変わらずに一日が進む中で、クラスメイトたちは気付いていた。鳴海潤と平井明日香の間に、どこかギクシャクした空気があることに。
授業中も必要最低限の会話しかなく、何より目立ったのは、ふたりが一緒にいないということだった。
鳴海は森蔭と行動を共にし、鳴海がいないなら、と、普段平井と話してみたいと思っていた男子や女子たちが、自然と彼の周りに集まっていた。平井は少し戸惑った様子ではあるものの、どうにかうまくやれているように見えた。
「お前の明日香は人気者だな」
パンを齧りながら森蔭が言う。
「俺のじゃねえし。アイツはもともと優しいから、人気なのは知ってる」
鳴海は平井の方を見ずに答える。弁当には今朝の残り物、卵焼きが入っていた。平井の好きな卵焼き。
「まあ、明日香もお前以外と話せて楽しいんじゃない?」
森蔭の何気ない言葉に、鳴海は顔を上げた。
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味。いつも潤が明日香を独占してるからさ、話したがってる子、いっぱいいるんだよ?」
普段、平井は鳴海と一緒にいることが多く、ひとりになるタイミングが少ない。そのため、他のクラスメイトが話しかけづらいというのも事実だ。
中でも、鳴海と会話している平井に割って入る勇気のある人間は少ない。ちなみにそのハードルを軽々と飛び越えるのが森蔭耀太である。
「マジか。全然知らなかった」
「お前、それ無自覚なのがいちばん怖いって」
鳴海は、今日めずらしく大人数でご飯を食べている平井をちらりと見る。話しかけられすぎていて、弁当がまったく減っていない。
確かに思い返せば、転校してきた日から平井と一緒にいた。あの案内の日から、ずっと。最初こそ"鳴海があの平井を構っている"とクラスの視線を集めたが、今ではすっかり定番のペア。
だからこそ、ふたりが一緒にいない今は、かえって目立っていた。
「なんか明日香に悪いことしてたな、俺」
「明日香の気持ちは、明日香にしか分からないでしょ」
「お前、たまにこの世の真理みたいなこと言うな」
「何だそれ」
鳴海は、朝の母の言葉を思い出す。相手の言い分をちゃんと聞くこと。平井のことを、分かった気でいただけだった。
【一緒に帰る前に話があるから教室に残っててほしい】
送ってしまった。ちゃんと向き合おう。覚悟を決めて。
【うん、俺も言いたいことあるから】
すぐに既読がつき、珍しくスタンプなしの返信が返ってきた。鳴海は思わず平井を見た。そして驚いた。平井も、こっちを見ていたからだ。
教室の中に、一本の細い糸のような線が伸びていた。ふたりの目線がぶつかる、その一瞬だけ。確かに何かが通じ合っていた。でもその線は、目をそらした瞬間にふっと切れてしまった。
放課後まで、あと数時間。早く来てほしいような、来てほしくないような。鳴海の胸の中で、言いようのない感情がふわふわと渦巻いていた。
授業中も必要最低限の会話しかなく、何より目立ったのは、ふたりが一緒にいないということだった。
鳴海は森蔭と行動を共にし、鳴海がいないなら、と、普段平井と話してみたいと思っていた男子や女子たちが、自然と彼の周りに集まっていた。平井は少し戸惑った様子ではあるものの、どうにかうまくやれているように見えた。
「お前の明日香は人気者だな」
パンを齧りながら森蔭が言う。
「俺のじゃねえし。アイツはもともと優しいから、人気なのは知ってる」
鳴海は平井の方を見ずに答える。弁当には今朝の残り物、卵焼きが入っていた。平井の好きな卵焼き。
「まあ、明日香もお前以外と話せて楽しいんじゃない?」
森蔭の何気ない言葉に、鳴海は顔を上げた。
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味。いつも潤が明日香を独占してるからさ、話したがってる子、いっぱいいるんだよ?」
普段、平井は鳴海と一緒にいることが多く、ひとりになるタイミングが少ない。そのため、他のクラスメイトが話しかけづらいというのも事実だ。
中でも、鳴海と会話している平井に割って入る勇気のある人間は少ない。ちなみにそのハードルを軽々と飛び越えるのが森蔭耀太である。
「マジか。全然知らなかった」
「お前、それ無自覚なのがいちばん怖いって」
鳴海は、今日めずらしく大人数でご飯を食べている平井をちらりと見る。話しかけられすぎていて、弁当がまったく減っていない。
確かに思い返せば、転校してきた日から平井と一緒にいた。あの案内の日から、ずっと。最初こそ"鳴海があの平井を構っている"とクラスの視線を集めたが、今ではすっかり定番のペア。
だからこそ、ふたりが一緒にいない今は、かえって目立っていた。
「なんか明日香に悪いことしてたな、俺」
「明日香の気持ちは、明日香にしか分からないでしょ」
「お前、たまにこの世の真理みたいなこと言うな」
「何だそれ」
鳴海は、朝の母の言葉を思い出す。相手の言い分をちゃんと聞くこと。平井のことを、分かった気でいただけだった。
【一緒に帰る前に話があるから教室に残っててほしい】
送ってしまった。ちゃんと向き合おう。覚悟を決めて。
【うん、俺も言いたいことあるから】
すぐに既読がつき、珍しくスタンプなしの返信が返ってきた。鳴海は思わず平井を見た。そして驚いた。平井も、こっちを見ていたからだ。
教室の中に、一本の細い糸のような線が伸びていた。ふたりの目線がぶつかる、その一瞬だけ。確かに何かが通じ合っていた。でもその線は、目をそらした瞬間にふっと切れてしまった。
放課後まで、あと数時間。早く来てほしいような、来てほしくないような。鳴海の胸の中で、言いようのない感情がふわふわと渦巻いていた。
