その夜。
紬がこの家に来て以来、初めて詩が夕食に顔を出す。
二人で街から帰ってきた後、自分の部屋に戻って休んでいたので、やはり相当疲れが溜まっていたようだ。
詩と紬が向かい合うような形で座り、それぞれ目の前にお膳が置かれているのだが、それを見た詩が首を傾げた。
「あれ? 今日のご飯、作り方変えた?」
この日の献立は、焼き魚にごぼうのきんぴら、山菜のおひたしに味噌汁といった、いつも見慣れているもの。
だがその一部の見た目が、なんとなく普段とは違っているような気がした。
すると、傍に座っていた忍がクスクスと笑う。
「あら、気づかれましたか? 実は、それなのですけどね……」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
何か言いかけたところで、紬が慌てる。しかし忍は、構わず続けた。
「そちら、紬様が作られたのですよ。自分にも何かできることはないか。あるならやらせてほしいって言ってきてね」
「えっ!?」
詩が驚いて紬を見ると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあこれ、紬の手作り? 俺に食べてもらいたい、的なやつ?」
「ち、違うわよ!」
詩の言葉を大声で否定する紬。
それから、顔を赤くしたままボソボソと話し始める。
「私、ここに来てから毎日ゴロゴロしてばっかりでしょ。やること無くて退屈だし、何でもしてもらってばかりじゃダメ人間になるでしょ。でもここを出て人間の世界に戻ったら、一人で暮らしていかなきゃならないんだし、そしたら自分で家事だってできるようにならなきゃいけないじゃない。だ、だから、これはその練習。別にあなたに食べてもらいたいわけじゃないし、食べたくなかったら食べなくていいわよ。他の人が作ったのもちゃんとあるし、絶対そっちの方が美味しいだろうし。って言うか私は、あなたの分まで作るつもりはなかったのよ。なのに、忍さんたちが……」
言い訳するように一気に喋ると、じとっとした目で忍を見る。しかし彼女に堪えた様子はなかった。
「あら。私たちは、詩様の分も作ってあげたら喜びますよと言っただけですよ。作ったのは、紬様の意志じゃありませんか」
「そんなの屁理屈よ」
拗ねたように口を尖らせる紬。そして詩は、今の話を聞いて、キラキラと目を輝かせていた。
「紬、そんなにも俺のために」
「違うから。あと、本当に食べなくてもいいから。あなただって、見た目が悪いからいつもと違うって気づいたんでしょ」
実は紬は、これまでまともに料理をした経験などなかった。
台所にいた料理担当のアヤカシから色々教わって作ってみたものの、初めてでうまくできるはずもない。
魚は一部が焦げていたし、切った野菜の大きさもバラバラ。
「食べるに決まってるよ。妻が俺のために愛情込めて作ってくれた料理、食べない夫がどこにいるっていうの」
「だから、あなたのためってわけじゃ……」
紬の抗議も聞かず、詩は早速食べ始める。
そうして、満面の笑みを浮かべた。
「ほら、やっぱり美味しい」
「わ、私は、いつものご飯の方がずっと美味しいと思うけど……」
お世辞だとしても、面と向かってこんなことを言われるのは恥ずかしい。
自分なんかの料理でこんなにも喜ぶなんて、どうかしていると思う。
「本当に美味しい? 変な味しない?」
「そんなことないって。紬、作ってくれてありがとう」
「うっ……」
褒められる度、お礼を言われる度、恥ずかしさが増していく。
それでも、喜ぶ詩を見ていると、少しだけ嬉しい気持ちになってくる。
「い、嫌じゃないなら、明日からも作るけど、どうする?」
紬のその言葉に、詩はますます感激し、身を震わせる。
返事は、聞くまでもなかった。
紬がこの家に来て以来、初めて詩が夕食に顔を出す。
二人で街から帰ってきた後、自分の部屋に戻って休んでいたので、やはり相当疲れが溜まっていたようだ。
詩と紬が向かい合うような形で座り、それぞれ目の前にお膳が置かれているのだが、それを見た詩が首を傾げた。
「あれ? 今日のご飯、作り方変えた?」
この日の献立は、焼き魚にごぼうのきんぴら、山菜のおひたしに味噌汁といった、いつも見慣れているもの。
だがその一部の見た目が、なんとなく普段とは違っているような気がした。
すると、傍に座っていた忍がクスクスと笑う。
「あら、気づかれましたか? 実は、それなのですけどね……」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
何か言いかけたところで、紬が慌てる。しかし忍は、構わず続けた。
「そちら、紬様が作られたのですよ。自分にも何かできることはないか。あるならやらせてほしいって言ってきてね」
「えっ!?」
詩が驚いて紬を見ると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあこれ、紬の手作り? 俺に食べてもらいたい、的なやつ?」
「ち、違うわよ!」
詩の言葉を大声で否定する紬。
それから、顔を赤くしたままボソボソと話し始める。
「私、ここに来てから毎日ゴロゴロしてばっかりでしょ。やること無くて退屈だし、何でもしてもらってばかりじゃダメ人間になるでしょ。でもここを出て人間の世界に戻ったら、一人で暮らしていかなきゃならないんだし、そしたら自分で家事だってできるようにならなきゃいけないじゃない。だ、だから、これはその練習。別にあなたに食べてもらいたいわけじゃないし、食べたくなかったら食べなくていいわよ。他の人が作ったのもちゃんとあるし、絶対そっちの方が美味しいだろうし。って言うか私は、あなたの分まで作るつもりはなかったのよ。なのに、忍さんたちが……」
言い訳するように一気に喋ると、じとっとした目で忍を見る。しかし彼女に堪えた様子はなかった。
「あら。私たちは、詩様の分も作ってあげたら喜びますよと言っただけですよ。作ったのは、紬様の意志じゃありませんか」
「そんなの屁理屈よ」
拗ねたように口を尖らせる紬。そして詩は、今の話を聞いて、キラキラと目を輝かせていた。
「紬、そんなにも俺のために」
「違うから。あと、本当に食べなくてもいいから。あなただって、見た目が悪いからいつもと違うって気づいたんでしょ」
実は紬は、これまでまともに料理をした経験などなかった。
台所にいた料理担当のアヤカシから色々教わって作ってみたものの、初めてでうまくできるはずもない。
魚は一部が焦げていたし、切った野菜の大きさもバラバラ。
「食べるに決まってるよ。妻が俺のために愛情込めて作ってくれた料理、食べない夫がどこにいるっていうの」
「だから、あなたのためってわけじゃ……」
紬の抗議も聞かず、詩は早速食べ始める。
そうして、満面の笑みを浮かべた。
「ほら、やっぱり美味しい」
「わ、私は、いつものご飯の方がずっと美味しいと思うけど……」
お世辞だとしても、面と向かってこんなことを言われるのは恥ずかしい。
自分なんかの料理でこんなにも喜ぶなんて、どうかしていると思う。
「本当に美味しい? 変な味しない?」
「そんなことないって。紬、作ってくれてありがとう」
「うっ……」
褒められる度、お礼を言われる度、恥ずかしさが増していく。
それでも、喜ぶ詩を見ていると、少しだけ嬉しい気持ちになってくる。
「い、嫌じゃないなら、明日からも作るけど、どうする?」
紬のその言葉に、詩はますます感激し、身を震わせる。
返事は、聞くまでもなかった。

