないらしい。

本人は『そんなに呼んでるか?』とキョトンとしていたが、傍から見ればかなり呼んでいるし、森蔭なんて耳にタコができるほど聞いている。それでも、口に馴染んだ言葉に疑問を持つ人間は少ないのだろう。

今日は珍しく、平井がそばにいない。何か用事があるとかで、先に行っているようだった。

もちろん、鳴海が平井を何と呼ぼうが、どれだけ呼ぼうが、森蔭にとっては正直どうでもいい。ただ、人が恋愛している様子というのは、知人であればあるほど、からかいたくなるか、応援したくなるかのどちらかだ。
今の森蔭は、完全に前者。

それに、鳴海が平井に恋をしているかどうかは微妙なところだが、表情や口癖までが誰かによって変えられるのだとしたら、それはたとえ恋じゃなくても、“特別”の証なのではないか。

そして、相手の名前を呼ぶというのは、いちばん簡単な愛情表現だと、森蔭は思っている。

「一説によると、人間は好意を持ってる相手とか、仲良くなりたい相手の名前を、よく呼ぶらしいよ」

鳴海が平井にどんな種類の好意を持ってるかはともかく、少なくとも好意があるのはバレバレだ。森蔭はそれを、それとなく伝えてやることにした。

体育館に着くと、すでに8割くらいのクラスメイトが集まっていた。授業開始まではまだ数分ある。そう思っていたとき、隣から鳴海の声が聞こえた。

「明日香、まだ来てないな……あっ」

鳴海は、森蔭と目が合った瞬間に『しまった』という顔をした。
森蔭は思わず笑って、鳴海の肩を軽く叩く。

「お前、本当に明日香大好きだなあ」