七
四月になり、三人とも無事に進級することができた。三月は幾つかの行事の後、修了式を境に春休みに入った。啓とはデートに誘わなければ会えない。何度か誘ってみたものの、皐月から遊びに誘われることもあり三人でのお出かけが主だった。皐月は登下校の時以上にいろんな話をしてくれる。学校でのこと、家でのこと、啓のこと。啓とのデートでは話をリードする側にいる俺にとって際限なく話を繋げてくれる皐月はありがたく、雑談の参考にもなる。
進級してクラス替えがあり、俺と啓と皐月は同じクラスになった。だからより一層一緒にいる時間が増える。授業中、ぼーっとしていると自分でも気づかない間に啓を見ていることがある。去年友達のままでいたいと思っていた自分に、今の骨抜きになった俺を見せてやりたい。
皐月が委員会で遅くなる日の放課後、俺と啓は皐月と一緒に帰るために待っていた。教室にはもう誰もいない。外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
「あのさ、しばらく二人で出かけてないし、今度のゴールデンウィークにでもまた出かけたい」
「うん、俺も二人きりで出かけたいと思ってた」
「よかった、最近誘ってくれなかったから。どこがいい?」
よかった、と息を吐きだす啓は渾身の力を振り絞ったとでもいうようだ。啓は、友達としてしか見られないと言った過去の俺を気にしているのか。今はそんなこと微塵も思っていないのに。
「俺さ、啓と手をつないで歩いてみたい」
「え?」
俺の気持が伝わるように、俺の願望を告げる。
「だから、この辺じゃなくてちょっと離れたところで遊ぼう」
「・・・・・・俺も、啓と恋人みたいに接してみたい」
夕陽に照らされていてもわかるほどに啓の頬は赤く染まっている。その確たる証拠で、揺るぎない啓の気持ちを再確認できる。言葉で好きだと言われるのも好きだけれど俺はこうやって思いがけず出てしまう好意がこの上なく好きだ。
俺たちは一度キスをしたが、身体的接触は周りの視線もあって避けてきた。恋人なら当たり前であろう手を繋ぐ行為さえ隠れてしていた。啓の返事を聞いてすぐにスマホで適当な場所を調べ始める。
「これ、どう、東京の多摩地域にテーマパークがある。知り合いがわざわざ行くところでもなさそうだし」
満面の笑みのお客さんが映ったテーマパークのホームページを見せる。自然と融合したような景観で都心の遊園地とはまた違ったよさがある。
「いいね、ここがいい。楽しみ」
そうつぶやいた啓の右腕が俺に向って伸びてきた。しかし、廊下から足音が聞こえ、その腕は引っ込められる。
「お待たせ! ありがとね、待っててくれて」
皐月が委員会から戻ってきた。無駄話が多いとか文句を言いながら素早く帰り支度をしている。後もう少しで啓のひんやりとした手に触れられたのに。そう思いながら立ち上がって皐月の元へ歩き出す。啓は赤面した顔から元のポーカーフェイスに戻っている。
ゴールデンウィークまではあっという間だった。まだ五月だというのに初夏を思わせる気温の中、駅へと歩を進める。誰にも知られない地へ行くのだからと、啓とは途中から合流することにした。誰にもつけられず、見つからず、誰も知らない地でデートをする。二人だけの秘密。
目的のテーマパークは、近所の遊園地ほどではないものの混雑していた。駅から出てその地に踏み出すと、都会とは違う空気の流れを感じた。時の流れる速さが違うのではないかとも思った。慌ただしく人々が入り混じる都心とは違う景色だ。
テーマパークにある乗り物は大抵どこも差はなく、この前行った遊園地と同じようなものばかりだ。メリーゴーランド、ジェットコースター、子供向けの遊具。規模感はこれまで行ったどの遊園地よりも小さい。
二人で初めて遊園地に行った時をなぞるように乗り物に乗る。その時と違ったのは、ずっと啓と手を繋いでいたということだけだ。ひんやりとしている啓の手も、この陽気の中で手を繋いでいればだんだん汗ばんでくる。お互いの汗が混じり合っていくのを感じる。けれど、手を離すことはない。このテーマパークにいる誰に見られても構わない。いつのまにか、指と指が絡み合うように繋がれている。今日一日、高鳴る鼓動が止むことはなかった。
新鮮な地でのテーマパークを夕方まで楽しみ、そろそろ帰ろうということになった。中途半端な時間だからか、テーマパークの最寄駅は閑散としている。電車が来る時間までベンチに座って待つ。周りを見渡すと二、三人が電車を待っている。スマホや本に夢中でこちらに注目している人はいない。その隙を狙って俺は啓の頬に優しく口づけをしてみた。啓が目を大きく見開いてこちらを見る。軽率だっただろうか。
「ごめん、急にしたくなって」
自分でも恥ずかしいような言い訳だ。いつから自分がこんなに浮かれた人間になってしまったのか。やってから後悔の念が押し寄せ、顔が熱くなる。
「俺も」
啓は、自分のキャップで俺たちの顔を隠して俺の唇に口つけた。これで二度目だ。俺が前に啓の唇がカサカサしてるって言ったから、啓は保湿リップをつけるようになった。今日の啓の唇は前と違って潤っていた。
四月になり、三人とも無事に進級することができた。三月は幾つかの行事の後、修了式を境に春休みに入った。啓とはデートに誘わなければ会えない。何度か誘ってみたものの、皐月から遊びに誘われることもあり三人でのお出かけが主だった。皐月は登下校の時以上にいろんな話をしてくれる。学校でのこと、家でのこと、啓のこと。啓とのデートでは話をリードする側にいる俺にとって際限なく話を繋げてくれる皐月はありがたく、雑談の参考にもなる。
進級してクラス替えがあり、俺と啓と皐月は同じクラスになった。だからより一層一緒にいる時間が増える。授業中、ぼーっとしていると自分でも気づかない間に啓を見ていることがある。去年友達のままでいたいと思っていた自分に、今の骨抜きになった俺を見せてやりたい。
皐月が委員会で遅くなる日の放課後、俺と啓は皐月と一緒に帰るために待っていた。教室にはもう誰もいない。外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
「あのさ、しばらく二人で出かけてないし、今度のゴールデンウィークにでもまた出かけたい」
「うん、俺も二人きりで出かけたいと思ってた」
「よかった、最近誘ってくれなかったから。どこがいい?」
よかった、と息を吐きだす啓は渾身の力を振り絞ったとでもいうようだ。啓は、友達としてしか見られないと言った過去の俺を気にしているのか。今はそんなこと微塵も思っていないのに。
「俺さ、啓と手をつないで歩いてみたい」
「え?」
俺の気持が伝わるように、俺の願望を告げる。
「だから、この辺じゃなくてちょっと離れたところで遊ぼう」
「・・・・・・俺も、啓と恋人みたいに接してみたい」
夕陽に照らされていてもわかるほどに啓の頬は赤く染まっている。その確たる証拠で、揺るぎない啓の気持ちを再確認できる。言葉で好きだと言われるのも好きだけれど俺はこうやって思いがけず出てしまう好意がこの上なく好きだ。
俺たちは一度キスをしたが、身体的接触は周りの視線もあって避けてきた。恋人なら当たり前であろう手を繋ぐ行為さえ隠れてしていた。啓の返事を聞いてすぐにスマホで適当な場所を調べ始める。
「これ、どう、東京の多摩地域にテーマパークがある。知り合いがわざわざ行くところでもなさそうだし」
満面の笑みのお客さんが映ったテーマパークのホームページを見せる。自然と融合したような景観で都心の遊園地とはまた違ったよさがある。
「いいね、ここがいい。楽しみ」
そうつぶやいた啓の右腕が俺に向って伸びてきた。しかし、廊下から足音が聞こえ、その腕は引っ込められる。
「お待たせ! ありがとね、待っててくれて」
皐月が委員会から戻ってきた。無駄話が多いとか文句を言いながら素早く帰り支度をしている。後もう少しで啓のひんやりとした手に触れられたのに。そう思いながら立ち上がって皐月の元へ歩き出す。啓は赤面した顔から元のポーカーフェイスに戻っている。
ゴールデンウィークまではあっという間だった。まだ五月だというのに初夏を思わせる気温の中、駅へと歩を進める。誰にも知られない地へ行くのだからと、啓とは途中から合流することにした。誰にもつけられず、見つからず、誰も知らない地でデートをする。二人だけの秘密。
目的のテーマパークは、近所の遊園地ほどではないものの混雑していた。駅から出てその地に踏み出すと、都会とは違う空気の流れを感じた。時の流れる速さが違うのではないかとも思った。慌ただしく人々が入り混じる都心とは違う景色だ。
テーマパークにある乗り物は大抵どこも差はなく、この前行った遊園地と同じようなものばかりだ。メリーゴーランド、ジェットコースター、子供向けの遊具。規模感はこれまで行ったどの遊園地よりも小さい。
二人で初めて遊園地に行った時をなぞるように乗り物に乗る。その時と違ったのは、ずっと啓と手を繋いでいたということだけだ。ひんやりとしている啓の手も、この陽気の中で手を繋いでいればだんだん汗ばんでくる。お互いの汗が混じり合っていくのを感じる。けれど、手を離すことはない。このテーマパークにいる誰に見られても構わない。いつのまにか、指と指が絡み合うように繋がれている。今日一日、高鳴る鼓動が止むことはなかった。
新鮮な地でのテーマパークを夕方まで楽しみ、そろそろ帰ろうということになった。中途半端な時間だからか、テーマパークの最寄駅は閑散としている。電車が来る時間までベンチに座って待つ。周りを見渡すと二、三人が電車を待っている。スマホや本に夢中でこちらに注目している人はいない。その隙を狙って俺は啓の頬に優しく口づけをしてみた。啓が目を大きく見開いてこちらを見る。軽率だっただろうか。
「ごめん、急にしたくなって」
自分でも恥ずかしいような言い訳だ。いつから自分がこんなに浮かれた人間になってしまったのか。やってから後悔の念が押し寄せ、顔が熱くなる。
「俺も」
啓は、自分のキャップで俺たちの顔を隠して俺の唇に口つけた。これで二度目だ。俺が前に啓の唇がカサカサしてるって言ったから、啓は保湿リップをつけるようになった。今日の啓の唇は前と違って潤っていた。
