しばらく懐かしい話に花を咲かせていると、廊下を通り過ぎる女子たちの話が聞こえてきた。

「さっき平井くんが女の子と二人っきりで空き教室にいたの見た?」

「見た見た。あの子、1年生ぽかったよね」

「告白だったりして」 

あることないことを楽しそうに話しながら、去っていった。耀太と森蔭を呼ぶ鳴海の声は、若干怒気を含んでいるようにも聞こえる。 

「鶴見と用事あるんだよな、アイツ」

「あ〜まあ、そうだね」

森蔭の濁した返答を、鳴海は聞き逃さなかった。森蔭はこれ以上鳴海と目を合わせたくなくて、携帯でゲームを始める。 

「本当か?」 

「そうだといえばそうだし、厳密に言えば違うかな」 

ゲーム画面に視線を落としたまま返答する。まだ頭の中で処理しきれない鳴海は、森蔭を問い詰めようとした。

その時、扉がガラリと音を立てて開いた。二人は音のした方に視線を向ける。そこに立っていたのは平井だった。行く時には持っていなかった小さな紙袋を持っている。薄いピンクの紙袋にはゴールドのリボンがつけられている。 

明らかに女の子からの贈り物であるそれを見て、鳴海は息が詰まる。

「潤くん、お待たせ。思ったより早く終わってよかった」 

森蔭を見つけると、『耀太もいたんだ』と二人に近付いてくる。淡々と帰り支度を進める平井に、鳴海はモヤモヤとした気持ちが膨れ上がってくる。

放課後という時間、女子たちの会話、最初は持っていなかった紙袋。告白という言葉が脳裏によぎる。なんとなく恥ずかしくて、告白されることを友人に隠す気持ちはわかる。

しかし平井は鶴見と用事があると言って出ていった。嘘をつかれたわけではないと思う。森蔭も何となくだが知っている様子ではあったし。

ならなんで、鶴見と過ごしていたはずの平井が女子と一緒にいるところを目撃されたのか。

「その紙袋、誰かからもらったの?」 

平井は鳴海の方を向いたのちに、紙袋に視線を落とす。

「ああ、これ。さっき後輩の子にもらったんだ」 

「女子?」 

「うん。あれ、何で知ってるの?」

俺、言ったっけ。そう言って首を傾げる平井に、鳴海は異様に腹が立った。 

「本当は告白だったんじゃないの、今日」
「え?」 

平井は困惑する。確かに先ほどまで女子と過ごしていたが、だからと言って告白とこじつけるのはどうなのか。それに鳴海は何故だかイライラしていて、いつもと雰囲気が違う。 

「違うよ、鶴見先生と用事あるって言ったじゃん」

「なのに女子と一緒に過ごしてたんだろ、お前」

平井は鳴海にちゃんと事の顛末が伝わっていないことに気付いた。たまたま用事を取り付ける時に居合わせた森蔭は知ってるはずだと目線を送る。 

「耀太は今日のこと知ってたよね」

「知ってたし、潤にも聞かれたから一応答えたよ。用事あるとか言ってたなって」

「それじゃ言葉足らずだよ」

「ごめんごめん。でも明日香の用事だし、潤に詳しく言う必要はないかな〜って思ってさ」

森蔭の言うことは間違っていない。平井自身の用事のことを鳴海に1から10まで説明する必要はないのだ。ごめんねと手を合わせて謝る森蔭を責めるのはお門違いである。

「耀太は詳しく知ってたんだな。俺は知らなかったのに」 

「なんで潤くんがそんな感じなの」

「そんな感じってお前たちだけで楽しそうだし、告白されたのがよっぽど嬉しかったのかと思っただけだ」

相変わらず鳴海は不貞腐れている様子だ。平井は何でこんなに鳴海が怒っているのか分からなくて、とりあえず説明しようと試みた。

「鶴見先生と用事があったのは本当だし、後輩の女子と過ごしたのも本当だよ。嘘じゃない」

「でもさっき女子たちが話してたよ。空き教室に2人きりで告白かもって」

相変わらず鳴海の見当違いな発言に、平井の心はチクチクとした棘が生えてきていた。後輩の子の本心の部分は分からないし、平井に好意があるのかもしれないが、それと鳴海に何の関係があるというのだろうか。少なくともさっきまでの空間でそんな甘ったるい空気になってはいないし、平井は楽しかったのに。

鳴海は紙袋を見ながら「そんな可愛い紙袋持って帰ってきちゃってさ」と駄々をこねる子供のように言い続けるので、平井の中の棘が外に飛び出す。

「だからそんなんじゃないってば!」

平井は自分自身の声の大きさに驚いたし、鳴海と森蔭も平井が声を荒げるのを初めて聞いて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。ハアハアと平井の息遣いだけが教室の空気と触れ合い、溶けていく。

自分が何でこんなにイライラしているのか分からなくて、余計にイライラするし、鳴海が何でイライラしているのか分からなくて困惑する。

「鶴見先生の部活の子に、カナダへ留学を考えてる子がいるんだ。その子が俺に色々聞きたいって言ってるって、鶴見先生から教えてもらって、それで場所を作ってもらったの。2人きりじゃ気まずいと思うから、ちゃんと鶴見先輩にも同席してもらってた。廊下からじゃ確かに2人きりに見えたのかもしれないけど。そしてその紙袋はその子からお礼にもらったもの。これで分かってくれた?」

平井が悲しそうな、呆れているような、感情が読めない顔をしていて、鳴海は我に返った。

何してるんだ、俺。何でこんなにイライラしてるんだ。

「だったらちゃんと言ってくれればよかったのに」

その言葉が、平井のトゲに火をつけた。

「ちゃんとって何? 鶴見先生と用事があったのは嘘じゃないし。そんなに俺が女子と過ごすのが嫌なの?」

厳密には鶴見との用事じゃないけど、嘘はついてない。だから平井は、鳴海に嘘をついていない。なのに、何がそんなに気に入らなくて平井に当たっているのか。鳴海はまた、自分の気持ちがわからなくなった。