1分で支度すると言って、10分くらいかかった雄大の身支度が終わり、近くのカフェに向かう。
外に出るとミーンミーンと蝉が大きな声で鳴いている。
自転車に乗って漕ぎ出すと、湿度と温度を含んだ生温かい風が顔に当たる。
「……帰りたいね」
自転車に乗った雄大の一言目がこれだった。
「はぁ?お前がモーニングに行くって言ってたんだろ」
「うん、そう。行きたい。けど、心は帰りたいよね」
「それなら早く到着したい、だろ」
「そうとも言う」
馬鹿なことを言う雄大がちゃんと着いてきているか、振り返りながら自転車を漕いだ。
「はあー。涼しー。クーラーってさ、考えた人天才だと思う。本当に天才」
冷房の効いた店内に入り席に座ると、雄大は急にイキイキとし始めた。
「あ、朝陽なに頼むー?でかいサイズのでも、なんでもいいよ。僕がごちそうする」
「いや、いいよ。そんなん、悪いし」
「いいの、いいの。ちょうど、話したいことがあるからさ」
「え、なに?」
「先に頼んでから話す。まずは満腹を目指す」
一瞬なんだろうと、ドキッとしたけど、食い気の方が勝っていそうな雄大の様子を見ると大した話じゃないのか、と思った。
しばらくすると、俺が頼んだカフェオレのLサイズと雄大が頼んだミックスジュースが先に運ばれてきた。
「さっ、朝陽。飲も飲も」
雄大に勧められるがまま、グラスにストローを入れ、カフェオレを一口飲む。
(うまぁ。生き返る)
朝早くから雄大を起こし、抱き枕にされ、炎天下のなか自転車を漕いだ身体に、ほろ苦くて甘いカフェオレが染み渡る。
雄大は何もしてないのに、俺と同じぐらい癒された顔をしてミックスジュースを飲んでいる。
そんな顔を見て笑っていると、トーストとゆで卵がすぐに運ばれてきた。
バターと小麦粉の良い香りが漂ってきて、食欲が刺激される。
「おいしいね」
運ばれてきてすぐに、トーストにかぶりついた雄大が嬉しそうにしている。
「うん。うまいな」
俺も焼きたてのトーストを口に頬張りながら返事をした。
「あのさ、朝陽」
「ん?どした?」
「僕、小説書くのやめようと思って」
ボトッ。
雄大の明るい声色とは真反対の重く、悲しい言葉に手に持っていたトーストを机に落とした。
「え、なんで?なんで辞めんの?」
「僕さ、前々から感じてたんだけど、女の子を可愛く行動させるの苦手なんだよね」
たしかに雄大の作品に出てくる女の子たちは、どこか逞しさと合理性を持っている。
両思いの相手が知らない女の子と歩いていたら、ショックを受けて1人で考え込むよりも、「だれ?」と突撃しに行く。
体調を崩して寝込み、好きな相手が見舞いに来てくれても、「大丈夫!」といって一歩も家に入れないくせに、後日、「お見舞いありがとう」と言って、お菓子をあげる。
「で、それが何で辞めるになんだよ。読んでくれてる人もいるじゃん」
「書きたいことはまだまだあるよ。……けど、僕の根本的な感性が恋愛小説を書くには向いてない気がするんだ」
悲しい顔もせず、淡々とゆで卵の殻を剥きながら話す姿は、俺の胸を締めつける。
「俺、お前の作品好きだよ。やめないでくれよ」
「っふふ。優しいね、朝陽は。でも、みんなが求める恋愛小説は、僕が書きたいものとは違うと思う」
俺には、逞しい女の子の行動は、セクシャリティに悩んでいた俺にとってすごく刺さったのだが、世間一般では違うようだった。
その言葉は、セクシャリティに悩む俺にも深く突き刺さった。
「もっと誰かの心に届くようにするなら、男らしいって受け取られてる女の子の行動を改善する必要があると思う。でも、僕はさ、男と女だから起こりうる話じゃなくて、なんていうか、人と人の好きを書きたいんだよね……」
俺も雄大のそういう心から生まれる作品をもっと読みたい。
こういうとき、同じ土俵にいない俺は雄大になんて声をかけたら良いのだろうか。
「じゃ、じゃあさ。ミステリーとかSFとかにさ、恋愛の要素を入れて書くとかさ」
「それだけはない。それは書けない」
そう言った雄大の口調は冷たく、鋭かった。
「そ……うだよな。急にそんな気分にならないよな」
俺の……一読者としての「やめないで」だけでは、雄大の自信を取り戻すには足りないのだろう。
「お、俺はさ、雄大の人と人の感情を書きたいって気持ち、すごく好きだ。たしかに、女の子の行動はたくましいし、つっこみを入れたくなる。……けど……けど、なんていうか、あったかい気持ちになるんだ。相手のことを大切にしたいんだろうなって……あっ……」
必死に話していたら、一つの案が閃いた。
「雄大!!お前、BL書けよ!」
「え?なんでBL?」
あまりの俺の感情の起伏に雄大は少し引いていた。
だけど、俺の頭に巡る言葉をうまく整理できないまま、雄大にぶつける。
「いや、あのさ。別に恋愛小説っていっても男と女じゃないといけないってことはないだろ?人と人の間の感情を書きたいなら、男と男じゃダメか?むしろ、同性の方がそういう心の機微っていうの?とか複雑そうじゃん。どう?」
「あ、えと……」
俺自身のセクシャルの悩みと、雄大の作家としての悩みが噛み合った気がした。
「できるって!むしろ、女の子がたくましい行動するなんて、男同士ならむしろ違和感ないだろ。書くだけ書いてみろよ」
雄大は背もたれにもたれて、自分のミックスジュースを両手で持っている。
俺のあまりの勢いに雄大がドン引きしてるかもしれないと思って、やっと俺は冷静になった。
「ゴホンッ。まあ、つまりだな。ちょっと視点を変えてみたらどうだ、という素人からの提案だ」
「でも……BLは、読んだことないし、書ける気もしない……かも」
「じゃあ、俺が手伝う。雄大が書けるように俺が手伝うよ」
「え……」
「役に立たないかもしれないけど、一緒に雄大と悩むよ。……だから、書くの辞めないでくれ」
俺のあまりにも熱烈な語りに負けたのか、雄大は小さな声で「やってみる」と言って、両手で持っていたミックスジュースをごくごくと飲んだ。
外に出るとミーンミーンと蝉が大きな声で鳴いている。
自転車に乗って漕ぎ出すと、湿度と温度を含んだ生温かい風が顔に当たる。
「……帰りたいね」
自転車に乗った雄大の一言目がこれだった。
「はぁ?お前がモーニングに行くって言ってたんだろ」
「うん、そう。行きたい。けど、心は帰りたいよね」
「それなら早く到着したい、だろ」
「そうとも言う」
馬鹿なことを言う雄大がちゃんと着いてきているか、振り返りながら自転車を漕いだ。
「はあー。涼しー。クーラーってさ、考えた人天才だと思う。本当に天才」
冷房の効いた店内に入り席に座ると、雄大は急にイキイキとし始めた。
「あ、朝陽なに頼むー?でかいサイズのでも、なんでもいいよ。僕がごちそうする」
「いや、いいよ。そんなん、悪いし」
「いいの、いいの。ちょうど、話したいことがあるからさ」
「え、なに?」
「先に頼んでから話す。まずは満腹を目指す」
一瞬なんだろうと、ドキッとしたけど、食い気の方が勝っていそうな雄大の様子を見ると大した話じゃないのか、と思った。
しばらくすると、俺が頼んだカフェオレのLサイズと雄大が頼んだミックスジュースが先に運ばれてきた。
「さっ、朝陽。飲も飲も」
雄大に勧められるがまま、グラスにストローを入れ、カフェオレを一口飲む。
(うまぁ。生き返る)
朝早くから雄大を起こし、抱き枕にされ、炎天下のなか自転車を漕いだ身体に、ほろ苦くて甘いカフェオレが染み渡る。
雄大は何もしてないのに、俺と同じぐらい癒された顔をしてミックスジュースを飲んでいる。
そんな顔を見て笑っていると、トーストとゆで卵がすぐに運ばれてきた。
バターと小麦粉の良い香りが漂ってきて、食欲が刺激される。
「おいしいね」
運ばれてきてすぐに、トーストにかぶりついた雄大が嬉しそうにしている。
「うん。うまいな」
俺も焼きたてのトーストを口に頬張りながら返事をした。
「あのさ、朝陽」
「ん?どした?」
「僕、小説書くのやめようと思って」
ボトッ。
雄大の明るい声色とは真反対の重く、悲しい言葉に手に持っていたトーストを机に落とした。
「え、なんで?なんで辞めんの?」
「僕さ、前々から感じてたんだけど、女の子を可愛く行動させるの苦手なんだよね」
たしかに雄大の作品に出てくる女の子たちは、どこか逞しさと合理性を持っている。
両思いの相手が知らない女の子と歩いていたら、ショックを受けて1人で考え込むよりも、「だれ?」と突撃しに行く。
体調を崩して寝込み、好きな相手が見舞いに来てくれても、「大丈夫!」といって一歩も家に入れないくせに、後日、「お見舞いありがとう」と言って、お菓子をあげる。
「で、それが何で辞めるになんだよ。読んでくれてる人もいるじゃん」
「書きたいことはまだまだあるよ。……けど、僕の根本的な感性が恋愛小説を書くには向いてない気がするんだ」
悲しい顔もせず、淡々とゆで卵の殻を剥きながら話す姿は、俺の胸を締めつける。
「俺、お前の作品好きだよ。やめないでくれよ」
「っふふ。優しいね、朝陽は。でも、みんなが求める恋愛小説は、僕が書きたいものとは違うと思う」
俺には、逞しい女の子の行動は、セクシャリティに悩んでいた俺にとってすごく刺さったのだが、世間一般では違うようだった。
その言葉は、セクシャリティに悩む俺にも深く突き刺さった。
「もっと誰かの心に届くようにするなら、男らしいって受け取られてる女の子の行動を改善する必要があると思う。でも、僕はさ、男と女だから起こりうる話じゃなくて、なんていうか、人と人の好きを書きたいんだよね……」
俺も雄大のそういう心から生まれる作品をもっと読みたい。
こういうとき、同じ土俵にいない俺は雄大になんて声をかけたら良いのだろうか。
「じゃ、じゃあさ。ミステリーとかSFとかにさ、恋愛の要素を入れて書くとかさ」
「それだけはない。それは書けない」
そう言った雄大の口調は冷たく、鋭かった。
「そ……うだよな。急にそんな気分にならないよな」
俺の……一読者としての「やめないで」だけでは、雄大の自信を取り戻すには足りないのだろう。
「お、俺はさ、雄大の人と人の感情を書きたいって気持ち、すごく好きだ。たしかに、女の子の行動はたくましいし、つっこみを入れたくなる。……けど……けど、なんていうか、あったかい気持ちになるんだ。相手のことを大切にしたいんだろうなって……あっ……」
必死に話していたら、一つの案が閃いた。
「雄大!!お前、BL書けよ!」
「え?なんでBL?」
あまりの俺の感情の起伏に雄大は少し引いていた。
だけど、俺の頭に巡る言葉をうまく整理できないまま、雄大にぶつける。
「いや、あのさ。別に恋愛小説っていっても男と女じゃないといけないってことはないだろ?人と人の間の感情を書きたいなら、男と男じゃダメか?むしろ、同性の方がそういう心の機微っていうの?とか複雑そうじゃん。どう?」
「あ、えと……」
俺自身のセクシャルの悩みと、雄大の作家としての悩みが噛み合った気がした。
「できるって!むしろ、女の子がたくましい行動するなんて、男同士ならむしろ違和感ないだろ。書くだけ書いてみろよ」
雄大は背もたれにもたれて、自分のミックスジュースを両手で持っている。
俺のあまりの勢いに雄大がドン引きしてるかもしれないと思って、やっと俺は冷静になった。
「ゴホンッ。まあ、つまりだな。ちょっと視点を変えてみたらどうだ、という素人からの提案だ」
「でも……BLは、読んだことないし、書ける気もしない……かも」
「じゃあ、俺が手伝う。雄大が書けるように俺が手伝うよ」
「え……」
「役に立たないかもしれないけど、一緒に雄大と悩むよ。……だから、書くの辞めないでくれ」
俺のあまりにも熱烈な語りに負けたのか、雄大は小さな声で「やってみる」と言って、両手で持っていたミックスジュースをごくごくと飲んだ。



