「よし、雄大起こしに行くか」
花村 朝陽(はなむら あさひ)は洗面台で癖のない黒髪をサラッと整え、藍色っぽい色をしたストライプ柄のTシャツを着て、叶わぬ恋の相手である水瀬雄大(みなせ ゆうだい)のアパートへ向かって出発する。
「はーあっついな、今日も」
まだ8時半前だというのに、太陽からのジリジリと強い日差しに出勤へ向かう人は日傘を差したり、通学中の学生がハンディファンを持って歩いている。
もうすぐ大学に入ってから3度目の夏休みが来る。
3度目の夏休みということは、俺が雄大への想いに気づいてから3年になるということだ。
(今日の授業の欠席回数、結構ギリなんだよなー。あいつちゃんと起きっかな)
大学の授業は欠席が許される回数が決まっているから、前期の終わりが近いこの時期は、自分だけじゃなく雄大の出席状況にまで敏感になる。
俺のアパートから大学へ向かって5分くらい歩くと雄大の家に着く。
2人とも1人暮らしだから、お互いの家にはよく行き来している。
雄大のアパートに到着し、門の前で後付けであろうオートロックの番号を押して解除してから玄関に向かう。
雄大は朝起きれるか不安なときは、いつも起こしてもらえるようにと玄関の鍵を開けたままにしている。
不用心なやつだよなと思いながら、インターホンを鳴らしても返事がないことを確認してから玄関のドアを開けた。
(はぁ、やっぱり寝てんじゃん)
「おーい、雄大。起きろー!!」
俺の声を聞いてうるさいとでも言いたそうに布団の中にモゾモゾと潜っていく。
「起きろって!遅刻すんぞ」
もう一度さっきより大きめの声でいうと、綺麗なハイトーンカラーの髪をボサボサにした雄大の頭だけが布団から出てきた。
「う……ん?あさひぃ?」
「うん?じゃない。起きろって」
「へぇ、またこんどねえ……」
「はぁ……」
意味不明な返事をして、なかなか起きそうにない雄大を本格的に起こそうと、背負っていたリュックをベッドの横に下ろした。
「おーい。お前がこの授業絶対出るから起こしてって言ったんだろ」
前屈みになって、181cmもある大きな雄大の身体をユサユサと揺らす。
「だれ、そんなこと言ってたの……ふぁ」
「お前だろ。って、うわぁ!!」
雄大がふにゃふにゃと聞き取れない寝言を話しながら俺の腕を掴んで、思いきり引っ張った。
ドサッ。
(ぐぁっ)
腕を引っ張られて体勢を崩した俺は、勢いよくベッドに倒れ込んでしまった。
(あっ、スマホ!)
ベッドに倒れ込んだ瞬間に手に持っていたスマホが手から離れた。
ガンッと音を立てて、床に転がったスマホに視線を向けた瞬間、雄大から抱き枕にされてしまった。
「うわ、おい!」
雄大が俺の両腕ごと抱きしめてきたから、気をつけの体勢になってしまって身動きができない。
「くろ……いいにおい。いつシャンプーしたの……」
雄大が寝ぼけて俺の匂いを嗅いでくる。
実家で飼っている黒のラブラドールレトリーバーと遊んでいる夢でも見ているのだろう。
「俺はお前ん家の犬じゃねえって、起きろ」
雄大が俺の頭にすりすりと頬をすり寄せてくる。
「くろ……あったかいねえ……」
「お、おい。ゆうだいっ!起きろって」
今度は俺よりも大きくて、体格の良い身体の雄大が寝返りとともに、上に乗りかかってきた。
雄大の長い手足が俺に絡みついてきて振り解けない。
(ちょ、ちょっと待って……これは、ほんとにやばい。やばいやばい、どうしよ。近い)
手足の長さに加え、程よく鍛えられた筋肉の弾力が服越しに伝わってくる。
(っ、だめだ。全く振り解けない)
絡みついてくる雄大の身体から逃れようとすればするほど、逃すまいと寝ぼけながら強く抱きしめてくる。
(あーもう!!まず、なんでこいつは目覚ましかけてねえんだよ……)
寝ぼけている割には力の強い雄大に抵抗できず、両手は気をつけの姿勢のままから動かせそうにない。
雄大の寝息と、ドキドキと無駄に大きくなる自分の心臓の2つの音だけが聞こえる。
(くっそ……)
雄大の胸に押し付けられている頭を何とか動かし、壁に掛かっている時計を見た。
(は?8時54分!?)
雄大のアパートから大学の教室までは、最低でも15分はかかる。
今起きたとしても、雄大に服を着せて、鞄にとりあえず筆記用具を詰め込ませ、鍵を閉めて家を出るだけでも10分はかかるだろう。
今からどれだけ走っても20分以上の遅刻になる。
授業開始後15分が経てば、到着しても欠席扱いになってしまう。
今から全力で走っても間に合わない1限目の授業を雄大の腕の中で諦めることにした。
全然起きない雄大の腕の中で1限目の出席を諦め、起こせずにいる俺は目の前にある雄大の顔を眺める以外何もできない。
せっかくだから、すぅすぅと寝息を立てている雄大の顔を改めてジッと眺めてみる。
スッと通った細い鼻筋に、卵型の綺麗な輪郭、閉じた目から伸びる長いまつ毛。
雄大の服から香る柔軟剤の匂いや、雄大の少し高い体温は、ドキドキするのに安心もする。
(っふふ。口、開いてんじゃん。寝言言ってるからだろ)
半開きになってよだれを垂らしている口でさえ、雄大に片想いしている俺にとっては愛おしい。
かっこいい見た目に反して、甘えたで、几帳面なくせにめんどくさがりな雄大を見ていると、放っておけなくてお節介をやいてしまう。
気がつけばついなんでも許してしまうから、俺はつくづく雄大に甘い。
「へへ……くろだいすき……」
(はぁ。これが、クロを抱きしめる夢じゃなくて、俺を抱きしめる夢を見てくれてたらな……)
片想いをしている俺にとって、今の不可抗力によってできた状況は嬉しいはずなのに、虚しくもなってくる。
まあ、こんなだらしない雄大を見られるのは自分だけだと思うと、俺は顔が緩んでくるから好きって感情は厄介だ。
「あれ?なんで朝陽、僕のベッドには入ってきてんの?」
雄大に抱きしめられて30分ぐらい経った頃だった。
雄大の顔を眺めるのにも飽きてウトウトしていた俺に、雄大が俺を抱きしめたまま尋ねてきた。
「お前が俺をベッドに引きずり込んだんだよ」
「へえ?そうなんだ。……男2人だとベッド狭いね」
「狭いねじゃない。先にごめんなさいだろ。時間見てみろ、時間」
雄大はスマホ、スマホ……と言って、僕を押しつぶしながら床に転がっている自分のスマホを取ろうと探す。
「うっ……んぐ……」
遠慮なく俺の上に乗ってきた雄大に思わず変な声が漏れてしまった。
「重た。っ、まずスマホの前に、俺を離せ」
「あぁ、ごめん」
さらりと温度のない謝罪された。
俺を抱き枕のようにしていた雄大からやっと解放されて、ベッドの下にドタっと転がり落ちる。
「1限目、行けなかったかったんだけど」
目を細め、ジトっとした目で雄大を見る。
「うーん……ごめん、朝陽。……なんか1限目ってさ、なんで9時開始なんだろうね。早いよね。1日に授業そんなに詰め込まなくてもよくない?1日最大でも3限……いや、4……」
ほんの5秒くらい、しゅんとしたと思ったら、すぐに自分の寝坊を棚に上げて、大学のシステムに文句を言う雄大の自由っぷりに笑ってしまった。
「そこじゃねーよ。お前が早く起きたら済むんだろ」
「うん。でも、それができたら苦労しないよね。ふぁ……じゃあ、おやすみ」
反省もせず潔く二度寝をキメようとする雄大の布団を奪う。
雄大は、うぅ……と呻きながらベッドの上で丸まっている。
「とりあえず起きろって」
「眠たすぎて、瞼が離れたくなさそう」
「うるさい」
モゾモゾと動き、正座したと思ったら今度は頭をベッドにつけて、そのまま寝ようとする雄大に「寝るなよ」と声をかけると、しわしわの顔をしながら、ベッドからようやく下りてきた。
やっと立ち上がったと思ったら、すぐに俺の肩に頭を乗せてもたれてくる。
「ね、あさひ。モーニングでも食べに行こう?」
至近距離で眠たそうな雄大の掠れた声が聞こえて、変な声をあげそうになった。
「……っ、はいはい、行こうな」
「ふぁぁ……外出る用意1分でしてくる」
雄大は俺の肩に乗せた頭をグリグリと押しつけ眠たそうにしている。
「はいよ」と適当に返事をして、のそのそ動く雄大の身支度が終わるまで、テレビを見ながら待つことにした。
花村 朝陽(はなむら あさひ)は洗面台で癖のない黒髪をサラッと整え、藍色っぽい色をしたストライプ柄のTシャツを着て、叶わぬ恋の相手である水瀬雄大(みなせ ゆうだい)のアパートへ向かって出発する。
「はーあっついな、今日も」
まだ8時半前だというのに、太陽からのジリジリと強い日差しに出勤へ向かう人は日傘を差したり、通学中の学生がハンディファンを持って歩いている。
もうすぐ大学に入ってから3度目の夏休みが来る。
3度目の夏休みということは、俺が雄大への想いに気づいてから3年になるということだ。
(今日の授業の欠席回数、結構ギリなんだよなー。あいつちゃんと起きっかな)
大学の授業は欠席が許される回数が決まっているから、前期の終わりが近いこの時期は、自分だけじゃなく雄大の出席状況にまで敏感になる。
俺のアパートから大学へ向かって5分くらい歩くと雄大の家に着く。
2人とも1人暮らしだから、お互いの家にはよく行き来している。
雄大のアパートに到着し、門の前で後付けであろうオートロックの番号を押して解除してから玄関に向かう。
雄大は朝起きれるか不安なときは、いつも起こしてもらえるようにと玄関の鍵を開けたままにしている。
不用心なやつだよなと思いながら、インターホンを鳴らしても返事がないことを確認してから玄関のドアを開けた。
(はぁ、やっぱり寝てんじゃん)
「おーい、雄大。起きろー!!」
俺の声を聞いてうるさいとでも言いたそうに布団の中にモゾモゾと潜っていく。
「起きろって!遅刻すんぞ」
もう一度さっきより大きめの声でいうと、綺麗なハイトーンカラーの髪をボサボサにした雄大の頭だけが布団から出てきた。
「う……ん?あさひぃ?」
「うん?じゃない。起きろって」
「へぇ、またこんどねえ……」
「はぁ……」
意味不明な返事をして、なかなか起きそうにない雄大を本格的に起こそうと、背負っていたリュックをベッドの横に下ろした。
「おーい。お前がこの授業絶対出るから起こしてって言ったんだろ」
前屈みになって、181cmもある大きな雄大の身体をユサユサと揺らす。
「だれ、そんなこと言ってたの……ふぁ」
「お前だろ。って、うわぁ!!」
雄大がふにゃふにゃと聞き取れない寝言を話しながら俺の腕を掴んで、思いきり引っ張った。
ドサッ。
(ぐぁっ)
腕を引っ張られて体勢を崩した俺は、勢いよくベッドに倒れ込んでしまった。
(あっ、スマホ!)
ベッドに倒れ込んだ瞬間に手に持っていたスマホが手から離れた。
ガンッと音を立てて、床に転がったスマホに視線を向けた瞬間、雄大から抱き枕にされてしまった。
「うわ、おい!」
雄大が俺の両腕ごと抱きしめてきたから、気をつけの体勢になってしまって身動きができない。
「くろ……いいにおい。いつシャンプーしたの……」
雄大が寝ぼけて俺の匂いを嗅いでくる。
実家で飼っている黒のラブラドールレトリーバーと遊んでいる夢でも見ているのだろう。
「俺はお前ん家の犬じゃねえって、起きろ」
雄大が俺の頭にすりすりと頬をすり寄せてくる。
「くろ……あったかいねえ……」
「お、おい。ゆうだいっ!起きろって」
今度は俺よりも大きくて、体格の良い身体の雄大が寝返りとともに、上に乗りかかってきた。
雄大の長い手足が俺に絡みついてきて振り解けない。
(ちょ、ちょっと待って……これは、ほんとにやばい。やばいやばい、どうしよ。近い)
手足の長さに加え、程よく鍛えられた筋肉の弾力が服越しに伝わってくる。
(っ、だめだ。全く振り解けない)
絡みついてくる雄大の身体から逃れようとすればするほど、逃すまいと寝ぼけながら強く抱きしめてくる。
(あーもう!!まず、なんでこいつは目覚ましかけてねえんだよ……)
寝ぼけている割には力の強い雄大に抵抗できず、両手は気をつけの姿勢のままから動かせそうにない。
雄大の寝息と、ドキドキと無駄に大きくなる自分の心臓の2つの音だけが聞こえる。
(くっそ……)
雄大の胸に押し付けられている頭を何とか動かし、壁に掛かっている時計を見た。
(は?8時54分!?)
雄大のアパートから大学の教室までは、最低でも15分はかかる。
今起きたとしても、雄大に服を着せて、鞄にとりあえず筆記用具を詰め込ませ、鍵を閉めて家を出るだけでも10分はかかるだろう。
今からどれだけ走っても20分以上の遅刻になる。
授業開始後15分が経てば、到着しても欠席扱いになってしまう。
今から全力で走っても間に合わない1限目の授業を雄大の腕の中で諦めることにした。
全然起きない雄大の腕の中で1限目の出席を諦め、起こせずにいる俺は目の前にある雄大の顔を眺める以外何もできない。
せっかくだから、すぅすぅと寝息を立てている雄大の顔を改めてジッと眺めてみる。
スッと通った細い鼻筋に、卵型の綺麗な輪郭、閉じた目から伸びる長いまつ毛。
雄大の服から香る柔軟剤の匂いや、雄大の少し高い体温は、ドキドキするのに安心もする。
(っふふ。口、開いてんじゃん。寝言言ってるからだろ)
半開きになってよだれを垂らしている口でさえ、雄大に片想いしている俺にとっては愛おしい。
かっこいい見た目に反して、甘えたで、几帳面なくせにめんどくさがりな雄大を見ていると、放っておけなくてお節介をやいてしまう。
気がつけばついなんでも許してしまうから、俺はつくづく雄大に甘い。
「へへ……くろだいすき……」
(はぁ。これが、クロを抱きしめる夢じゃなくて、俺を抱きしめる夢を見てくれてたらな……)
片想いをしている俺にとって、今の不可抗力によってできた状況は嬉しいはずなのに、虚しくもなってくる。
まあ、こんなだらしない雄大を見られるのは自分だけだと思うと、俺は顔が緩んでくるから好きって感情は厄介だ。
「あれ?なんで朝陽、僕のベッドには入ってきてんの?」
雄大に抱きしめられて30分ぐらい経った頃だった。
雄大の顔を眺めるのにも飽きてウトウトしていた俺に、雄大が俺を抱きしめたまま尋ねてきた。
「お前が俺をベッドに引きずり込んだんだよ」
「へえ?そうなんだ。……男2人だとベッド狭いね」
「狭いねじゃない。先にごめんなさいだろ。時間見てみろ、時間」
雄大はスマホ、スマホ……と言って、僕を押しつぶしながら床に転がっている自分のスマホを取ろうと探す。
「うっ……んぐ……」
遠慮なく俺の上に乗ってきた雄大に思わず変な声が漏れてしまった。
「重た。っ、まずスマホの前に、俺を離せ」
「あぁ、ごめん」
さらりと温度のない謝罪された。
俺を抱き枕のようにしていた雄大からやっと解放されて、ベッドの下にドタっと転がり落ちる。
「1限目、行けなかったかったんだけど」
目を細め、ジトっとした目で雄大を見る。
「うーん……ごめん、朝陽。……なんか1限目ってさ、なんで9時開始なんだろうね。早いよね。1日に授業そんなに詰め込まなくてもよくない?1日最大でも3限……いや、4……」
ほんの5秒くらい、しゅんとしたと思ったら、すぐに自分の寝坊を棚に上げて、大学のシステムに文句を言う雄大の自由っぷりに笑ってしまった。
「そこじゃねーよ。お前が早く起きたら済むんだろ」
「うん。でも、それができたら苦労しないよね。ふぁ……じゃあ、おやすみ」
反省もせず潔く二度寝をキメようとする雄大の布団を奪う。
雄大は、うぅ……と呻きながらベッドの上で丸まっている。
「とりあえず起きろって」
「眠たすぎて、瞼が離れたくなさそう」
「うるさい」
モゾモゾと動き、正座したと思ったら今度は頭をベッドにつけて、そのまま寝ようとする雄大に「寝るなよ」と声をかけると、しわしわの顔をしながら、ベッドからようやく下りてきた。
やっと立ち上がったと思ったら、すぐに俺の肩に頭を乗せてもたれてくる。
「ね、あさひ。モーニングでも食べに行こう?」
至近距離で眠たそうな雄大の掠れた声が聞こえて、変な声をあげそうになった。
「……っ、はいはい、行こうな」
「ふぁぁ……外出る用意1分でしてくる」
雄大は俺の肩に乗せた頭をグリグリと押しつけ眠たそうにしている。
「はいよ」と適当に返事をして、のそのそ動く雄大の身支度が終わるまで、テレビを見ながら待つことにした。



