連絡を取った時、いつも通りのやりとりに安堵した。だから、顔を合わせても大丈夫だと思っていた。…なのに。

顔を見た瞬間、昨日のことが蘇ってきて、どうにも言葉が出てこない。

「おはよう」 

「おはよう」

それだけの挨拶が、胸に突き刺さるほど辛い。
沈黙が続くのが耐えきれなくなって、鳴海は森蔭のもとへ逃げるように向かった。

「耀太、助けてくれ」

「おはよう~。って、何? 助けるって何を?」

森蔭は鳴海の目線の先。自分の席で本を読んでいる平井を見て、すぐに察する。

「無視されてるんだ、可哀想に」

「無視されてないわ。話しかけたら返してくれるし」

「でも、自分からは話しかけてくれないんだろ?」

鳴海と森蔭が話しているのを、平井は本の陰からこっそりと見ていた。
今朝、鳴海から連絡が来た時、正直ホッとした。昨日は色々あったけど、今日は普通に戻れる、そう思っていた。

けれど、やっぱり顔を見ると、昨日の出来事が思い出されて心がチクチクしてしまう。
鳴海と話せば、また昨日のように傷つけてしまうかもしれない。そんな気がして、わざと本に目を落として距離を取っていた。

平井も、鳴海の気持ちが分からなくなっていた。
少し前までの鳴海は、ちょっと意地悪だけど嫌なことはしてこなくて、面倒見が良くて、ときどきすごく優しい顔で話してくれた。
そんな鳴海に、平井は少しずつ惹かれていた。

でも、昨日の態度はなんだったのか。
知らない女の子と話していたことをやたらと突っかかってきた。
もしかして、鳴海は自分がモテるのが気に入らないのかもしれない。
“俺と一緒にいるからって、勘違いするなよ”そんなふうに言われてる気がした。

…本当に鳴海って、そんな心の狭い奴だろうか?
違う。たぶん絶対に違う。
でも、思い当たる理由はそれしかなくて。

一瞬でも、“鳴海が女子に嫉妬してくれてるのかも”なんて思った自分を、平井は殴りたくなった。
鳴海は優しくて、誰もが認めるイケメンだ。

それに引きかえ自分は、前髪の長い、地味で暗いただの男。

最近になって、女子たちが自分を褒めるようになってきたけど、正直その理由もよく分からない。

そんな自分が注目されるのが、鳴海は嫌なのかもしれない。
あるいは、ただそばにいてくれる“都合のいい奴”がほしかっただけかもしれない。

ずっと隣が空いていた席に、たまたま平井が来て、ちょっと話が合ったから一緒にいる。それだけのことなのかもしれない。

──それだけの、存在。

鳴海の本音がどちらだったとしても。
たとえ自分がモテようが、ただの都合のいい相手だったとしても。

鳴海が友達でいてくれるなら、それでよかった。
…いや、そう思おうとしていた。
本当は、もっと違う形を、何かを、望んでいたくせに。
そのことを、平井はずっと見ないふりをしてきた。

ぎゅっと、胸が苦しくなる。
鶴見が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。
お互いの顔を一度もちゃんと見ないまま、また、新しい一日が始まってしまう。