4話

 家に帰ると、凛月は一目散に自室に入った。
 リビングに母親がいたような気がしたが、気にする余裕などなかった。
 部屋に入り、鍵を閉めると凛月はそっとスマホの画面をつけた。
 カメラロールを開く。そこには今日撮った写真が何枚も入っていた。

 ウィッグをかぶった自分。メイクで整えられた自分。
 まるで別人のように見えるその姿。でも、紛れもなく自分自身だった。

 スクロールしては立ち止まり、また戻っては見つめる。
 可愛いと言われたいと願ってきた。
 けれど、直接、誰かに「可愛い」と言われたのは、今日が初めてだ。

 ――一ノ瀬は、本気で言ってくれたのだろうか。

 ふと、スクロールしていた指が止まる。
 たとえお世辞だったとしても、それはそれで構わないはずだ。
 なのに、自分はどうして、こんなにも一ノ瀬の言葉の真意を気にしているのだろう。

 moonのアカウントを開く。
 今日の写真を、そっと投稿欄にドラッグする。
 投稿画面には、空白のキャプション欄。

 ――何も、書かなくていいか。

 そのまま、投稿ボタンをタップする。
 今日の出来事を言葉にするには少し難しかった。

 投稿ボタンを押すと、すぐに通知が鳴った。スキマさんからの反応だった。

 《今日も可愛いです!》

 胸がふっと温かくなる。
 でも、一ノ瀬に言われたときの、あの衝撃には届かない。

「やっぱり……目の前で言われるのと、画面越しじゃ違うのかな」

 ぽつりと漏れた独り言が、自分でも思ったより静かで、どこか切なかった。

「あれ、そういえば」

 ふと思い立ち、凛月はそのままスキマさんのプロフィールをタップする。
 過去の投稿を遡っていくと、目に留まったのは――。

「これ」

 スクロールの指が止まった。
 画面に映っていたのは、今日一ノ瀬が使ったあのブルーのアイシャドウだった。
 どこかで見た記憶がある気がしていた。それは、ここだったのか。

「スキマさんも、同じの使ってる……?」

 偶然かもしれない。凛月はゆっくりと首を傾げる。

 一ノ瀬は、moonの存在を知っていた。
 もしかすると、moonの投稿を見ている人――つまり、スキマさんかもしれない。

「……スキマさんって、一ノ瀬なのか?」

 小さな疑問が胸に浮かぶ。
 すると、もう一度スマホに通知が来た。

《今度、写真撮らせてもらえませんか?》

 その一文に、凛月はしばらく指を止めた。
 そういえば今日、一ノ瀬はあまり写真を撮ってなかったように思う。
 ただこの一言だけで一ノ瀬=スキマさんと結びつけるには無理がある気がする。

「わかんない……」

 確かめる方法はひとつ。直接、聞くしかない。

「……まあ、いいか」

 もしかしたら、一ノ瀬はそれを知られたくないのかもしれない。
 凛月は、一ノ瀬の距離感を詰めすぎないその姿勢を好ましいと思っていた。
 であれば、自分も深く追求しないまでだ。