朝から少し変だと思っていた鳴海は、やっぱりいつもと違っていた。 

「耀太もそう思うよね?」

「あ、今ゴール入ったな」

「ねえ俺の話聞いてる?」

点数板の数字が一つ増える。

「なんか今日、すごく潤くんにくっつかれてる気がする」

「明日香がそう思うならそうなんじゃないの」

「あといつもより心理的な距離感も近い気がする」

「寒いからとかじゃなくて?」

「そうなのかな」

「そうそう」 

ここまでが朝から繰り返される会話だ。森蔭が毎回、『寒いからくっついてくるのかな?』と真面目に考えて、すぐに『いや、絶対違う!』と否定する平井を見るのは面白いが、朝から同じことを何回も聞かれているのでそろそろ面倒になってきたし、鳴海の真意に気付いていないのは平井の方なので適当に返答する。 

登校時の車道の時はまだちょっと変レベルで済んだのだが、そこからが問題だった。

まず手始めに鳴海は教科書を忘れたから見せて欲しいと平井に頼んだ。もちろんと快諾したのはいいが、鳴海は肩がぶつかる距離感まで近付いて教科書を見るのだ。そんなに近付かなくても見れるのに。平井は離れたほうがいいか聞くと、『俺はこれがいい』と返されてしまい、授業どころではなくなってしまった。

平井はぶつかる肩にばかり集中がいってしまい気付いた時には授業は終わっていた。今日の範囲がテストに出ることになったらどうしてくれるんだと授業後真っ白なノートを見て思う。

それから鳴海は移動教室の時に肩を組んできた。森蔭もそれが露骨だと思ったが、指摘はしていなかった。平井自身も嫌ではなかった。なんならむしろ嬉しいのだが、昨日までされなかったことを急にされると戸惑う。慣れていないから。 

「潤くんってこんなにひっつき虫だっけ」  

「そう、明日香にだけ」

そしておまけにこれだ。朝から鳴海の発言がおかしい。おかしいと言うと失礼かもしれないが、やけに平井に甘い言葉をかけるのだった。

平井はそれを真に受けていいのか、スルーすべきなのか分からず、毎回変な反応になってしまう。何かのドラマに影響されてそれに自分に実践しているのかと疑うほど、とにかく昨日の鳴海と今日の鳴海は別人なのだ。

平井は、鳴海が自分の気遣う姿を見ながら、『鳴海の恋人になる人は幸せ者だ』と思い、少し落ち込んだ。友達にすらこんな風に接するのであれば恋人ともなればもっとだろうと。 

今は体育の授業中だ。森蔭と平井は同じチームで出番が後のため、今は得点板の担当をしている。試合をしている鳴海を見て女子たちの黄色い歓声が耳に届く。

「鳴海くんって身長高いからちょっと飛んだらすぐゴールについちゃうのカッコよすぎ」

「顔が良くて運動ができて優しくて理想の王子様って感じ」 

「モテないわけない」

体育館の天井からネットが降りていて、男女のコートを分けている。鳴海にネットの向こうから聞こえる女子たちの声援が聞こえているかどうか分からないが、女子たちは体育教室に注意されて大人しくなった。

「明日香も潤にキャーキャー言ってやんなよ、喜ぶよ」 
「俺に言われたって嬉しくないと思うから言わない」

「そんなことないでしょ」 

ピピーっと第一試合終了の音がする。ここから3分の休憩を挟んで第二試合が始まる。平井たちは第三試合から参加の予定だ。鳴海は森蔭と話す平井のもとに真っ直ぐやってくる。 

「潤くんお疲れさま」

「ありがと。上着着てやるのしんどいわ、明日香俺の持っといて。あ、寒かったら着ていいから」

渡された上着からは鳴海からいつも香る柔軟剤の匂いがして、平井は少しドキッとした。こんなに近くで鳴海の匂いを感じることは普段はないからだ。その様子を森蔭はニヤニヤしながら見ていた。 

「潤くん明日香には本当に優しいんだから〜」

「別に普通。つうか、さっき明日香と何喋ってたの?」

試合中見えた。と鳴海は平井を見つめる。森蔭が嫉妬かよと爆笑している。

「潤くん今日変じゃない?って話」 

「普通だって。朝から言ってるじゃん」 

「いいや絶対変だよ」 

「変じゃない」

変だよ、違う普通だ。そんな押問答を仲裁したのは森蔭だった。笑いすぎて涙が出てきていたのか目元を拭っている。 

「は〜…笑った。明日香あのね、潤が変っていうか多分隠さなくなっただけだと思うよ」

なあ、森蔭に視線を投げられて鳴海は居心地が悪くなる。どうやら森蔭には全てお見通しのようだった。平井は森蔭の言葉の意味が分からず鳴海を見つめるが、ちょうどその時試合再開の合図が鳴る。

「あ、そういえば潤くん。さっき女子たちが応援してたよ」 

今からも応援してくれると思う。平井はネットの向こうにいる女子たちを指差す。鳴海は指の先を追うように視線を向けた。女子たちが騒ぎ出すが、それを気にしている様子はなく、一瞥しただけですぐに平井に向き直った。

「俺はお前に応援されたいし、それが一番頑張れる」

それだけ言い残すと、行ってくると鳴海はコートに戻っていった。試合が始まると応援の声やコート内にいるクラスメイトの掛け声が聞こえてくる。騒がしいはずなのに、平井の耳にはドクンドクンと心臓の音しか聞こえないようだった。自分が試合に出ているわけではないのに心拍数が上昇し、身体が熱くなる。

「やっぱり今日の潤くんは変だ」

平井の呟きは誰かに消化されることなく、ただただ平井の心にふんわりと着地した。そわそわするような、むず痒いような、そんな心の場所に。