「紬。俺と一緒に本家に行くことになったんだけど、いい?」
「まあ、別にいいけど」
硬い表情のまま尋ねる詩。
だがここで嫌と言っても、恐らく本家側が納得しないだろう。
とはいえ、不安が無いわけではない。
「あなたは、行くのは嫌なの? さっきからずっと浮かない顔してるけど」
「あまり居心地のいいところじゃないからね。一応、親戚一同で楽しく宴会をって建前ではあるけど、隙を見せたら一瞬で寝首を搔かれるような緊張感がある」
一族の中でも、派閥争いや権力闘争があるのだろう。
月城家の親戚が集まった時も、そんな感じだった。
当主である常貞の周りに群がり、自らの益にしようとするもの。それを蹴落とそうとする者。
それぞれが欲や打算を抱いていて、そこに親類の情など微塵も感じられなかった。
「ギスギスした空気には慣れてるから、構わないわよ」
紬もできることならそんな所になど行きたくないが、断れないのなら仕方ない。
仮初とはいえ夫婦となり、そのおかげで良い扱いを受けているのだから、それに見合うだけのことはするつもりだ。
すると詩は、懐から簪を取り出し、差し出した。
「お願いがあるんだけど、本家に行く時は、ずっとこの簪を付けておいてくれないかな?」
「別にいいけど」
珊瑚で飾られた、綺麗な簪だ。
少しでも着飾っておいた方がいいのだろうか。そう思いながら、その簪を受け取ろうとする。
「もしも誰かに襲われたら、この簪を相手に突き立てて。これには俺の妖力が込められていて、刺すと相手にダメージを与えることができるから」
「はっ!?」
取ろうとした手が、ピタリと止まる。
まさか、そんな物騒な代物だとは思いもしなかった。
「ちょっと待って。誰かに襲われるって、本家ってところはそんなに危ないの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。多分。さすがに、命を取られるってことはないと思う。けど、念の為用心はしといた方がいいから」
「念の為の用心で、武器を持っておいた方がいいような場所なのね」
「えーと……まあ、そうなるかな」
とんでもない親戚の集まりがあったものだ。
月城家の親戚もギスギスはしていたが、それ以上に酷いのかもしれない。
「前にも言ったけど、アヤカシの世界、特に玉藻家は、力が全てで勝ったものが正しいみたいな考えが残っているからね。それに、その……紬の場合、強引な手を使ってでも霊力をいただこうってやつがいるかもしれないから」
「あっ……」
詩は言いにくそうにしていたが、言いたいことは理解できた。
この屋敷のアヤカシたちと一緒にいると忘れそうになるが、高い霊力を持つこの身は、アヤカシたちにとって格好の餌だ。
玉藻家の歴代当主も、ほとんどがそれを目当てに月城の娘を欲した。
そんな奴らの総本山に、これから行くことになるのだ。
「俺が正式な当主だったら、権力を使って押さえつけることもできたんだけどな。断る口実でもあればいいんだけど」
本当に、紬を連れていきたくはないのだろう。
だが今ここで断れたとしても、それを永遠に続けられるとは思えない。
「例え今行かなくても、いつかは行かなきゃいけないんじゃないの? それに、私は元々、生贄になるつもりで嫁入りしたんだし、少しくらい危ない目にあっても平気よ」
胸を張って言うが、最後のは完全か強がりだ。危ない目になど、できることならあいたくはない。
それでも、逃げられないのなら腹を括るしかない。
「俺は、紬が危ない目にあったら、平気じゃないんだけどな」
苦笑する詩。それでも、どうするかは決まったようだ。
「もしも何かあったら、その時は俺が絶対に守るから」
そう言って、紬の肩をそっと抱き寄せる。いつもなら素っ気なく振り払うところだが、今は黙ってそれを受け入れた。
本当に、心配しているのだとわかったから。
こんな風に誰かから心配されるなど、いつ以来だろう。
そう思ったとたん、なんとも言えない温かさが、胸の奥から込み上げてくる気がした。
「まあ、別にいいけど」
硬い表情のまま尋ねる詩。
だがここで嫌と言っても、恐らく本家側が納得しないだろう。
とはいえ、不安が無いわけではない。
「あなたは、行くのは嫌なの? さっきからずっと浮かない顔してるけど」
「あまり居心地のいいところじゃないからね。一応、親戚一同で楽しく宴会をって建前ではあるけど、隙を見せたら一瞬で寝首を搔かれるような緊張感がある」
一族の中でも、派閥争いや権力闘争があるのだろう。
月城家の親戚が集まった時も、そんな感じだった。
当主である常貞の周りに群がり、自らの益にしようとするもの。それを蹴落とそうとする者。
それぞれが欲や打算を抱いていて、そこに親類の情など微塵も感じられなかった。
「ギスギスした空気には慣れてるから、構わないわよ」
紬もできることならそんな所になど行きたくないが、断れないのなら仕方ない。
仮初とはいえ夫婦となり、そのおかげで良い扱いを受けているのだから、それに見合うだけのことはするつもりだ。
すると詩は、懐から簪を取り出し、差し出した。
「お願いがあるんだけど、本家に行く時は、ずっとこの簪を付けておいてくれないかな?」
「別にいいけど」
珊瑚で飾られた、綺麗な簪だ。
少しでも着飾っておいた方がいいのだろうか。そう思いながら、その簪を受け取ろうとする。
「もしも誰かに襲われたら、この簪を相手に突き立てて。これには俺の妖力が込められていて、刺すと相手にダメージを与えることができるから」
「はっ!?」
取ろうとした手が、ピタリと止まる。
まさか、そんな物騒な代物だとは思いもしなかった。
「ちょっと待って。誰かに襲われるって、本家ってところはそんなに危ないの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。多分。さすがに、命を取られるってことはないと思う。けど、念の為用心はしといた方がいいから」
「念の為の用心で、武器を持っておいた方がいいような場所なのね」
「えーと……まあ、そうなるかな」
とんでもない親戚の集まりがあったものだ。
月城家の親戚もギスギスはしていたが、それ以上に酷いのかもしれない。
「前にも言ったけど、アヤカシの世界、特に玉藻家は、力が全てで勝ったものが正しいみたいな考えが残っているからね。それに、その……紬の場合、強引な手を使ってでも霊力をいただこうってやつがいるかもしれないから」
「あっ……」
詩は言いにくそうにしていたが、言いたいことは理解できた。
この屋敷のアヤカシたちと一緒にいると忘れそうになるが、高い霊力を持つこの身は、アヤカシたちにとって格好の餌だ。
玉藻家の歴代当主も、ほとんどがそれを目当てに月城の娘を欲した。
そんな奴らの総本山に、これから行くことになるのだ。
「俺が正式な当主だったら、権力を使って押さえつけることもできたんだけどな。断る口実でもあればいいんだけど」
本当に、紬を連れていきたくはないのだろう。
だが今ここで断れたとしても、それを永遠に続けられるとは思えない。
「例え今行かなくても、いつかは行かなきゃいけないんじゃないの? それに、私は元々、生贄になるつもりで嫁入りしたんだし、少しくらい危ない目にあっても平気よ」
胸を張って言うが、最後のは完全か強がりだ。危ない目になど、できることならあいたくはない。
それでも、逃げられないのなら腹を括るしかない。
「俺は、紬が危ない目にあったら、平気じゃないんだけどな」
苦笑する詩。それでも、どうするかは決まったようだ。
「もしも何かあったら、その時は俺が絶対に守るから」
そう言って、紬の肩をそっと抱き寄せる。いつもなら素っ気なく振り払うところだが、今は黙ってそれを受け入れた。
本当に、心配しているのだとわかったから。
こんな風に誰かから心配されるなど、いつ以来だろう。
そう思ったとたん、なんとも言えない温かさが、胸の奥から込み上げてくる気がした。

