それから次に早川からの連絡が来たのは一週間後だった。あんなに人に興味のなさそうな早川から誘ってくるなんて思っても見なかったが、友達とまた出かけることができるのはかなり嬉しい。学校には校外で一緒に遊ぶほど仲がいい友達なんていないから。早川が指定した場所はこれと言った特色はない、最寄りから何駅か先にあるショッピングモールだった。ショッピングモールと言えば俺の中では洋服屋が連想される。前に映画に行ったときはこだわりのあるような服装ではなかったが、何か見たいものがあるのだろうか。それとも服が足りなくなって新しく買う必要があるのだろうか。考えていても仕方がないので、了解の旨を書いた返事を送り、来週を待つことにした。
 やりとりをした次の日、啓は遊ぶ約束をしたことがなかったかのように皐月や俺と話す。皐月は来週のことを全く口に出さないから、知らないのだろう。それは、俺と早川の二人きりで遊ぶということを示している。そうだろうとは思っていたけれど、いざそれを認知すると嬉しいものだ。一条家に仕えているからという名目上ではなく、友達として俺に会ってくれるということに胸が躍る。
 一週間の間、手帳に書き込んだ予定を何度も眺めるほど待ち遠しかったのに、その日はあっという間にきた。六月ということもあり、空はどんよりと暗い色で覆われ、先月まで元気だった太陽は見えない。室内だからほとんど使うこともないだろうが、一応折りたたみ傘を鞄に入れた。扉を開くと、丁度早川がいてびっくりした。
「おぁ、おはよう」
「おはよう」
 日々の成果により、早川は敬語を使わないようになった。皐月も同様に敬語を嫌ったから、今では三人でいるときは友達として気さくに話すようになっている。
 今日も、移動は電車を使うことにする。行きの電車内では普段の学校のこととか、皐月の話をした。皐月のはっきりとした性格は家の中でも発揮しているらしく、親相手にもひるまず反抗的になることもあるんだと。俺はその変わらなさに憧れている。一通り話すと、無言になる。俺は思い切って今日の目的地について聞いてみる。
「今日はなんであのショッピングモールにしたの?」
「嫌だった?」
「そんなことないけど。何か見たいものがあるのかなって」
「えっと、ただショッピングモールとかあんまり行ったことないから行ってみたかっただけ。俺の好奇心に付き合わせてごめん」
 早川には変な謝り癖がついている。謝る必要のない場面、あるいは謝るのが早い場面での謝罪が多い。きっと親の育て方が厳しかったのだろうと勝手に推測するが、でもやはり何も悪いことをしていないのに謝られるのは居心地が悪い。
「謝るなよ、俺もあそこ行くの久しぶりだから楽しみにしてたし」
「・・・・・・うん」
「それに俺友達とどこか行くのこの前の映画が初めてくらいで、すごい楽しかったから、誘ってくれたらどこでも行くよ」
 本心を冗談めかして言ったつもりだったが、それを聞いた早川は真顔で「ありがとう」と言ってくる。本気で感謝されたら恥ずかしいからやめてほしい。冗談はあまり通じないということを覚えておこう。
 ショッピングモールは電車から降りてすぐのところにある。中に入ると、早川はまずどこにでもあるような雑貨屋に食いついた。
「何か欲しいものでもあった?」
「いや・・・・・・いろいろなものがあったから面白そうでつい」
 こういうところに来たことがないって言っていた。それならば、大概のお店が初対面かもしれない。いつもと同じ早川の表情の中に、好奇心が垣間見られる。結局、その店で動物の柄のペン立てを買っていた。
「動物、好きなの?」
「皐月さんが好きだと言っていたので、お土産に」
 友達と遊びに来ているときまでご主人様のことを考えるとは感心だな。そんな皮肉を頭に思い浮かべていたら早川の興味はもう別のところに移っている。もう三店舗も隣まで歩き始めている。次に止まったのは、洋服屋だ。
「服も買うの?」
「買うつもりはないんだけど、知ってるブランドだったから」
 早川も知っているくらいだから、ここは少々お高めのお店だ。彼は店先で陳列棚を見物し、値段を見て固まった。どうやら価格帯は知らなかったらしい。早川は背が高いしすらっとしているから、店にある商品はほとんどが似合いそうだ。今度皐月と一緒に来て買ってもらうといい。歩きながら店を流し目で見ていく。無言でも店の中を歩いているのは楽しい。
 次に早川が立ち寄ったのはゲームセンター。
「ここって、ゲームセンター? 見たことはあったけど入るのは初めて」
 執拗な明かりと騒音が目と耳を刺激してくるが、不快というよりも懐かしい感覚になった。小さい頃父親にねだってクレーンゲームをやったのを思い出す。俺が幼い頃は父もまだ下っ端で、家も賃貸だった。そこから順調に出世して、今じゃ一条グループとの契約を勝ち取るほどだ。
そういう思い出も早川にはないのかと、家族の在り方に思いをはせる。そんなこと露知らず早川はクレーンゲームにへばりついている。初めてやって上手いなんてことはなく、やり方を教えただけじゃ全く太刀打ちできていなかった。俺も上手くはないので商品は諦めてもらった。
 店内を散歩して疲れたのでフードコートへ向かう。これも初だったらしく、「高校の食堂よりも広い」と言っており、俺は笑いをこらえるのに必死だった。フードコートは、休日ということもあり家族連れなどで混雑していたが、二人掛けの席はすぐ見つかった。今日の昼食は早川が食べてみたいという長崎ちゃんぽんに決定した。そろそろ一条家の食事に慣れた頃だろうに、この前のハンバーガーの時と同じく急ぐように食べて一言「美味しい」と評す。こんなに美味しそうに食べるのに無表情なのが早川のいいところであり面白いところだ。一条家でもこんな感じで完食しているんだろう。
 その後は早川が行きたいという本屋に行く。俺は国語の授業くらいでしか本を読んだことがない。しかも国語のテストはいつも点数があまりよくないから、苦手な部類だ。特に見たいところもないので、早川についていく。今は本屋大賞受賞作を見ている。
「この中で何か読んだことある?」
「三冊は読んだ」
「すげーな」
 本が積んである脇に書かれたポップを読んで気になりはするが本を読む気にはならない。ここで読みたくなるかどうかはきっと子供のころからの読書習慣が大事なんだろうかと思案していると、早川は本屋大賞の中から一冊取ってレジに向っていく。レジから戻ってきた早川は大事そうに本が入った袋を抱えて「お待たせしました、そろそろ帰りましょうか」と言った。無意識の領域まで敬語が刷り込まれているのか、今でもたまに敬語を使ってくることがある。帰りの電車でも特筆して会話が弾むこともなく、駅に着く。行きで会話デッキを使い果たしたかのように、無言で家までの道のりを歩く。
「早川、それ、あ、いやなんでもない」
 小さい頃から父に教え込まれた女子(特に皐月)に対する気遣いを発動して荷物を持とうかと言い始めそうになった。流石に同性の、年下ならまだしも同級生にそれを言うのは馬鹿にしているような感じになりそうだ。早川は俺が不自然に言葉を切ったことに首を傾げたが、それ以上聞いては来ない。また無言になり中空を見つめながら歩を進めているとすぐ家の前に着いた。
「今日もありがとう。楽しかった」
 面と向かって楽しかったと言われるとむず痒い。しかも早川は生真面目な顔で見つめながら言うからなおさら照れる。こちらも楽しかったと言い、家の目の前で別れた。きっと家に入って「ただいま」と言った時の俺は満面の笑みだったに違いない。
その夜、また早川からメッセージが来た。
《皐月さん、お土産を喜んでくれてる。今日はありがとう。今度は九条の好きなところに一緒に行きたい》
 可愛らしいペンが入った動物柄のペン立ての写真も送られてきた。