三
三か月恋人?宣言をしても気にせず日常は進んでいくようで、二学期が始まる。相変わらず学校では啓と会う機会が少ない。一学期と同様に廊下ですれ違ったり外で体育をしている姿を見かけたりするくらいだ。
皐月と啓と三人で帰っているときは、前と何も変わらない。俺と啓が聞き手に回って、皐月の話を聞く。三人の時だけは、俺たちの関係の変化がなかったことのようになる。皐月が俺のことをどう思っているかは知らないが、俺たちのことについて言えるわけがなかった。
二学期も二週間が過ぎたころ、メッセージが届いた。送り主は啓だったのできっと遊びの誘いだろうと期待しながらメッセージを開く。
《趣味ってありますか》
今まで趣味の話はしたことがないといえばないけれど、そうは言っても急だった。
《特にこれと言ってないけど、しいて言うなら映画鑑賞かな。急にどうして?》
思った通りの疑問を投げかける。画面越しだと、相手の顔が見られないから厄介だ。まあ、啓はあまり表情が変わらないタイプだけれど。
《隼太と話がしたかったから。最近は皐月さんと一緒に帰っているし。俺も小説原作の映画はたまに観る。好きなジャンルはある?》
なるほど、啓はこういう雑談系の会話を行うことが苦手なんだろうな。かといって学校でも放課後も皐月がいるし、ということか。せっかく啓が聞いてきてくれているんだし無下にはしたくない。
《俺はミステリーをよく観る。啓は?》
《俺も小説だとミステリーが好き。金城諒也とか》
俺が好きな映画の原作者の名前が出てきて驚いた。こんなに気が合いそうだったなんて思ってもみなかった。でもどうして、趣味も知らない俺のことなんかを啓は好きになったのだろう。
《俺も! 今度また映画やるよね。あれ楽しみ》
《隼太も好きだったんだ。もしよければ、映画一緒に行かない?》
水族館に行ってから初めてのお誘いだ。あの日に、皐月に怪しまれないために遊びに行く頻度は前と変えないようにしようと約束したから、それを忠実に守っていたのかもしれない。メッセージを読み返してみると、もしかしたらミステリー映画が好きと知っていて映画の話に誘導するために話を切り出した気もするけれどもうどうでもいい。今の俺は啓と遊びに行くことしか考えていない。頭の中では啓と何を話そうかと考え始めている。
楽しい時はすぐに時間が過ぎると言うが、俺にとってそれは楽しみにしている時間も含まれるようで、約束の日は思った以上に早く来た。心なしか学校の授業が普段より面白味があった気がする。
前と同じく丁寧かつ自然なエスコートで啓が俺と共に歩く。デートの定番ともいえる、車道側を歩くなどということも気づかぬ間にやられているので驚きだ。以前よりも俺に湿度のある視線をちらちらと送ってきているのもわかる。見つめられるのに我慢できずに啓の方を振り向いたら目をそらされた。ここまで露骨にされると逆に笑いがこみあげてくる。
家から一番近い映画館に着く。そういえば、最初に啓と二人きりで出かけた場所はここだった。啓から告白されるという激動の夏を過ごしたから、啓と出会った頃が遠い昔のように感じる。映画館に来ている客は多いとも少ないとも言えない微妙な混雑具合だ。チケット売り場に並ぼうとすると、啓に腕を掴まれる。
「買っておいたから」
左手で二枚の前売り券をはためかせている。今日は至れり尽くせりで申し訳なくなってきた。だから、受付の前に啓がお手洗いに行っている間、ポップコーンと飲み物を買っておいた。お手洗いから出てきた啓は、目を丸くしている。
「ジュースこれでよかった?」
「そんな、俺が買うのに」
「そこまで気を遣われちゃ俺が恥ずいよ。それに前回は啓に買ってきてもらったし。お返し」
「お、覚えていてくれたんだ」
啓の頬がほんのりと赤くなる。俺のたった一言に喜色が現れる今の啓は、出会ったころと全然違う印象だ。
「友達だから、割り勘ね」
出会ったころに映画館に行ったことを懐かしみわざとらしく口角を上げて言うと、啓は「うん」と答えるがその笑顔には陰りが見えた。無言でジュース代の小銭を渡される。しまった。今啓が俺にどんな感情を抱いてここにいるのか、忘れかけていた。啓は友達では足りないことを。でも俺が言った戯言で気落ちしてしまうのは困る。せっかくなんでも話すことができる友達ができたのに、これからすべての言動に気を付けるなんて御免だ。ここで謝ってしまったら空気が決定的に変わってしまうと思い、そろそろ行こうと声をかけた。スクリーンに着いてからは、普通に話せるようになった。しかし鑑賞中、啓のことが気になってあまり集中できずにいた。後半にさしかかり華麗な推理パートに見入っていると、ひじ掛けに置いた俺の手にひんやりとした手が重ねられた。驚いて横を見ると啓の視線はまっすぐスクリーンに向いている。平然としているけれど、啓の手が汗ばんでいることから、決死の想いで俺の手に触れたことがわかる。俺の意識を映画に戻すと、啓の硬く鍛えられた指が俺の指の隙間に入ってきた。もう俺は驚かなかった。意識は手に集められていたから映画に集中できなかったけど。
映画が終わって照明が付き、啓の手が俺から離れた。
「ごめん、嫌だった?」
俺の顔も見ずに聞いてくる。そんなに塩らしい声で言われて嫌だと言える輩がどこにいるのだろう。
「別に。手は遊園地でも触ってたし」
「そう、ならよかった」
「でも今度から確認してよ、驚くから」
「うん、ごめん」
たまにしかできないお出かけが、終わってしまう。学校で会う啓は皐月と一緒の時の啓だから、俺と遊ぶ時の啓としばらく会えないのは寂しい。
三か月恋人?宣言をしても気にせず日常は進んでいくようで、二学期が始まる。相変わらず学校では啓と会う機会が少ない。一学期と同様に廊下ですれ違ったり外で体育をしている姿を見かけたりするくらいだ。
皐月と啓と三人で帰っているときは、前と何も変わらない。俺と啓が聞き手に回って、皐月の話を聞く。三人の時だけは、俺たちの関係の変化がなかったことのようになる。皐月が俺のことをどう思っているかは知らないが、俺たちのことについて言えるわけがなかった。
二学期も二週間が過ぎたころ、メッセージが届いた。送り主は啓だったのできっと遊びの誘いだろうと期待しながらメッセージを開く。
《趣味ってありますか》
今まで趣味の話はしたことがないといえばないけれど、そうは言っても急だった。
《特にこれと言ってないけど、しいて言うなら映画鑑賞かな。急にどうして?》
思った通りの疑問を投げかける。画面越しだと、相手の顔が見られないから厄介だ。まあ、啓はあまり表情が変わらないタイプだけれど。
《隼太と話がしたかったから。最近は皐月さんと一緒に帰っているし。俺も小説原作の映画はたまに観る。好きなジャンルはある?》
なるほど、啓はこういう雑談系の会話を行うことが苦手なんだろうな。かといって学校でも放課後も皐月がいるし、ということか。せっかく啓が聞いてきてくれているんだし無下にはしたくない。
《俺はミステリーをよく観る。啓は?》
《俺も小説だとミステリーが好き。金城諒也とか》
俺が好きな映画の原作者の名前が出てきて驚いた。こんなに気が合いそうだったなんて思ってもみなかった。でもどうして、趣味も知らない俺のことなんかを啓は好きになったのだろう。
《俺も! 今度また映画やるよね。あれ楽しみ》
《隼太も好きだったんだ。もしよければ、映画一緒に行かない?》
水族館に行ってから初めてのお誘いだ。あの日に、皐月に怪しまれないために遊びに行く頻度は前と変えないようにしようと約束したから、それを忠実に守っていたのかもしれない。メッセージを読み返してみると、もしかしたらミステリー映画が好きと知っていて映画の話に誘導するために話を切り出した気もするけれどもうどうでもいい。今の俺は啓と遊びに行くことしか考えていない。頭の中では啓と何を話そうかと考え始めている。
楽しい時はすぐに時間が過ぎると言うが、俺にとってそれは楽しみにしている時間も含まれるようで、約束の日は思った以上に早く来た。心なしか学校の授業が普段より面白味があった気がする。
前と同じく丁寧かつ自然なエスコートで啓が俺と共に歩く。デートの定番ともいえる、車道側を歩くなどということも気づかぬ間にやられているので驚きだ。以前よりも俺に湿度のある視線をちらちらと送ってきているのもわかる。見つめられるのに我慢できずに啓の方を振り向いたら目をそらされた。ここまで露骨にされると逆に笑いがこみあげてくる。
家から一番近い映画館に着く。そういえば、最初に啓と二人きりで出かけた場所はここだった。啓から告白されるという激動の夏を過ごしたから、啓と出会った頃が遠い昔のように感じる。映画館に来ている客は多いとも少ないとも言えない微妙な混雑具合だ。チケット売り場に並ぼうとすると、啓に腕を掴まれる。
「買っておいたから」
左手で二枚の前売り券をはためかせている。今日は至れり尽くせりで申し訳なくなってきた。だから、受付の前に啓がお手洗いに行っている間、ポップコーンと飲み物を買っておいた。お手洗いから出てきた啓は、目を丸くしている。
「ジュースこれでよかった?」
「そんな、俺が買うのに」
「そこまで気を遣われちゃ俺が恥ずいよ。それに前回は啓に買ってきてもらったし。お返し」
「お、覚えていてくれたんだ」
啓の頬がほんのりと赤くなる。俺のたった一言に喜色が現れる今の啓は、出会ったころと全然違う印象だ。
「友達だから、割り勘ね」
出会ったころに映画館に行ったことを懐かしみわざとらしく口角を上げて言うと、啓は「うん」と答えるがその笑顔には陰りが見えた。無言でジュース代の小銭を渡される。しまった。今啓が俺にどんな感情を抱いてここにいるのか、忘れかけていた。啓は友達では足りないことを。でも俺が言った戯言で気落ちしてしまうのは困る。せっかくなんでも話すことができる友達ができたのに、これからすべての言動に気を付けるなんて御免だ。ここで謝ってしまったら空気が決定的に変わってしまうと思い、そろそろ行こうと声をかけた。スクリーンに着いてからは、普通に話せるようになった。しかし鑑賞中、啓のことが気になってあまり集中できずにいた。後半にさしかかり華麗な推理パートに見入っていると、ひじ掛けに置いた俺の手にひんやりとした手が重ねられた。驚いて横を見ると啓の視線はまっすぐスクリーンに向いている。平然としているけれど、啓の手が汗ばんでいることから、決死の想いで俺の手に触れたことがわかる。俺の意識を映画に戻すと、啓の硬く鍛えられた指が俺の指の隙間に入ってきた。もう俺は驚かなかった。意識は手に集められていたから映画に集中できなかったけど。
映画が終わって照明が付き、啓の手が俺から離れた。
「ごめん、嫌だった?」
俺の顔も見ずに聞いてくる。そんなに塩らしい声で言われて嫌だと言える輩がどこにいるのだろう。
「別に。手は遊園地でも触ってたし」
「そう、ならよかった」
「でも今度から確認してよ、驚くから」
「うん、ごめん」
たまにしかできないお出かけが、終わってしまう。学校で会う啓は皐月と一緒の時の啓だから、俺と遊ぶ時の啓としばらく会えないのは寂しい。
