公園で告白をしてからの俺たちは、それぞれの家に帰る気になれなくて、雄大の家に帰った。

それから、一緒のベッドに入って、これまで話してこなかったお互いの過去や価値観などを夜遅くまで話した。

話し込んでいるうちに、夜更かしが苦手な雄大はいつの間にか眠っていた。

日付が変わるまで起きていたのだから、本人的にはかなり頑張っていたのだろう。

その後はというと、寝相の悪い雄大が案の定、俺を抱き枕のよう抱きしめてきた。

最初はまずいと思って、引き離そうとしたけど、恋人になったんだから離れようとしなくても良いのかと思って、そっと起こさない程度に抱きしめ返した。

その日は、雄大の体温も、匂いも、胸の鼓動も、雄大を形作る全てが儚くて脆いものに感じてきて、初めて今が永遠に続けば良いのになと思いながら眠った。


数日ぶりに雄大の家に遊びに行こうと、朝起きてスマホを見ると、雄大から昨日の夜中にメッセージが届いていた。

 『小説、最後まで書き終わったけど読む?』
『寝てるかもしれないから、朝起きたら読んで感想聞かせて』

朝起きてスマホを見ると、雄大から昨日の夜中にメッセージが届いていた。

1つ目のメッセージから2つ目のメッセージまでは時間があいていたから、俺の返事を待ちきれなかったんだなと思った。

『返事返せてなくてごめん。今から読むよ』

ベッドの中で雄大に返信する。

「あ、これも……『いつもと更新時間ちがってるけど大丈夫?』っと」

さらにメッセージを追加で送る。

(ふぅ……)

数分すると、雄大から返信がきた。

『更新時間は大丈夫。 朝陽に早く読んでもらいたかっただけだから』

「あいつ……馬鹿か」

メッセージから伝わってくる特別扱いに、つい顔がにやける。

「俺はあくまでもファンとして、平等に……でも、まぁ、気持ちは受け取る……か」

いつもとは違う時間に投稿して大丈夫なのかとファンとして心配になったはずなのに、恋人として特別扱いされた嬉しさがファンとしての心配をどこかへ吹き飛ばしてしまった。

こんなことで喜んでしまう自分も、かなり馬鹿だなと思った。

『それなら良かった。読んだら感想言うよ』と返して、雄大が投稿しているサイトを開いた。



 雄大が書く幼馴染の男子高校生たちは学校行事を経て、仲が深まったようだった。

特に、主人公である夕貴は、修学旅行の後半で幼馴染である彰人への恋心を自覚していた。

幼馴染だからこそのパーソナルスペースの距離や、スキンシップの程度で相手の好感度を測れない具合は読んでいて心がむず痒くなる。

 物語自体は、終盤に近づいてきているようで、野球部である彰人が秋の県大会が終わり、2人とも進路先を考え出す時期になっていた。

『「彰人ー、今週の土曜って練習の後ひま?」放課後の帰り道に彰人に話しかける。「あー、今週はダメだわ」「えー、じゃあ日曜は?」「それも多分、難しいと思う」彰人が2日連続で都合が悪いなんて珍しい。「今週末さ、大阪にある大学に行くんだよ。練習参加と大学見学するために」「え……」夕貴の頭は一瞬で真っ白になった。高校2年の冬が近づき、みんな少しずつ進路を意識し始める頃だというのは分かっていた。だけど、彰人の言う大阪の大学というのは、高校を卒業したら離れ離れになるという意味を持っていた。「え、なんで大阪?関東圏で探すんじゃないの?」突然、彰人との別れを意識させられて質問をぶつける。「なんか、スポーツ推薦で誘われたんだよな。この間の県大会の様子見てくれてたらしくて」「え、あ。……そうなんだ」喜ばしいことなのに、全く喜べない。俯く夕貴に彰人は何かを言い続ける。(彰人が大阪に……)離れ離れになるかもしれないという不安で、彰人の話は全く頭に入ってこなかった。』

(うわぁ。この急に来る別れの予感はつらい)

順調に仲を深めていた2人はどんな風にくっつくのだろうとワクワクしていた分、急に先を読むのが怖くなる。

(とりあえず読も……)

彰人の話を聞いてショックを受けた夕貴は、彰人の背中を押すべきかどうか悩みながら土曜日を過ごしていた。

1日中考えていた夕貴が出した答えは「彰人を引き止めるために、大阪へ行く」だった。

考えなしの夕貴の行動には読んでいて驚いたが、引き止めに行くと決断した夕貴は日曜日の朝に新幹線のチケットを買い、新大阪駅に向かう。

彰人から聞いた大学名を頼りに、電車を乗り継いで大学に向かおうとしていたが、予想通り夕貴は大阪の梅田付近で迷子になっていた。

(え、これ、ちゃんと会えるよな?入れ違いになったりしないよな……)

これで夕貴の必死の行動が報われるはずだと自分に言い聞かせながら、俺は画面をスクロールする。


『ピロン。彰人からの連絡だった。『これからそっちに帰るよ。今お土産見てるけど、リクエストある?』(もう、大学見学終わったんだ……)彰人からの文章を読んで、ただ迷ってお金と1日を無駄した自分が情けなくなってきた。(向こうの先生には、何て返事したんだろ)そんなことを考えていると泣きたくなってくる。ブブブ、ブブブ、手に持っていたスマホが震え、画面を見ると彰人からの着信だった。「……もしもし」「あ、夕貴?お土産何がいい?やっぱたこ焼き味のお菓子とか?」スマホ越しに彰人の明るい声が聞こえる。「あ、えっと」(お土産なんていらない。大学の先生の誘い、断ってきてよ)夕貴はスマホを強く握り、口に出せなかった言葉を飲み込んで奥歯をぐっと噛む。「……夕貴?」無言のままでいるとザワザワと人混みの中にいる音だけが、スマホ越しに聞こえる。「え、あのさ。違ってるかも知んないけど……夕貴、今大阪にいたりする?」「ふぇ?なんで」彰人の予想外の言葉に変な声が出た。「いや、なんか、スマホ越しに聞こえるアナウンスが聞いたことのあるっつーか、今聞いてるのと同じというか……」恐る恐る尋ねる彰人の声に、堰き止めていた心細さがゆっくりと溶け出してきた。「……迷ってる」「え?大阪で?」「そう」「えぇ!?大阪にいんの!?なんで?」彰人の驚く声が大きくて、自分の行動の無謀さを痛感する。それでも、自分のことを見つけてくれた安心感が、夕貴の不安で冷たくなっていた手に温もりを戻した。』


(彰人……よく見つけてくれた……)

読みながら、夕貴の心細さに共感してしまって、悲しい気持ちになっていたから、彰人が夕貴の居場所に気がついた時はホッとした。

『「あのさ……僕、彰人に大阪に行ってほしくなくて、引き留めようと思って大阪まで来ちゃったんだよ」この見知らぬ場所でひとりじゃないとわかった安堵感で、次々と思いが溢れ出す。「頭おかしいかも知んないんだけど。僕、彰人のこと好きになっちゃってて。それで、離れ離れになるかもしれないと思ったら、居ても立っても居られなくて。スポーツ推薦もらえるなんて、本当は喜ばないといけないのに……ねぇ、大阪……行かないでくれないかなぁ」自分の行動なんて無駄かもしれないけど、今伝えないときっと後悔する。夕貴はギュッと目を瞑り、涙が流れるのを我慢しながら必死に伝えた。「夕貴!!今どこ!周りに何がある?動かないでじっとしてて!」「え?あ、この地下のところ……」大きな声で話す雄大に夕貴は慌てて位置情報を送る。「電話切らずにそこにいろよ!絶対動くなよ」そう言った彰人は走って向かってきてくれているのか、電話越しにハァハァと息が荒れる音がする。(今優しいのはずるいじゃん……)夕貴は、壁にもたれかかり、ズルズルとしゃがみ込んだ。』

(やばい、俺、夕貴に感情移入しすぎてる)

自分自身を夕貴に重ねて読んでしまって無性に泣きたくなってきた。

雄大への片思い期間が長かったせいもあって、近くて大切な存在だからこそ臆病になる夕貴のことが他人事とは思えない。

(あー、彰人。頼む。夕貴と俺を救ってくれ)

数回、呼吸をしてから、続きを読む。

『「夕貴!!」自分の名前を呼ぶ、聞き慣れた声が2つ重なって聞こえる。「あ……」顔を上げると、彰人がズンズンと自分の方へ向かってくる。息を切らして走ってきた彰人は少し暑そうに服の胸元をパタパタと動かしている。「……ごめん、彰人。迷惑かけて」夕貴は、上げた顔を再び俯かせて、目の前に立った彰人に謝る。「夕貴!俺もお前が好きだ」聞きたいと何度も思った言葉が突然頭の上から降ってきて、身体中に心臓の音が大きく響く。「俺は、夕貴のその可愛いって言われて怒る姿も、こうやって勢い任せで行動するところも好きだ。全部可愛くて、放っておけなくなる」「え?」夕貴は、立ち上がるのを忘れて、しゃがんだまま彰人の顔を見る。「小学生の頃に引っ越してきた時から、俺の夕貴に対する気持ちは変わってない。俺は……どれだけ野球の調子が悪くても、笑って側にいてくれて、力になろうとしてくれるお前に何回も助けられてた。大したことないプレーでも、プロを見るかのように喜んで褒めてくれるお前がいたから、ずっと頑張れてたんだ。だから、お、俺の方こそ、朝陽のことが好き……だ。」彰人の気持ちを聞いてるうちに、ツーっと頬に涙が伝った。』

(え……ちょっと待て、これ)

お互いの気持ちが通じあって、本当に良かったと物語に没頭していたのに、1番大切な所に自分の名前が書かれている。

(雄大!打ち間違えてるじゃん!!)

自分の名前を見つけてから、先を読まずに画面をスクロールして閲覧数やコメントを見る。

「うわ、結構読んでもらってる……しかも、これ」

『朝陽くん?打ち間違えですかね?』
『誰かのことを想って書いてたら打ち間違えちゃったとか……?』
『これはリアルに朝陽さんっていう彼女か、彼氏いる説ありますかっ?』

いつもより多いコメントが寄せられていて、どれもが誤字の指摘や推測だった。

「うわ、うわ、どうしよ。雄大、これ気づいてないよな」

気付いてなさそうな雄大に電話をかける。

耳元でプルルルルと鳴るだけで、何度かけても雄大が出ない。

「あいつ、絶対二度寝してるだろ」

ベッドから降りて、とりあえず顔を洗って、歯を磨いて、寝巻きのまま雄大の家に向かった。

 ピンポーン、ピンポーン。

何度かインターホンを鳴らすと、寝癖を盛大につけた雄大が玄関から出てきた。

「あーい?」

「俺!」

「おー、あさひぃ。おはよ?よんだー?」

掠れた声をした雄大が、フニャフニャと喋っている。

「読んだ!てか、お前、誤字ってる!一箇所、俺の名前書いてる」

「あー、ほんと?寝ぼけてたかもしれんな」

「かもしれんなじゃねえ。今すぐ直せ」

「うん……まぁ、あ」

「後で直す、は無しだぞ」

一瞬、「うぇ」っと静かにリアクションを静かに取った雄大が、「うん」と頷いて腹を掻きながらペタペタと部屋に入っていった。

 「あさひー、どこまで読んだ?」

ベッドにもたれてタブレットを開いた雄大が尋ねてくる。

「彰人が夕貴に告白したところかな」

「そこまでは、誤字なかった?」

「なかった、大丈夫」

ほうほう、と頷いた雄大はタブレットを見つめ、文章の編集に取りかかる。

俺は勝手に雄大の冷蔵庫から出したお茶を飲みながら、編集作業をする雄大の端正な顔つきを眺める。

(豪快な寝癖だなぁ。どんな寝相してんだよ)

頭の後ろが寝癖でピョンっと大きくはねている。

よくよく考えれば、こんな無造作な髪型した雄大や、いつから着ているのか分からない寝巻きを着た雄大、小説を書く雄大を見れるのは自分だけなんだよなと、あくびをしながら編集する雄大を眺めながら呑気に考える。

「あ、見て、朝陽」

急に雄大がくすくすと笑い出した。

「これ。これは、誰でも驚くよ。あははっ」

雄大の徐々に大きくなる笑い声を不思議に思いながら、タブレットを見る。

「は?これ……」

よく見ると、小説の登場人物である彰人が夕貴に告白したシーンでの書き間違いからずっと「夕貴」の名前の部分が「朝陽」になっている。

「これは、誤字どころじゃなかった。寝ぼけすぎてた」

雄大はケラケラと楽しそうに笑いながら打ち間違いを直している。

「い、や……なんっ、なんでこんな間違い方してんだよ」

ちょっとどころじゃない間違いを見て、恥ずかしいのか、嬉しいのか、自分の心が分からなくなってクラクラする。

「んー?BL小説ってさ、受け視点で書く方が良いっぽいんだけどさ。僕、割と攻め側に感情移入しちゃうんだよね」

「攻め側……」

「夕貴のことが可愛く思ってる彰人に感情移入してたら、いつの間にか夕貴が朝陽に変換されてた」

「へ、へぇ……攻め側に感情移入か……」

攻め側へ感情移入するということは、夕貴と俺が重なって見えているのかとか、彰人の言葉には雄大の想いも多少含まれてたりするのかと、勝手な連想がいくつも浮かぶ。

(雄大が、自分は攻め側だと認識してるってことでもある……のか……?)

小説の書き方の話をしているはずなのに、自分たちの立場のことにまで想像を飛躍してしまう。

「うん。受けの心理描写をする場面は作ろうと思えば作れるんだけど、攻めって行動か言葉でしか分かんないじゃん?だから、基本的に受け視点で書くけど、やっと攻めが想いを言葉にできるって思うと、自分の感情が攻め視点になって書くのに力が入った」

「あ……そう、いう」

攻め視点という雄大の話は、小説の作法的なものと、雄大の表現したい気持ちの問題だったと理解して急に恥ずかしくなる。

「……自分が受け側だって言われてると思った?」

「へっ!?」

さっきまでヘラヘラしていた雄大が、急にいたずらっ子のような顔をして尋ねてくる。

「いや、えと……」

「んー?」

「ま、まぁ。雄大になら、だ……抱かれてもいいと思ってる……よ」

頭の中がぐるぐるして、朝から何を言ってるのだろうと混乱する。

言ってることに間違いはないのだが、これを雄大に直接言ってる状況に脳の情報処理が追いつかない。

「あー、かわいすぎる。ずるい、なにそれ」

雄大がタブレットをポイっとベッドに放り投げて、天井を見上げる。

「朝陽、朝からそれは反則だってぇ。なんで、そんなこと言うかなぁ」

雄大がやれやれと言った声で言ってくる。

「っ、それは!お前が言わせたんだろう」

「そうかもだけどさ。その素直に言っちゃうとこが良いよね、朝陽って」

雄大の言葉にカーッと恥ずかしさが込み上げてくる。

「も、もう、誤字直したんだろ。全部読み終わってないから、ここで読む!貸せ」

照れた顔を見られないように、雄大が放り投げたタブレットをベッドから奪い取って床に座る。

「朝陽、ごめんって」

「雄大はもうあっち行って美味しいコーヒーでも淹れてきて!」

くっついてくる雄大をぐいぐいっと押し返した。

ふわふわとした気持ちを抑えながら、彰人が夕貴に地下街で告白したシーンの続きに視線を移した。



『彰人は寒さで赤くなった鼻を啜りながら、さらに話を続ける。「俺は元から大阪に行くつもりはない。夕貴の近くにいたいから、関東圏で通える日々野大学からも推薦もらってるから、そこにしようと思ってる」彰人から本命の大学名を聞いて、流れる涙が止まった。「え?そこ……僕の第一希望の大学……」「え?」「え?」お互いびっくりして、緊張感のない声が出た。「夕貴、日々野大学行きたいの?」「う、ん。この前の進路希望調査に書いた、とこ……」「あっはっは。待って、何それ。ちょっと。ははっ」彰人が大きな声で笑いだした。夕貴も彰人につられて涙の跡を頬につけたまま笑う。「えぇ?てことは、僕たちはずっと両想いで、知らない間に同じ大学に進むことを決めてて、僕に至っては勝手に離れ離れになると思って、大阪まで来たってこと?」「ははっ、そうみたいだな」珍しくわっはっはと笑う彰人は、笑いすぎて涙を流してる。「あー、笑った。ほんと夕貴、最高すぎ。近くにこんな奴いたら、好きになるだろ、普通」隠しもしない彰人の甘い言葉に胸がキュウっとなる。「夕貴。俺と、付き合ってください」さっきまで大笑いしていた彰人は手を差し出しながら、真っ直ぐ夕貴の目を見ている。「はい……お願いします」夕貴は、差し出された彰人の豆だらけの手をそっと握った。』

(夕貴……良かったなぁ。彰人もかっこいい告白の仕方しやがって、このぉー)

夕貴の無謀な行動が引き寄せた幸せな結果にじんわりと心が温かくなる。

夕貴も彰人も、お互いの存在が無意識に自分の一部になっていて、人生の選択肢をするときでさえお互いの存在を忘れない。

そんな2人を描くなんて、これまでの雄大の恋愛小説とはちょっと変わったんだなと感じた。

それからの夕貴は、彰人と彰人の両親、部活の顧問と一緒に新幹線に乗って帰っていた。

勝手に大阪まで行った挙句、迷子になるという、とんでもないことをしでかした夕貴は高校の先生やお母さんにこっぴどく怒られていた。

さらに夕貴は大阪まで行った理由を素直に話したもんだから余計に怒られていて、その様子でさえ可笑しくて笑ってしまう。

(あははっ、かわいい)

この夕貴と彰人の大学生編も読んでみたいなぁと思いながら、雄大の作品を読み終わった。


「雄大ー、読み終わったよ」

ベッドでゴロゴロと寝転がりながらスマホでゲームをしている雄大に声をかける。

「どうだった?」

「なんか、いつもと違ってて……なんだろ、めっちゃ続きが読みたくなった!最後、夕貴が大阪まで行って迷子になった時はめっちゃヒヤヒヤしたけどな、ははっ」

どんな感想が正解なのか、今だにつかめてはいないけど、読み終えた時の自分の感覚をそのまま伝えてみる。

「あざす、あざす。嬉しい」

雄大がプレー中のゲーム画面を放置して、ベッドの上に座り直す。

あぐら座りをした雄大は、体を前のめりにして話し始める。

「えっと。初めはさ、胸がキュンってするようなシーンをいっぱい詰め込む構想を練ってたんだよね。せっかくいつもと違うジャンルにするならって思って。だけど、キュンってする場面を考えながら朝陽と過ごしてるうちにさ、日常生活でも相手にキュンってする場面って結構あるよなって思ってさ」

「え、俺?」

たしかに雄大の力になりたくて、取材に行きたいと言えば共に行き、適当な飯しか食ってないなと思えば世話を焼きに行っていた。

でも、それは小説を書く者として、雄大と同じ土俵に立てない自分の精一杯の行動なだけだった。

「でも、俺、ただお前の隣で笑ってるぐらいしかできてなくない?全然、創作について熱く語れるとかもないしさ」

正直、俺も小説書いてたら雄大と同じものが見えて、もっと雄大の創作について話せるかもしれないと思って、何度も小説を書いてみようとした。

だけど、実際に文章を書いてみても、なかなかうまく書けなかった。

「ううん。むしろ、僕とは違う視点で世界が見えてるなら最高にありがたい」

「そう……なのか?」

「うん。だってさ、例えば同じ曇り空を見てて、僕が曇り空ってどんよりしてて、気分は落ち込むなーって思うとするじゃん。でも朝陽が隣で『あぁ、やっと曇ってきた』とか言い出したら、なんでって思うでしょ?」

「うん、まぁ、そりゃあなぁ」

「そうなると、僕1人だと曇り空はどんより落ち込むって感覚に、曇り空は嬉しいって感覚も加わる。しかも、その場で朝陽にどうして嬉しいのかって聞けるでしょ?」

雄大が何かを発見した子どものようにキラキラと目を輝かせて話している。

「朝陽にとって曇り空は『ここ1週間ずっと雨だったから、やっと止んで嬉しい』のかもしれないし、『日傘を忘れて、日差しが強すぎて日陰が欲しかったから嬉しい』のかもしれない。 もっと言えば、『土砂降りが辛いことがあった自分の心を表してるようで辛かったけど、雨が止んだから自分の辛いこともそのうち終わるかも』って思えたのかもしれない。 だから、朝陽が自然体で傍にいてくれることは、僕にとって色んな発見に繋がるからありがたいんだよね」

雄大は、たまにこうして研究者か何かかと思うぐらい、物事を深く追求して発想を飛躍させる。

こうして話している時の雄大は幼く見えるのに、どこか達観しているようにも見える。

「それにさ、僕は結構いろんな人に変わってるねって言われるから、自分の感覚が世間の人と合ってるか不安になるんだよ。でも、朝陽がいると朝陽の反応を見て、なるほどって理解できるんだよね」

雄大は話しながら顎に手を当てている。

「いや、分析しようとすんな。俺を!恥ずかしいだろ」

「あと、やっぱりネタにも困らないし、僕の人間生活も保たれる。それに、1人では行きづらいところも朝陽がいると心強い」

「お前、俺がいてほしい理由のほとんどが後半部分だろ」

俺は雄大をジロリと睨む。

せっかく雄大が俺に付加価値をつけてくれたようで嬉しかったのに、後半部分のせいで嬉しさが一瞬で台無しになった。

「ちがうちがう。半分以上は本音だけど、朝陽が励ましてくれて、甘やかしてくれるから僕は書けてる。 ……朝陽のためにも、作家として一人前になれるように頑張りたいと思ってる」

「甘やかされてる自覚はあんのかよ」

「ある」

「……まぁ、でも俺はずっと応援してるよ。俺は雄大のファンであり、味方であることには変わりない……からさ」

雰囲気に流されて、つい甘い言葉を呟いてしまった。

雄大の目を見ていられなくて、目を逸らしてコーヒーを飲む。

「あ!!そうだ」

雄大がベッドから降りてきて、俺の隣に座る。

「兄ちゃんに会ってよ!兄ちゃんっていうか、颯太さんに」

コーヒーが入ったマグカップを持っているのに、雄大が俺の肩をガシっと掴んで、揺さぶってくる。

「ちょ、待て。こぼれる、こぼれる」

慌ててマグカップを机の上に置く。

「だれ、颯太さんって」

「あ、兄ちゃんの彼氏」

ハッとした雄大が揺さぶる手を止めて言う。

「颯太さん、めっちゃ良い人なんだよね。 しかもさ、昔から兄ちゃんの書いた小説を1番に読んでてさ」

「え?一ノ瀬蒼の書いたやつ最初に読んでんの?そんな羨ましすぎることって現実で起きる……?」

雄大の口から出される情報が聞き慣れなさすぎて、全く身近な話に聞こえない。

「起きるっていうか、書いた小説を1番に先に颯太さんに読んでもらうのが兄ちゃんの作家スタイルなんだよ。颯太さんに最初に読ませるぞっていうのがモチベらしい」

何となく、雄大は俺と颯太さんを重ねて、感想を聞きたがるのかなと思った。

「それは、すごいな。颯太さんか……1回会ってみたいかも」

一ノ瀬蒼自身に会ってみたいというより、有名作家の恋人として、どんな日々を過ごして、どんな感想を言ってるのか聞いてみたい。

いつか会いに行って話を聞いてみたいと思うと、急にワクワクしてきた。

「じゃ、今から行きますか」

そう言った雄大は、ゲーム画面を放置したままのスマホを手に取り、操作をし始める。

「え?今?」

「そう。今日、これから」

「いや、急すぎるだろ。お兄さん忙しいかもしれないしさ」

「大丈夫。昨日、颯太さんに聞いたらいつも通り喫茶店にいるって言ってた」

(んんんー、颯太さんんー)

何でお兄さんに直接聞かずに、恋人の方に聞いてるんだよとツッコミを入れたくなった。

「それに今日、元々遊びに行く予定だったじゃん」

「まぁ、それはそうだけどさ」

雄大がいつものように俺の逃げ道を潰して、頷かせようとしてくる。

普段、ダラダラしてのんびりしているくせに、こういう時だけは頭をフル回転させてくる。

(能力の使い所、絶対間違えてるんだよなー、こいつ)

「あーもう、わかったよ。行こう」

観念して、一ノ瀬蒼とその恋人に会いに行く覚悟を決めた。

コーヒーを飲み切って、一旦家に戻る準備をしようと立ち上がる。

「じゃ、俺、一回帰って着替えてくるな」

「……うん」

「なんでお前がだるそうにすんだよ」

「だってそのままでも良くない?あ、それか、ここにある僕の服着てけば?」

雄大が適当に掴んだ、どうみても一回り以上大きいサイズの服を座ったまま俺に差し出してくる。

(恋人の兄弟に会いに行くのに、恋人の服着ていく奴なんていないだろ)

「雄大の服、でかいからいいって」

返事を聞いた雄大が口を尖らせている。

「あ!」

雄大が声を上げて立ち上がった。

「何、今度はどうした?」

目の前に立った雄大を見上げて質問する。

「今日もキュンを探します!」

俺の顔を見て言い切った雄大は、ふふん、と鼻から息を吐いて、いわゆるドヤ顔をしている。

「え?どっか取材しに行きたいの?」

「うん、そう。おしゃれなパンケーキ食べに行こうと思って。男1人じゃ行けないじゃん?あんなとこ。だから朝陽、ね?」

でかい身体をしているくせに、俺の承諾を得ようと俺の両腕を掴んで首を傾げている。

(うぅ……)

子どものようにお願いされるとどうしても断れない。

しかも、それが嫌に思えないから好きという気持ちは厄介だ。

「はいはい、わかったよ。行こうな」

「やった。朝陽、最高。はい、ナイスナイス」

雄大が俺の両手を掴み、パチパチと拍手させてくる。

「あーもう、はいはい。わかったって。出かける準備しろ、雄大」

俺はこうして雄大に振り回されているとわかっていても、かわいく思えて仕方がない。

それに、雄大の自由さには慣れている。

なんて言ったって雄大への片想い期間は長かったし、これからも嫌いになんてなれる気がしない。

きっとこれからも俺はダメだと思いながら、雄大を甘やかしてしまうのだろう。


(おわり)