16話
静かな踊り場に、遠くから文化祭のざわめきだけが微かに届いてくる。
やがて、一ノ瀬は壁に背を預けて、ふぅと息を吐いた。
「……ちょっと座ろ」
「うん」
凛月も隣に腰を下ろす。ふたりの肩が、少しだけ触れる距離。
しばらく沈黙が流れたのち、凛月がゆっくりと口を開いた。
「さっきの話、ちゃんとするね。湊さんのこと」
一ノ瀬が小さく反応して、横目でちらりと凛月を見る。
「ネットで知り合った人。ハンドルネームは『スキマ』さん。俺のアカウント、moonって名前でやってるっていうのは知ってるよね?」
一ノ瀬は無言で頷いた。やっぱり知っていたようだ。
「うん。そこでよくコメントくれてた人。メイクとかコスメにすごく詳しくて、いろいろ教えてもらったり、やりとりしてて……実際に会ったのは、この前、一ノ瀬と喧嘩した日」
一ノ瀬の表情がわずかに曇る。
「……あの時か」
「うん。すっごく落ち込んでて、誰かに話聞いてほしくて、会うことにした。実はさ、スキマさんって、女の人か……あるいは一ノ瀬なんじゃないかって、ちょっと思ってた」
「俺? なんで?」
一ノ瀬は目を瞬かせる。
「だってさ、一ノ瀬、前に俺のアカウント知ってるっぽい言い方したじゃん。だからフォロワーなのかなって……」
「いや、フォローはしてないけど……」
言い淀むその返事に、ほんの少しだけ違和感が残ったが、凛月は続ける。
「湊さんは初対面だったけど、思ってたより優しくて、変な人ではなかったよ。ちゃんと話を聞いてくれて……すごく助けられた」
一ノ瀬はしばらく何も言わなかった。
その横顔は、何かを噛みしめるような苦い表情をしている。
「……まあ。会ったことは、百歩譲っていいとする。凛月の友達っていうなら」
「うん」
「でも、あんま気、許しすぎんなよ。あいつ、笑ってたけど、目がぜんぜん笑ってなかった」
「……わかった。ありがとう。気をつける」
一ノ瀬の横顔はまだ少し苦々しいままだったが、とりあえずは納得してくれたようだった。
「ねえ、一ノ瀬」
「ん?」
凛月は今しかない、と思い声をかける。
「どうして、moonが俺だって、気づいたの?」
一ノ瀬の肩がわずかに動く。視線は前を向いたまま、少しだけ口を開いた。
「それは――」
一ノ瀬が語ろうとしたその瞬間、
「ちょっとー! なに勝手にサボってるの、うちのクラスの客寄せコンビ!」
明るく響く声に、顔を上げる。
階段の下にクラスメイトが立っている。どうやら探しに来たらしい。
そういえば、もうとっくに休憩時間は過ぎていた。
「悪い、あまりにも人が来るから、ちょっとだけ休憩」
一ノ瀬は悪びれもせず、いつもの調子で返す。
「……文化祭が大事な話がある」
一ノ瀬は、そう小声で囁いて、立ち上がった。
凛月はその横顔を見つめ、小さく頷いた。
静かな踊り場に、遠くから文化祭のざわめきだけが微かに届いてくる。
やがて、一ノ瀬は壁に背を預けて、ふぅと息を吐いた。
「……ちょっと座ろ」
「うん」
凛月も隣に腰を下ろす。ふたりの肩が、少しだけ触れる距離。
しばらく沈黙が流れたのち、凛月がゆっくりと口を開いた。
「さっきの話、ちゃんとするね。湊さんのこと」
一ノ瀬が小さく反応して、横目でちらりと凛月を見る。
「ネットで知り合った人。ハンドルネームは『スキマ』さん。俺のアカウント、moonって名前でやってるっていうのは知ってるよね?」
一ノ瀬は無言で頷いた。やっぱり知っていたようだ。
「うん。そこでよくコメントくれてた人。メイクとかコスメにすごく詳しくて、いろいろ教えてもらったり、やりとりしてて……実際に会ったのは、この前、一ノ瀬と喧嘩した日」
一ノ瀬の表情がわずかに曇る。
「……あの時か」
「うん。すっごく落ち込んでて、誰かに話聞いてほしくて、会うことにした。実はさ、スキマさんって、女の人か……あるいは一ノ瀬なんじゃないかって、ちょっと思ってた」
「俺? なんで?」
一ノ瀬は目を瞬かせる。
「だってさ、一ノ瀬、前に俺のアカウント知ってるっぽい言い方したじゃん。だからフォロワーなのかなって……」
「いや、フォローはしてないけど……」
言い淀むその返事に、ほんの少しだけ違和感が残ったが、凛月は続ける。
「湊さんは初対面だったけど、思ってたより優しくて、変な人ではなかったよ。ちゃんと話を聞いてくれて……すごく助けられた」
一ノ瀬はしばらく何も言わなかった。
その横顔は、何かを噛みしめるような苦い表情をしている。
「……まあ。会ったことは、百歩譲っていいとする。凛月の友達っていうなら」
「うん」
「でも、あんま気、許しすぎんなよ。あいつ、笑ってたけど、目がぜんぜん笑ってなかった」
「……わかった。ありがとう。気をつける」
一ノ瀬の横顔はまだ少し苦々しいままだったが、とりあえずは納得してくれたようだった。
「ねえ、一ノ瀬」
「ん?」
凛月は今しかない、と思い声をかける。
「どうして、moonが俺だって、気づいたの?」
一ノ瀬の肩がわずかに動く。視線は前を向いたまま、少しだけ口を開いた。
「それは――」
一ノ瀬が語ろうとしたその瞬間、
「ちょっとー! なに勝手にサボってるの、うちのクラスの客寄せコンビ!」
明るく響く声に、顔を上げる。
階段の下にクラスメイトが立っている。どうやら探しに来たらしい。
そういえば、もうとっくに休憩時間は過ぎていた。
「悪い、あまりにも人が来るから、ちょっとだけ休憩」
一ノ瀬は悪びれもせず、いつもの調子で返す。
「……文化祭が大事な話がある」
一ノ瀬は、そう小声で囁いて、立ち上がった。
凛月はその横顔を見つめ、小さく頷いた。
