五
帰りのホームルームが終わり、帰りの支度をしながらスマホを見ると数分前にメッセージが来ていた。
《今日の放課後時間ありますか?》
早川は相変わらず何か頼みごとをするときは敬語になっている。学校で忘れ物を借りに来るとき以外にメッセージが来たのはこれが初めてで、早川との距離が縮まっている気がして小躍りしたくなる。なにせ、学校では早川はその無口さや交友の少なさからミステリアスな皐月の執事といわれているからである。執事というのは言い過ぎている気もするが。そんな彼がショッピングモールで目を輝かせる男だとは俺しか知らないのだという優越感で勝手に盛り上がる。もちろんと返すと、ずっとトーク画面を開いていたかのようにすぐに既読が付く。待っていましたとばかりに、よだれが出てきそうなパフェの写真と《では、ここに行きませんか? 今から迎えに行きます》という文言が画面に映し出される。
俺は三人で行くとばかり思っていたのだが、現れたのは早川一人だった。いかにも可愛らしいスイーツだったから、皐月にでも誘われたのだと勘違いしていた。
「今日は皐月と一緒じゃないのか」
「用事があって車で迎えに来てもらうらしいので、今日はもうお役御免なんだ」
「なるほどね」
歩き始めながら、パフェが好きなのかと問う。返事はショッピングモールの時と同様、食べたことがないから、だった。パフェは俺も中学生になるまで食べたことがなかったから、その気持ちには共感できる。それにしても女性が多そうな店構えだ。
予想通り、店内は八割が女性客で埋まっている。少々気まずいため外の木陰になっている席を選んだ。早川はそんなこと気にせずメニューに目を通している。俺は適当に一番人気の苺パフェに決めた。メニューとにらめっこしている早川を見ていると、放課後を友達と過ごしているという実感が湧いてくる。友達ができなくて泣いていた小学生の自分に知らせてやりたい。そんなことを考えて微笑んでいたら急に早川がこっちを見た。
「俺これにする・・・・・・なんで笑っているの?」
「いや、その、友達と放課後にこうやって出かけるの初めてで、嬉しくて」
「皐月さんとはよくでかけているんじゃ?」
「皐月は友達とは違う気がする。こんなに仲がいい男友達できたのも初めてだし、こういう友達と遊ぶのに憧れてたから」
なんとなく恥ずかしくて早川の顔を見ることができない。憧れてたって、よく考えたら恥ずかしい。早川が黙っているから、時間が途方もなく感じられる。
「俺も。俺も九条がたった一人の初めての友達。だからこの前も今日も来てくれて嬉しかった」
顔を正面に向けると、ぎこちなくはにかんだ早川がいた。こちらをうかがうように目を彷徨わせている。俺にはそれがなにを意味しているのかわからない。
「皐月さんに笑顔のやり方教えてもらったんだけど、どう」
俺は吹き出してしまった。笑顔を教えてもらうことがまず面白い。それにプラスして、作っている笑顔が下手すぎて吹き出すのを止められなかった。俺のその笑いを馬鹿にしたとでも受け取ったのか、早川は「ひどい」と顔を元に戻す。
「もう少し練習した方がいいと思う」
アドバイスをしておいた。
早川が頼んだパフェは大きなメロンが乗ったものだった。メロンも苺も大きく切られている、なるほど人気店なわけだ。てっぺんの苺を口に含むと、ほんのりと酸味を含んだ甘さが広がる。早川の頼んだメロンも期待以上だったようで、次々と口に運んでいる。ほほえましくそれを見ていたら目が合う。
「・・・・・・食べる?」
「いいの? じゃあ一口交換しよう。はい」
苺一かけらと生クリームを乗せたスプーンを差し出すが、なぜだかまごついている。ほら、あーん、というと大げさに驚く。
「恥ずかしくないの?」
「友達同士だったら普通だろう」
そう言うと、早川はおずおずとスプーンを咥えた。恥ずかしそうにしているが、苺を口に含んだ途端目を瞠ったから、このパフェも相当美味しかったのだろう。
「俺、ずっと友達いなかったから。」
長らく苺の味を楽しんでから、啓が呟いた。
「小学校とか中学でも?」
「俺は口数も少ないし、放課後は皐月さんに仕えるために教育されていたから」
そのことについて何か不満を持っている風でもない。まるで当たり前みたいに。自分のいた環境が自分にとって普通なんだ。俺にとっても、小学生の時に皐月と一緒にいてからかわれるのは普通のことだった。
「だから・・・・・・九条は初めての友達。むしろこんな奴と一緒にいる九条が不思議」
「んー、なんだろう、早川といるとなんか落ち着く気がする」
自分でもあまり考えたことがなかった。一番近くにいる同級生の男子ということもあるだろうが、皐月なしに俺を見てくれるからだろうかとも考える。俺の曖昧な返事に、早川はそう、とだけ答えて残りのパフェを口に放り込み始める。そっけない風に見えて照れていたらいいな、なんて想像する。
駅からの帰り、友達ができた時にやりたかったことを口に出してみる。
「なあ、今度からお互いに名前で呼ばない? 友達なんだし」
小学校に「条夫婦」と言われていたのにも一因があるのかもしれないが、学校のクラスメイトは専らが苗字で呼んでくる。友達と名前で呼び合うのは、俺のちょっとした夢でもあった。そんなこと悟られても恥ずかしいので、できるだけ平坦な声になるように気を付けて。
「え、うん」
あっさりと受け入れられた。
「啓」
なに、と目だけこちらに向けてくる。俺が待っていても何も言わない。わかっているくせに。
「俺の名前呼んで」
「・・・・・・隼太」
言った直後、啓は「バカップルみたいだからやめて」と言って顔をそむけた。確かに今のやりとりは付き合いたての恋人みたいだった気もする。啓に友達認定されたことに浮かれすぎた。その後は他愛もない話をして帰路を続行した。
今日も啓から感謝を告げるメッセージが来た。律儀な男だ。
帰りのホームルームが終わり、帰りの支度をしながらスマホを見ると数分前にメッセージが来ていた。
《今日の放課後時間ありますか?》
早川は相変わらず何か頼みごとをするときは敬語になっている。学校で忘れ物を借りに来るとき以外にメッセージが来たのはこれが初めてで、早川との距離が縮まっている気がして小躍りしたくなる。なにせ、学校では早川はその無口さや交友の少なさからミステリアスな皐月の執事といわれているからである。執事というのは言い過ぎている気もするが。そんな彼がショッピングモールで目を輝かせる男だとは俺しか知らないのだという優越感で勝手に盛り上がる。もちろんと返すと、ずっとトーク画面を開いていたかのようにすぐに既読が付く。待っていましたとばかりに、よだれが出てきそうなパフェの写真と《では、ここに行きませんか? 今から迎えに行きます》という文言が画面に映し出される。
俺は三人で行くとばかり思っていたのだが、現れたのは早川一人だった。いかにも可愛らしいスイーツだったから、皐月にでも誘われたのだと勘違いしていた。
「今日は皐月と一緒じゃないのか」
「用事があって車で迎えに来てもらうらしいので、今日はもうお役御免なんだ」
「なるほどね」
歩き始めながら、パフェが好きなのかと問う。返事はショッピングモールの時と同様、食べたことがないから、だった。パフェは俺も中学生になるまで食べたことがなかったから、その気持ちには共感できる。それにしても女性が多そうな店構えだ。
予想通り、店内は八割が女性客で埋まっている。少々気まずいため外の木陰になっている席を選んだ。早川はそんなこと気にせずメニューに目を通している。俺は適当に一番人気の苺パフェに決めた。メニューとにらめっこしている早川を見ていると、放課後を友達と過ごしているという実感が湧いてくる。友達ができなくて泣いていた小学生の自分に知らせてやりたい。そんなことを考えて微笑んでいたら急に早川がこっちを見た。
「俺これにする・・・・・・なんで笑っているの?」
「いや、その、友達と放課後にこうやって出かけるの初めてで、嬉しくて」
「皐月さんとはよくでかけているんじゃ?」
「皐月は友達とは違う気がする。こんなに仲がいい男友達できたのも初めてだし、こういう友達と遊ぶのに憧れてたから」
なんとなく恥ずかしくて早川の顔を見ることができない。憧れてたって、よく考えたら恥ずかしい。早川が黙っているから、時間が途方もなく感じられる。
「俺も。俺も九条がたった一人の初めての友達。だからこの前も今日も来てくれて嬉しかった」
顔を正面に向けると、ぎこちなくはにかんだ早川がいた。こちらをうかがうように目を彷徨わせている。俺にはそれがなにを意味しているのかわからない。
「皐月さんに笑顔のやり方教えてもらったんだけど、どう」
俺は吹き出してしまった。笑顔を教えてもらうことがまず面白い。それにプラスして、作っている笑顔が下手すぎて吹き出すのを止められなかった。俺のその笑いを馬鹿にしたとでも受け取ったのか、早川は「ひどい」と顔を元に戻す。
「もう少し練習した方がいいと思う」
アドバイスをしておいた。
早川が頼んだパフェは大きなメロンが乗ったものだった。メロンも苺も大きく切られている、なるほど人気店なわけだ。てっぺんの苺を口に含むと、ほんのりと酸味を含んだ甘さが広がる。早川の頼んだメロンも期待以上だったようで、次々と口に運んでいる。ほほえましくそれを見ていたら目が合う。
「・・・・・・食べる?」
「いいの? じゃあ一口交換しよう。はい」
苺一かけらと生クリームを乗せたスプーンを差し出すが、なぜだかまごついている。ほら、あーん、というと大げさに驚く。
「恥ずかしくないの?」
「友達同士だったら普通だろう」
そう言うと、早川はおずおずとスプーンを咥えた。恥ずかしそうにしているが、苺を口に含んだ途端目を瞠ったから、このパフェも相当美味しかったのだろう。
「俺、ずっと友達いなかったから。」
長らく苺の味を楽しんでから、啓が呟いた。
「小学校とか中学でも?」
「俺は口数も少ないし、放課後は皐月さんに仕えるために教育されていたから」
そのことについて何か不満を持っている風でもない。まるで当たり前みたいに。自分のいた環境が自分にとって普通なんだ。俺にとっても、小学生の時に皐月と一緒にいてからかわれるのは普通のことだった。
「だから・・・・・・九条は初めての友達。むしろこんな奴と一緒にいる九条が不思議」
「んー、なんだろう、早川といるとなんか落ち着く気がする」
自分でもあまり考えたことがなかった。一番近くにいる同級生の男子ということもあるだろうが、皐月なしに俺を見てくれるからだろうかとも考える。俺の曖昧な返事に、早川はそう、とだけ答えて残りのパフェを口に放り込み始める。そっけない風に見えて照れていたらいいな、なんて想像する。
駅からの帰り、友達ができた時にやりたかったことを口に出してみる。
「なあ、今度からお互いに名前で呼ばない? 友達なんだし」
小学校に「条夫婦」と言われていたのにも一因があるのかもしれないが、学校のクラスメイトは専らが苗字で呼んでくる。友達と名前で呼び合うのは、俺のちょっとした夢でもあった。そんなこと悟られても恥ずかしいので、できるだけ平坦な声になるように気を付けて。
「え、うん」
あっさりと受け入れられた。
「啓」
なに、と目だけこちらに向けてくる。俺が待っていても何も言わない。わかっているくせに。
「俺の名前呼んで」
「・・・・・・隼太」
言った直後、啓は「バカップルみたいだからやめて」と言って顔をそむけた。確かに今のやりとりは付き合いたての恋人みたいだった気もする。啓に友達認定されたことに浮かれすぎた。その後は他愛もない話をして帰路を続行した。
今日も啓から感謝を告げるメッセージが来た。律儀な男だ。
