昨日から降り始めた雪は朝になっても変わらず降り続けていた。電車に揺られながら窓の向こうに映る雪景色を見て、久しぶりに雪が積もったな、と平井は思った。 

外は寒いのに電車の中は暖房が効きすぎている。巻いているマフラーの中が蒸れてきて、少し痒い。段々と近づく学校の最寄り駅だ。

こんなにも学校に行きたくないと思ったのは転校してきてから初めてだった。

一昨日、鳴海と喧嘩をした。喧嘩をしたというか言い合いになったというか、いや、それを喧嘩と呼ぶのか?とにかく、自分で驚くほど大きな声を出して先に帰るという子供じみたことをした。

少々大人気なかったなと思っている。しかし翌日の自分はもっと大人気なく、情けなかった。大声で責めてしまったことを謝るだけだったのに。

─男と付き合うとか、そういうの、どう思う?

なんてことを言ってしまったのか。鳴海の顔が見られなかった。どう考えても引かれたに決まっているのに。屋上で二人きり、なんて漫画だと良い雰囲気になるのが定番だったのに、自分たちは最悪だった。

そしてまた言い逃げをして一人で帰ってきたのだ。耳元のイヤフォンは音楽を流し続けているのに、平井には全く聞こえていなかった。頭の中は今から会う鳴海のことでいっぱいだった。なんて顔されるんだろう、昨日のことについて何か言われるのかな。触れられたいような触れられたくないような、変な気持ちだった。

もし仮に昨日の出来事がなかったかのように関わってくれたらどれほど楽だろう。聞かなかったことにしてくれたら、何もなかったことになるのだろうか。

その場合の平井の気持ちを考えてまた落ち込んだが、友達でいられなくなるなら自分の気持ちなどやっぱりなかったことにした方がいいのだ。

電車のアナウンスが最寄りを告げる。ここで降りるのはだいたい生徒だけなので、同じ制服を着た学生について降りる。改札を出て歩き出そうとしたとき、後ろから誰かに肩を叩かれた。

「明日香、おはよう。一緒に行こ」

そこにいたのは鳴海だった。一緒に過ごすようになってから朝も共に登校していた。待ち合わせは改札を出てすぐのカフェの前。昨日の今日だからいないと思ったのに。

「おはよう。今日は潤くんいないと思ったのに」

鳴海に会うのは学校に着いてからだと思っていたのに。思わぬ早さで鳴海と会い、平井は緊張している。なんだか今日は鳴海と一緒に話すのが怖い気がした。いつ昨日のことを言われるかと思うと気が気じゃない。

「いつも一緒に行ってるだろ。あ〜、まあ一昨日は一緒じゃなかったけど」

『つうか昨日のテレビ見た?』といつものように話しかけてくれる鳴海に、平井は少し安心した。もしかしたら鳴海は昨日のことなんて気にもしていないのかも、と。それなら自分から触れることもない。胸の奥がズキっと痛んだが、気づかないふりをした。

学校まで十分。遠くも近くもない距離を二人で歩く。なんてことない会話をしながら、二人並んで。いつもと変わらない日常。なのに、平井は鳴海に違和感を覚える。

向かいから車が走ってくる。縁石があるのでよっぽど車がぶつかってこない限り車と接触することなんてないはずなのだが、鳴海は自然な流れで車道側にまわり、平井を歩道側に寄せる。

「お前、歩くのこっちな。車危ない」

「何、どうしたの急に。いつもそんなこと言わないじゃん」

「今急に気になった。これからは俺が車道側歩くから」

「今日の潤くん変だね」

「優しいって言ってくれよ」

カラフルな傘たちが真っ白な風景の中で鮮やかに映える。雪に音が吸い寄せられるように、街は静かだ。今日はお互いの声がよく聞こえる。

「今日はすごく寒いから優しくしてくれてるの?」

平井の斜め上の問いかけに鳴海は吹き出した。笑わないでよと拗ねる平井の顔を見て、鳴海は可愛いなと思った。雪は最悪だし寒いのも大嫌い。

だけど、鳴海がいつもより優しい気がする今日、平井は初めて冬の恩恵を受けた気がした。