アヤカシの担ぐ籠に乗るのは、これで何度目だろう。
 しばらくの間揺られて、ようやく止まり戸が開かれたかと思うと、先に外にでていた詩が顔を覗かせた。

「紬、着いたよ」

 そう言って、こちらに向かって手を伸ばす。
 手を取って外に出ると、目の前には古びたお堂が立っていた。

「これが、あなたが連れて来たかった場所?」

 詩に母親との話をし、一緒に行ってほしいところがあると言われてから数日。
 悪かった体調も元に戻り、ここまで連れてこられた。
 しかし、詩は首を横に振る。

「いや。ここはまだ途中だよ。連れていきたいのは、このお堂の向こう側」
「向こう側?」

 意味深な言い回しに首を傾げるが、とりあえず、彼の後ろについてお堂の中に入っていく。
 この中には入るのは二人だけのようで、籠を担いでいたアヤカシ達は、その場に残っていた。

 薄暗いお堂の中を歩くがその間会話はほとんどない。
 と言うより、以前に母親の話を出して以来、詩と話すことが明らかに少なくなっていた。

(あなたは、いったい何を考えてるの? お母さんの何を知ってるっていうのよ?)

 自分は母親から嫌われている。それだけのことをしたのだから当然だ。
 なのに詩は、頑なにそんなことはないと言い続けた。
 どうしてそこまでハッキリと言えるのか。未だにさっぱりわからない。

 そんなことを考えながら歩いていたのがいけなかったのだろう。床にある僅かな段差に躓き、よろける。
 すると、それに気づいた詩がすかさず受け止めた。

「大丈夫? 足元が見にくいから、気をつけて」
「え……ええ」

 抱き止められるような体勢になってしまったが、恥ずかしさよりも気まずさが出てくる。
 そんな気持ちを少しでもそれを紛らわそうと、とっさに別の話題を出した。

「ここって、あの場所と似ているわよね。私が、人間の世界からこっちにやってくる時に通った、あのお堂に」

 玉藻の家に嫁入りするため、常貞たちに連れられやって来た、山の中のお堂。
 そこで詩と初めて出会い、さらにそのお堂のもうひとつの出口をくぐることで、アヤカシの世界にやってきた。
 このお堂は、そことよく似ていた。

「実際、似たようなものだよ。ここもあそこも、アヤカシの世界と人間の世界を繋ぐ場所になってるんだ」
「えっ!? じゃあここも、人間の世界に繋がってるの?」

 思いがけない言葉に驚く紬。似ているのは、見た目だけではなかったようだ。

「二つの世界には、それぞれ繋がりやすい場所っていうのがあって、ここも前に行ったお堂も、そんなところのひとつなんだ。この中でちゃんとした手順を踏めば二つの世界を行き来できるし、周辺でも、たまに繋がることがある。神隠しって言葉があるだろ。それは、こんな場所の近くでたまたま世界が繋がって、それに人間が巻き込まれたってことが多いんだ」
「人間にとっては迷惑な話ね」

 何も知らずに突然アヤカシの世界に行くなんてことになったら、怖いなんてものではすまないだろう。

「だから、なるべくそんなことが起きないよう、玉藻家が管理してるんだよ。といっても、ここはそこまで重要な場所ってわけじゃないけどね」
「そうなの?」
「ああ。たまたま繋がりやすい場所だから、一応押さえておくってくらい。昔、当主候補の一人だった俺の父さんが、その争いから降りた。その途端、厄介払いのような感じで飛ばされた閑職が、ここの管理。って言ったら、どれだけ適当な扱いかわかるかな」

 軽い感じで語る詩。
 だが紬は、お堂のこと以上に、当主争いの方が気になった。

「あなたのお母さん、人間なのよね。アヤカシは見えるけど、私と違って霊力はそこまで高くない。そしてお父さんは、そんな人と一緒になったから、当主争いから降ろされた」

 ゆっくり確認するように言う。これが、玉藻の本家で聞いた、当主争いの話。そして、詩の両親についての話だ。

 詩はそのことをどう思っているだろう。古空の言っていた通り、父親の受けた不遇な扱いについて、思うことがあるのではないか。
 じっと様子を伺い、詩の反応を見る。
 すると詩は、実にあっさり言い放った。

「そこまで知ってるんだ。まあ父さんは、母さんと一緒になった時点で、当主争いなんて興味をなくしたみたいだけどね」

 そうして、ケラケラと笑い出す。
 そこに、紬が思っていたような悲壮感は、全く感じられなかった。

「そんな扱いを受けて、悔しいとか思わなかったの?」
「別に。そもそも、玉藻の本家ってあんな感じだろ。あんな怪しくて息がつまるような場所で当主やるなんて、よっぽどの理由がない限りごめんだよ」

 それは確かにと、紬も少し納得する。
 もしも自分がアヤカシの世界に生まれていたとしても、あんな殺伐とした場所ですごすなど遠慮したい。
 だが、今の話には納得できないところがあった。

「ちょっと待って。じゃああなたは、どうして当主争いなんてやってるのよ」

 当主になるのが嫌なら、当主争いなど始めから加わらなければいい。
 なのに詩は、加わるどころか、次期当主の筆頭候補。言っていることとやっていることが、まるで噛み合わない。

「よっぽどの理由がない限りごめんだって言っただろ。よっぽどの理由ができたから、当主になるって決めた。それだけだよ」
「よっぽどの理由って、なによそれ?」
「紬だよ。忘れた? 俺がこうして紬の夫になれたのは、次の当主だからだよ」
「なっ!? …………あなた、ふざけてるの?」

 一瞬ドキリとするが、これはおかしい。詩がいつ当主の座を目指すようになったかは知らないが、それなりに昔の話になるだろう。
 ついこの前会ったばかりの自分が、理由になるはずがない。
 真面目に聞いて損をしたと、文句を言いかけた時だった。
 進んでいく廊下の先に、大きな扉が見えてきた。