19話
購買で頼まれた紙コップと紙皿を手に取って戻ろうとしたとき、角を曲がった先で、ばったりと一ノ瀬と鉢合わせた。
「あ、凛月。ちょうどよかった。持つよ、それ」
一ノ瀬が自然に手を伸ばしてくる。
けれど、凛月は反射的に一歩後ろに下がってしまった。
「……いい、自分で持てるから」
一ノ瀬の手が中途半端なところで止まる。
凛月は、自分の声が思った以上に冷たかったことに、すぐ気づいた。
「……そっか」
短く返されたその言葉には、どこか寂しげな響きがあった。
二人の間に、ぎこちない空気が流れる。
「ごめん、急いでるから」
会話はそれ以上続かず、凛月は逃げるように教室に走る。
午後の時間は、どこか他人事のように過ぎていった。
接客中も、笑顔をつくることはできたけれど、心がついてこなかった。
ふと目を向けると、一ノ瀬が向こうのテーブルで別のクラスメイトと話している姿が目に入った。時折笑顔を見せるその姿を見て、凛月はため息を漏らす。
一ノ瀬の笑顔は、自分だけに向けられたものじゃないのだと、当たり前のことが胸に刺さった。
自分は、いつの間にか欲張りになっていたのだと思った。
――一ノ瀬に他に好きな人がいたとしても、自分のことを好きと言ってくれた気持ちにはきっと嘘はない。
もしかしたら、一ノ瀬にも一ノ瀬なりの事情があるのかもしれない。
けれど、「他に好きな人がいる」という言葉が、どうしても胸の奥に引っかかって離れない。
なんでもないふりをしながら、凛月は最後まで自分の役割をこなす。
終わりのチャイムが鳴る頃には、どっと疲れが押し寄せていた。
すべての催しを終え、教室は喧騒の余韻を残して静けさを取り戻していた。
外には後夜祭に向けて人が集まり始めていた。
すっかりと外は日が落ちていた。
凛月はカーテン越しにその光景を見下ろしていた。
外野ステージを照らす照明がちらちらと揺れ、笑い声や音楽が風に乗って教室まで届く。
手元には後片付け中に配られたジュースの缶が握られていた。けれど、一口も飲まれていない。
ふと、背後から声がした。
「……待っててくれたんだ」
振り向くと、教室の入り口の前に一ノ瀬が立っていた。
窓から差し込む外の明かりが彼の顔を淡く照らしている。
「約束したから」
そう言って目線を逸らす凛月。
「ねえ、なんか怒ってる?」
そう、迷子の子供のように尋ねる一ノ瀬。
凛月は、目を逸らしたままぶっきらぼうに答える。
「俺には湊さんのこと聞いてきたくせに、自分は何も言わないつもりなの?」
その言葉に、一ノ瀬は驚いたように目を見開く。
そして気まずそうに、視線を下げた。
「……東雲は、中学のときの同級生なんだ」
曖昧に始まる説明。その声音に迷いが混じる。
けれど、一ノ瀬はすぐに顔を上げ、少し息を吸って口を開いた。
「ちょっと、話してもいい?」
「なにを?」
「ずっと言えなかったこと」
そう言うと、一ノ瀬は後ろ手に教室のドアに鍵をかけ、一ノ瀬は凛月の方にそっと歩み寄る。
「一年生の頃から凛月のこと見てた」
「え……?」
凛月は目を瞬かせた。
自分と一ノ瀬が初めて会話を交わしたのは、二年生になってからだ。
なのに。
「覚えてないと思うけど、入学式の日。俺たちは話してるんだ」
凛月は一ノ瀬の言葉に耳を傾けた。
購買で頼まれた紙コップと紙皿を手に取って戻ろうとしたとき、角を曲がった先で、ばったりと一ノ瀬と鉢合わせた。
「あ、凛月。ちょうどよかった。持つよ、それ」
一ノ瀬が自然に手を伸ばしてくる。
けれど、凛月は反射的に一歩後ろに下がってしまった。
「……いい、自分で持てるから」
一ノ瀬の手が中途半端なところで止まる。
凛月は、自分の声が思った以上に冷たかったことに、すぐ気づいた。
「……そっか」
短く返されたその言葉には、どこか寂しげな響きがあった。
二人の間に、ぎこちない空気が流れる。
「ごめん、急いでるから」
会話はそれ以上続かず、凛月は逃げるように教室に走る。
午後の時間は、どこか他人事のように過ぎていった。
接客中も、笑顔をつくることはできたけれど、心がついてこなかった。
ふと目を向けると、一ノ瀬が向こうのテーブルで別のクラスメイトと話している姿が目に入った。時折笑顔を見せるその姿を見て、凛月はため息を漏らす。
一ノ瀬の笑顔は、自分だけに向けられたものじゃないのだと、当たり前のことが胸に刺さった。
自分は、いつの間にか欲張りになっていたのだと思った。
――一ノ瀬に他に好きな人がいたとしても、自分のことを好きと言ってくれた気持ちにはきっと嘘はない。
もしかしたら、一ノ瀬にも一ノ瀬なりの事情があるのかもしれない。
けれど、「他に好きな人がいる」という言葉が、どうしても胸の奥に引っかかって離れない。
なんでもないふりをしながら、凛月は最後まで自分の役割をこなす。
終わりのチャイムが鳴る頃には、どっと疲れが押し寄せていた。
すべての催しを終え、教室は喧騒の余韻を残して静けさを取り戻していた。
外には後夜祭に向けて人が集まり始めていた。
すっかりと外は日が落ちていた。
凛月はカーテン越しにその光景を見下ろしていた。
外野ステージを照らす照明がちらちらと揺れ、笑い声や音楽が風に乗って教室まで届く。
手元には後片付け中に配られたジュースの缶が握られていた。けれど、一口も飲まれていない。
ふと、背後から声がした。
「……待っててくれたんだ」
振り向くと、教室の入り口の前に一ノ瀬が立っていた。
窓から差し込む外の明かりが彼の顔を淡く照らしている。
「約束したから」
そう言って目線を逸らす凛月。
「ねえ、なんか怒ってる?」
そう、迷子の子供のように尋ねる一ノ瀬。
凛月は、目を逸らしたままぶっきらぼうに答える。
「俺には湊さんのこと聞いてきたくせに、自分は何も言わないつもりなの?」
その言葉に、一ノ瀬は驚いたように目を見開く。
そして気まずそうに、視線を下げた。
「……東雲は、中学のときの同級生なんだ」
曖昧に始まる説明。その声音に迷いが混じる。
けれど、一ノ瀬はすぐに顔を上げ、少し息を吸って口を開いた。
「ちょっと、話してもいい?」
「なにを?」
「ずっと言えなかったこと」
そう言うと、一ノ瀬は後ろ手に教室のドアに鍵をかけ、一ノ瀬は凛月の方にそっと歩み寄る。
「一年生の頃から凛月のこと見てた」
「え……?」
凛月は目を瞬かせた。
自分と一ノ瀬が初めて会話を交わしたのは、二年生になってからだ。
なのに。
「覚えてないと思うけど、入学式の日。俺たちは話してるんだ」
凛月は一ノ瀬の言葉に耳を傾けた。
