次の日の朝、窓から差し込んでくる光で目が覚めた。

雄大はというと、小説を書きながら寝落ちたのか、机に突っ伏して眠っていた。

何時まで書いていたのかわからないけど、よくそんな寝方で気持ちよさそうに眠れるなと思う。

一応、雄大を軽く揺すってベッドで寝るように促してみる。

「雄大、雄大。ベッドで寝たら?」

雄大は眠たそうに、「うん、うん」と目を瞑りながら頷く。

のそのそとゆっくりした動きで、ベッドに寝転ぼうとする雄大の邪魔にならないように、俺はベッドから降りた。

「あさひもまだ寝る……?」

「俺はいいよ。起きる」

返事をしてから、ベッドに寝転ぶ雄大にタオルケットを被せる。

「はい、どぉぞー」

寝ぼけた雄大がベッドに1人分のスペースを空けようと端の方へ寄っている。

「いいよ、雄大。俺、起きるから」

「んえ?じゃあ、僕も起きる?」

「ははっ。いい、いい、起きなくて。ゆっくり寝てろよ」

俺は、眠気に負けてふわふわしている雄大に声をかけながら、静かに笑った。

 それから、雄大が起きてくるまで、暇だから勝手にお湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れる。

机の前に座り、テレビをつけて、かなり小さな音になるまで音量を下げてから字幕をつけた。

(はー、なんか面白いのないかな)

大体、朝の7時半ごろのテレビ番組は、どこも話題のスイーツやイベント話、有名人のゴシップネタについて、あれやこれやと話をしていてる。

いつもなら、ポチポチとリモコンを操作して、配信されているアニメやドラマに変えてしまうのだが、今日だけは変える気にならなかった。

『一ノ瀬蒼さん、実はゲイだったんですねぇ。突然のカミングアウト、驚きでしたよね』

どこの番組も作家である一ノ瀬蒼の話を大きく取り上げ、出演者たちが口々に持論を展開している。

(え!一ノ瀬蒼がゲイ!?)

テレビの中での会話に驚きと興味が抑えきれなくて、瞬きを忘れてしまうぐらい画面を凝視する。

『パートナーのお相手は、昔から通っている喫茶店の店員さんとのことで。どう思いますか?』

アナウンサーは情報を読み上げてから、出演している女性アイドルに話を振った。

『その店員の方って、働きながら一ノ瀬さんが作品を生み出すところをずっと見てきたってことですよね?絶対かっこいいし、なんか……ドラマみたいじゃないですかぁ?え、すごいですよねっ』

キャッキャッと愛らしい笑みを浮かべる女性アイドルは、友達と恋愛話をしているかのようなテンションで感想を話している。

(え、どういうこと?昔から喫茶店に通って書いてて、そこの店員がパートナー?)

さっきテレビをつけたばかりで、俺は次々と出てくる一ノ瀬蒼の熱愛報道の情報に頭がつかない。

そもそも、一ノ瀬蒼という作家は、ここ数年は特に、出版された本が次々とドラマ化や映画化されていて、とにかくヒット作を連発してるから、大体どこの本屋に行っても、1番目立つ場所に作品が並べられている。

それに、最近はよくテレビや雑誌に出ていて、出演する度にイケメン作家だとか、美男子だとかでさらに注目を浴びるループを繰り返す話題の人物だ。

(こんな有名になってんのに熱愛報道でカミングアウトって……すごいな)

気になって、スマホで一ノ瀬蒼の名前を検索してみると、昨日まで無かった情報で溢れかえっている。

大体どこの記事も、デビュー当時から通っていた喫茶店の店主の孫が一ノ瀬蒼のパートナーだと書かれていた。

(店員というか、なんというか……)

一ノ瀬蒼がデビューしてから、大体10年が経つ。

だからか、「デビュー当時から通っていた」という文字に2人の絆の強さを感じる。

SNS上では、祝福の声や批判の声、様々な声が上がって大混乱を引き起こしていたが、俺はそんな2人が羨ましくも思ったけど、純粋に2人を応援したいなと思った。

それに、一ノ瀬蒼のようなかっこよくて、才能のある人物のカミングアウトには少しだけ勇気をもらえた。

 しばらくスマホをいじりながら、テレビを見て、コーヒーを飲んでいたら、雄大がモゾモゾとベッドから手を伸ばしてきた。

「あさひぃ」

「ん?」

「今何時?」

「8時半ぐらい」

「眠い……今日のセミナー何時からだっけ?」

「13時」

「諦める?」

「なんでだよっ、諦める時間じゃないだろ。眠かったら、もうちょっと寝てれば?後で起こしてやるけど」

うぅ、と唸りながら雄大はベッドの上で起き上がり、あくびをしながらぐぅぅと大きく腹を鳴らした。

「っ、忙しすぎるだろ、お前。わんぱくかよ」

思わず雄大の行動につっこんでしまう。

「僕も起きる。あさひのコーヒーがいい匂いするから、ちょっとだけ目が覚めた」

「覚めてないじゃん」

雄大は目を瞑ったまま、首を傾げて眠たそうにしている。

「なにぃ?」

「ふふっ、なんでもないよ」

最近の俺は、雄大のこんな姿でさえ、愛おしく思ってしまう。

「あ、そうだ。テレビ見てみ」

雄大にとってはビッグニュースではないかもしれないが、俺にとっては衝撃的なニュースだった一ノ瀬蒼の報道を見るようにテレビを指差した。

「熱愛……?」

「そ、一ノ瀬蒼の熱愛報道だったんだけど、相手が同性の人らしい。すげーよな、なんか」

雄大の反応が気になって、チラリと顔を見る。

雄大はさっきまで眠たそうにしていたのに、急にテレビをジッと見つめて顔を強張らせている。

「ゆうだい……?」

俺の声が聞こえていないのか、返事をしない。

「これ……今日のニュースだよね」

雄大が引きつった笑顔で俺に質問をしてくる。

「うん。そうだけど……」

雄大の顔を見ていると、一ノ瀬蒼の熱愛報道は雄大にとって喜ばしいニュースじゃなかったのかもしれない。

そう思うと、心の奥の方がズキンっと痛み、モヤモヤした不安がゆっくりと広がってくる。

「こ、こんな有名な人の熱愛とカミングアウトって、びっくりするよな」

一ノ瀬蒼のニュースを肯定した方がいいのか、否定した方がいいのか、どれが正解なのか分からない。

「そうだね。……なんか違うやつ、見ていい?」

雄大がわざと目を細めた苦しそうな笑顔で、優しく、尋ねてきた。

「え、あ、うん。いいよ、何でも」

「ありがとう」と言った雄大が、リモコンをポチポチっと操作して、配信されているバトルもののアニメをつけた。

いつもの喋らなくても居心地の良い空気とは違う、今の空気が重たい。

テレビから主人公が仲間たちとバトルで奮闘している声だけが部屋に流れていて、居心地の悪さに拍車をかける。

「あ……。この前言ってた、取材……いつ行こうかな……」

俺に気をつかったのか、ベッドに腰掛けたままテレビを見る雄大がぼそりとつぶやいた。

「取材……。あぁ、ゲイバーだっけ?」

「うん」

少し前に、雄大がゲイバーに行って、実際に同性のパートナーがいる人の話や、同性が好きな人から話を聞きたいと言っていたことを思い出した。

それを聞いた時は、さすがに俺自身のことは打ち明けられなくて、今度行こうな、と口約束して終わっていたのだ。

「来週でもいいなら。俺は土曜日いけるよ」

「じゃ、土曜日」

「ん。了解。てか、俺たち普通に入れるかな」

「……わかんない。なんか、探しとく」

「俺も探してみとくよ」

心、ここにあらずといった様子の雄大は、テレビをぼーっと見つめていた。

「……あさひ」

「ん?」

「眠い」

雄大がせっかく起き上がったのに、再びベッドに寝転がった。

「今、アニメつけたとこだろ、お前は」

「だって、面白いやつやってない。……きっと今日のセミナーも寝るよ、僕」

「はいはい。俺が起こしてやるから、セミナーは真面目に受けろよ」

ネットニュースもSNSも、テレビも一ノ瀬蒼の話題で持ちきりだというのに、雄大は面白くないと言う。

BLを書いて、取材にも行きたいと話す雄大を見ている限り、男同士の恋愛に偏見がある訳ではないのだろうと思う。

(……現実の恋愛なら、別ってことなのかな)

この雄大の顔を曇らせる問題がどこにあるのかが分からない不安を抱えながら、一ノ瀬蒼の話題は引き出さないようにしようと決めて、コーヒーを飲み干した。