二
皐月と話して落ち着いたと言っても、啓を失った寂しさは埋められないまま時が過ぎてゆく。新学年最初の定期テストは、今までで一番悪かった。親には勉強が難しくなったと言い訳をしたが、本当は勉強に身が入らなかった。親も本当の理由はお見通しのはずだけど、何も言わないでくれている。自分でも女々しいと思うほどまでに、啓のことを恋しいと思ってしまう。暇な時には、既読のつかない啓とのトーク画面を眺めてしまう。
しかし現実は待ってくれるはずもなく、次回のテストも点数が落ちたら付属大学への入学切符の入手が困難になる。今は皐月の手も借りて、自分を奮い立たせている。
皐月は、全科目満遍なくできる努力家だ。彼女の努力を知っているから、他のみんなみたいに簡単に天才という言葉では称さない。
啓とのことがあってから皐月とはしばらくギクシャクしていたけれど、最近やっと前みたいに話せるようになってきた。
皐月は勉強を教えるのも上手だ。家でやると怠けてしまうので、皐月の行きつけのカフェに来てテスト勉強をしている。コーヒー一杯の値段に驚いたので、今後一人で来ることはないだろう。
店内は、落ち着いた雰囲気なのにところどころからかすかな雑談が聞こえてくるという、俺にとってはちょうどいい塩梅の音調だ。中間テストでは手につかなかった勉強も、こういう場所に来ることによって無理やりにでもできる。皐月の気遣いは本当にありがたい。一度こちらから好意を断ったにも関わらず、前と同じ笑顔を向けてくれる。啓と会えない俺にとって、皐月とこうしていることが心の休息になる。
夏休み前の期末テストは、好調に終わった。ほとんど全ての科目の点数が上がり、親の機嫌もよくなる。皐月には感謝してもしきれない。
恋人も友達も皐月以外にはいない俺の第二学年は足早に過ぎ去っていった。つい最近まで蒸すような暑さに辟易していた気がするのに、もう日が短くなってきている。秋の涼しさもなくなり、今は年末の慌ただしさが顔を覗かせている。
今年のクリスマスパーティは、一条家のみで執り行われることになった。皐月から連絡が来た。
《年のクリスマスパーティは見送りたいって》
この連絡が来た時、正直ホッとした。あれほど反抗しながら、普通の顔で相対することができるほど恥がないわけではない。皐月の父親と和解もしていない中で楽しむことができるはずがない。
今日は、今年のクリスマスは家で盛大にやろうと、親と一緒に買い物に出向いている。今はお互いにプレゼントを買うため、各々で街を散策している。父親へのプレゼントを購入し、次に母親へのプレゼントを雑貨屋で購入した後、店を出た。余った時間をどうしようかと周りを見ていると、三店舗隣のカフェのドアが開いた。聞いたことのない店名だ。個人経営なのだろうか。
お店から出てきた後ろ姿は、俺が見間違うはずのない、啓のものだった。自分の目がおかしくなったのかと思ってよく目を凝らして見てみる。啓だ。あの吸い込まれそうなほどに黒い髪と、周りからは頭ひとつ飛び出る長身。夕方の雑踏をかき分けながら啓のいる方向に足を動かす。人が多すぎて上手く進めない。すみません、すみませんと謝りながら、啓から目を離すまいと前に進んでいると腕を掴まれた。
「そろそろ食品買うよ」
母親だった。俺の必死の形相を見て訝しげな顔をする。母親の言葉を無視してもう一度前を向くと、もう啓は見えなくなっていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。今行くよ」
今のはきっと幻だ。俺がテスト後で疲れてたんだ。そう思うことにした。そう思わないと、会いたくなってしまうから。
皐月と話して落ち着いたと言っても、啓を失った寂しさは埋められないまま時が過ぎてゆく。新学年最初の定期テストは、今までで一番悪かった。親には勉強が難しくなったと言い訳をしたが、本当は勉強に身が入らなかった。親も本当の理由はお見通しのはずだけど、何も言わないでくれている。自分でも女々しいと思うほどまでに、啓のことを恋しいと思ってしまう。暇な時には、既読のつかない啓とのトーク画面を眺めてしまう。
しかし現実は待ってくれるはずもなく、次回のテストも点数が落ちたら付属大学への入学切符の入手が困難になる。今は皐月の手も借りて、自分を奮い立たせている。
皐月は、全科目満遍なくできる努力家だ。彼女の努力を知っているから、他のみんなみたいに簡単に天才という言葉では称さない。
啓とのことがあってから皐月とはしばらくギクシャクしていたけれど、最近やっと前みたいに話せるようになってきた。
皐月は勉強を教えるのも上手だ。家でやると怠けてしまうので、皐月の行きつけのカフェに来てテスト勉強をしている。コーヒー一杯の値段に驚いたので、今後一人で来ることはないだろう。
店内は、落ち着いた雰囲気なのにところどころからかすかな雑談が聞こえてくるという、俺にとってはちょうどいい塩梅の音調だ。中間テストでは手につかなかった勉強も、こういう場所に来ることによって無理やりにでもできる。皐月の気遣いは本当にありがたい。一度こちらから好意を断ったにも関わらず、前と同じ笑顔を向けてくれる。啓と会えない俺にとって、皐月とこうしていることが心の休息になる。
夏休み前の期末テストは、好調に終わった。ほとんど全ての科目の点数が上がり、親の機嫌もよくなる。皐月には感謝してもしきれない。
恋人も友達も皐月以外にはいない俺の第二学年は足早に過ぎ去っていった。つい最近まで蒸すような暑さに辟易していた気がするのに、もう日が短くなってきている。秋の涼しさもなくなり、今は年末の慌ただしさが顔を覗かせている。
今年のクリスマスパーティは、一条家のみで執り行われることになった。皐月から連絡が来た。
《年のクリスマスパーティは見送りたいって》
この連絡が来た時、正直ホッとした。あれほど反抗しながら、普通の顔で相対することができるほど恥がないわけではない。皐月の父親と和解もしていない中で楽しむことができるはずがない。
今日は、今年のクリスマスは家で盛大にやろうと、親と一緒に買い物に出向いている。今はお互いにプレゼントを買うため、各々で街を散策している。父親へのプレゼントを購入し、次に母親へのプレゼントを雑貨屋で購入した後、店を出た。余った時間をどうしようかと周りを見ていると、三店舗隣のカフェのドアが開いた。聞いたことのない店名だ。個人経営なのだろうか。
お店から出てきた後ろ姿は、俺が見間違うはずのない、啓のものだった。自分の目がおかしくなったのかと思ってよく目を凝らして見てみる。啓だ。あの吸い込まれそうなほどに黒い髪と、周りからは頭ひとつ飛び出る長身。夕方の雑踏をかき分けながら啓のいる方向に足を動かす。人が多すぎて上手く進めない。すみません、すみませんと謝りながら、啓から目を離すまいと前に進んでいると腕を掴まれた。
「そろそろ食品買うよ」
母親だった。俺の必死の形相を見て訝しげな顔をする。母親の言葉を無視してもう一度前を向くと、もう啓は見えなくなっていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。今行くよ」
今のはきっと幻だ。俺がテスト後で疲れてたんだ。そう思うことにした。そう思わないと、会いたくなってしまうから。
