帰りのホームルームが終わると、教室の空気が一気に緩む。部活に向かう人もいれば、すぐには帰らず教室でおしゃべりする人、他のクラスから友達が来て騒がしい人もいる。
「明日香、帰ろうぜ」
鳴海はいつものように平井に声をかけた。しかし平井には一緒に帰れない理由があった。
「ごめん、今日鶴見先生とちょっと用事があって」
平井は見たことのない英語の本や薄い写真のアルバムを何冊か持っていた。鶴見と一体何の用事なのだろう。
「長くなりそう?」
「どうだろう。たぶん1時間もかからないと思う」
「じゃあ待ってる」
「遅くなりそうだったら連絡するね」
『ごめんね』と言いながら平井は教室を出て行った。さて、どうしたものか。時間ができてしまった。鳴海は本を読むのが好きで、自室には細い本棚にぎっしり小説や漫画が詰まっている。あいにく今日は持ってきていないため、スマホで動画でも見て過ごそうと手を伸ばしたところ、森蔭に声をかけられた。
「あれ、お前一人なの?珍しいな。明日香は?」
いつの間にか鳴海と平井はセット扱いされるようになった。そのため、片方が一人だともう片方の行方を気にする人が多い。特に鳴海は平井にベッタリだ。本人に言ったら否定されるだろうが、森蔭はそう思っている。
「なんか担任と用事があるってさ。英語の本とか持っていった」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「言ってたなって、お前知ってたの?」
やばい。口を滑らせてしまった。鳴海に言ってなかったのか。森蔭はたまたま鶴見と平井が話しているところを見かけて、放課後の予定を知っていた。偶然の産物だが、鳴海は自分が知らないことが気に入らない様子だった。
「たまたま聞こえただけで、細かいことは知らないよ」
「カナダ旅行を計画してるとか?」
平井の荷物から連想したのだろう。まあ、そういうことにしておけば丸く収まるか。森蔭は自然に鳴海の前の席に座った。
「まあ、もしそうなら海外のことは慣れてる人に聞くのが一番だよね」
「アイツ、写真とか持ってたし可能性あるな」
グラウンドからそれぞれの部活が始まる音が聞こえる。遠くで吹奏楽部の合奏が聞こえてきて、その曲に覚えがあった。
「うわ〜この曲懐かしい」
「マーチングソング?もうそんな時期か。もう二度とやりたくない」
鳴海の顰めっ面が面白かったのか、森蔭は手を叩いて笑った。
中学時代、鳴海と森蔭は吹奏楽部に所属していた。鳴海はパーカッション、森蔭はトランペットを担当。男の先輩も多く、肩身は狭くなかった。夏の合奏大会や秋のマーチング、定期演奏会など、忙しくも充実した日々だった。
ただ、マーチングの練習が厳しくて、二人は中学で吹奏楽部をやめることに決めた。高校では運動部も検討したが、体力面で断念。文化部には興味が持てず、結果的に部活はやっていない。
「最近トランペット吹いてる?」
「たまにな。この間部屋片付けてたら楽譜が出てきてさ」
「ああ、そういう時演奏したくなるよな」
家にドラムセットはあるが、近所迷惑になるため卒業以降はほとんど叩いていない。代わりに叩きたくなったらゲームセンターの太鼓のリズムゲームをしに行くことにしている。
鳴海が吹奏楽部に入って唯一得たことは、太鼓のリズムゲームがめちゃくちゃ得意になったことだけだと思っている。
それ以外はない。
むしろマーチングでバスドラムを背負ったせいで、13歳の時から腰が悪い。勘弁してほしい。
「明日香、帰ろうぜ」
鳴海はいつものように平井に声をかけた。しかし平井には一緒に帰れない理由があった。
「ごめん、今日鶴見先生とちょっと用事があって」
平井は見たことのない英語の本や薄い写真のアルバムを何冊か持っていた。鶴見と一体何の用事なのだろう。
「長くなりそう?」
「どうだろう。たぶん1時間もかからないと思う」
「じゃあ待ってる」
「遅くなりそうだったら連絡するね」
『ごめんね』と言いながら平井は教室を出て行った。さて、どうしたものか。時間ができてしまった。鳴海は本を読むのが好きで、自室には細い本棚にぎっしり小説や漫画が詰まっている。あいにく今日は持ってきていないため、スマホで動画でも見て過ごそうと手を伸ばしたところ、森蔭に声をかけられた。
「あれ、お前一人なの?珍しいな。明日香は?」
いつの間にか鳴海と平井はセット扱いされるようになった。そのため、片方が一人だともう片方の行方を気にする人が多い。特に鳴海は平井にベッタリだ。本人に言ったら否定されるだろうが、森蔭はそう思っている。
「なんか担任と用事があるってさ。英語の本とか持っていった」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「言ってたなって、お前知ってたの?」
やばい。口を滑らせてしまった。鳴海に言ってなかったのか。森蔭はたまたま鶴見と平井が話しているところを見かけて、放課後の予定を知っていた。偶然の産物だが、鳴海は自分が知らないことが気に入らない様子だった。
「たまたま聞こえただけで、細かいことは知らないよ」
「カナダ旅行を計画してるとか?」
平井の荷物から連想したのだろう。まあ、そういうことにしておけば丸く収まるか。森蔭は自然に鳴海の前の席に座った。
「まあ、もしそうなら海外のことは慣れてる人に聞くのが一番だよね」
「アイツ、写真とか持ってたし可能性あるな」
グラウンドからそれぞれの部活が始まる音が聞こえる。遠くで吹奏楽部の合奏が聞こえてきて、その曲に覚えがあった。
「うわ〜この曲懐かしい」
「マーチングソング?もうそんな時期か。もう二度とやりたくない」
鳴海の顰めっ面が面白かったのか、森蔭は手を叩いて笑った。
中学時代、鳴海と森蔭は吹奏楽部に所属していた。鳴海はパーカッション、森蔭はトランペットを担当。男の先輩も多く、肩身は狭くなかった。夏の合奏大会や秋のマーチング、定期演奏会など、忙しくも充実した日々だった。
ただ、マーチングの練習が厳しくて、二人は中学で吹奏楽部をやめることに決めた。高校では運動部も検討したが、体力面で断念。文化部には興味が持てず、結果的に部活はやっていない。
「最近トランペット吹いてる?」
「たまにな。この間部屋片付けてたら楽譜が出てきてさ」
「ああ、そういう時演奏したくなるよな」
家にドラムセットはあるが、近所迷惑になるため卒業以降はほとんど叩いていない。代わりに叩きたくなったらゲームセンターの太鼓のリズムゲームをしに行くことにしている。
鳴海が吹奏楽部に入って唯一得たことは、太鼓のリズムゲームがめちゃくちゃ得意になったことだけだと思っている。
それ以外はない。
むしろマーチングでバスドラムを背負ったせいで、13歳の時から腰が悪い。勘弁してほしい。
