一
年季の入った学校指定のローファーを履き、ドアを開けると眩しい日差しが入って来る。まだ春だというのに、太陽は夏の予行練習かのように輝いている。太陽光を浴びて気持ちよさそうな我が家の生垣越しに皐月が見えた。隣に住む一条皐月は、小さい頃から家族ぐるみで仲がいい幼馴染みたいなものだ。皐月の父親が社長で、俺の父親がその会社の取引先という縁がある。学校もずっと同じ私立に通っている。俺の親は、収入のわりに少し背伸びした有名私立に俺を通わせてくれており、家も普通よりは見栄えはいいが本物のお金持ちからしたら若干見劣るというなんとも中途半端な家。一方皐月は生粋のお嬢様でエリートコースを歩んでいる。
今日は高校の入学式だ。といっても、エスカレーター式の学校だからほとんどが知り合いで、形式的なものに過ぎない。皐月の家には劣る門扉を開けて、話しかける。
「皐月、おはよう」
「あぁおはよう、隼太」
皐月の隣には見慣れない長身の男がいる。見たところ同い年くらい、墨汁で染めたみたいに黒い髪で目が隠れそうだというのが第一印象。彼はじっとこちらを見ている。
「こちら、今年から私のボディガード的なことをしてくれる早川啓くん。同い年だし仲良くしてね」
「そうなんだ、俺は九条隼太、よろしく」
「皐月様から伺い、存じ上げております。よろしくお願いします」
同い年だというのに、口調や所作は大人びている。差し出された手を取ると、がっしりとした硬い手で握られた。あまり日焼けをしていないからだろうか、想像以上の力で握られたことに驚く。ボディガードというのだから鍛えているに決まっているか。
「うちの遠い親戚で、早川くんの家は代々うちに仕えてるんだってさ。だから小さい頃から武術とか言葉遣いの鍛錬をしてるんだって。もう高校生なんだからいらないって言ったのにさ、まあ、友達が増えるのは嬉しいよ」
本人の目の前でこれを言うことができる皐月も皐月だ。小さい頃も思ったことをすぐ口に出して怒られていた。でも、正直に話をしてくれる彼女と一緒にいるのは苦ではない。
高校は徒歩圏内のため、三人で登校した。その間に、早川啓についていろいろ聞いた。今年から家に住み込みで越してきたこと、高校での皐月の見守りが中心ということ。正直、高校生に目付け役をつけるなんてどんな時代だよと言いたくなるが、あの大きな会社の一人娘だと思うと納得しそうになる。皐月も、文句を言いながらもその親心はわかっているようだ。
皐月と早川とはクラスは別だった。もちろん、父親の計らいであろう、二人は一緒のクラス。クラス数も多く教室が離れているので顔を合わせる機会は教室移動のときくらいか。皐月とクラスが別というのは、本当のことを言うと嬉しい。初等部のとき、俺たちは親同士の仲もあり一緒に行動することが多かった。そのとき俺たちの苗字をいじって「条夫婦」などというあだ名で呼ばれていた。俺はそれが恥ずかしくて仕方なくて、わざと皐月を避けるようになる。しかも人見知りで内気な性格だったから、言い返すこともできなくて。俺がこの性格を変えようと思ったのは中等部に入ってからで、その頃からいじられても笑って帰すようにしている。その方が楽だということに気づいたから。そうやって明るくふるまっていたら周りに人が集まるようになって、学校だけで話す友達がたくさんできた。最初は嬉しかったけれど、今は親友というものに憧れている。
入学式は無事執り行われ、新クラスには自己紹介する必要のないほど見知った顔があった。見たことのない人が何人かいたが、その人たちはきっと高等部から入ってきた人だろう。内部生ばかりの場所は居辛いだろうな。その後の自己紹介や委員会決めも無難に終わり、また毎日学校に通う日が続くのかと思うと気が重い。その日の帰りは皐月たちと一緒になることもなく一人で帰った。
それからは約束せずともなんとなく三人で登校している。予想通り校内で会うのは廊下の一瞬だけで、その時は会釈をするくらい。たまに早川が先生に頼まれたであろう大荷物を運んでいるのに遭遇して手伝うこともある。そんな感じで、特に深く関りを持つこともなく過ごす。
年季の入った学校指定のローファーを履き、ドアを開けると眩しい日差しが入って来る。まだ春だというのに、太陽は夏の予行練習かのように輝いている。太陽光を浴びて気持ちよさそうな我が家の生垣越しに皐月が見えた。隣に住む一条皐月は、小さい頃から家族ぐるみで仲がいい幼馴染みたいなものだ。皐月の父親が社長で、俺の父親がその会社の取引先という縁がある。学校もずっと同じ私立に通っている。俺の親は、収入のわりに少し背伸びした有名私立に俺を通わせてくれており、家も普通よりは見栄えはいいが本物のお金持ちからしたら若干見劣るというなんとも中途半端な家。一方皐月は生粋のお嬢様でエリートコースを歩んでいる。
今日は高校の入学式だ。といっても、エスカレーター式の学校だからほとんどが知り合いで、形式的なものに過ぎない。皐月の家には劣る門扉を開けて、話しかける。
「皐月、おはよう」
「あぁおはよう、隼太」
皐月の隣には見慣れない長身の男がいる。見たところ同い年くらい、墨汁で染めたみたいに黒い髪で目が隠れそうだというのが第一印象。彼はじっとこちらを見ている。
「こちら、今年から私のボディガード的なことをしてくれる早川啓くん。同い年だし仲良くしてね」
「そうなんだ、俺は九条隼太、よろしく」
「皐月様から伺い、存じ上げております。よろしくお願いします」
同い年だというのに、口調や所作は大人びている。差し出された手を取ると、がっしりとした硬い手で握られた。あまり日焼けをしていないからだろうか、想像以上の力で握られたことに驚く。ボディガードというのだから鍛えているに決まっているか。
「うちの遠い親戚で、早川くんの家は代々うちに仕えてるんだってさ。だから小さい頃から武術とか言葉遣いの鍛錬をしてるんだって。もう高校生なんだからいらないって言ったのにさ、まあ、友達が増えるのは嬉しいよ」
本人の目の前でこれを言うことができる皐月も皐月だ。小さい頃も思ったことをすぐ口に出して怒られていた。でも、正直に話をしてくれる彼女と一緒にいるのは苦ではない。
高校は徒歩圏内のため、三人で登校した。その間に、早川啓についていろいろ聞いた。今年から家に住み込みで越してきたこと、高校での皐月の見守りが中心ということ。正直、高校生に目付け役をつけるなんてどんな時代だよと言いたくなるが、あの大きな会社の一人娘だと思うと納得しそうになる。皐月も、文句を言いながらもその親心はわかっているようだ。
皐月と早川とはクラスは別だった。もちろん、父親の計らいであろう、二人は一緒のクラス。クラス数も多く教室が離れているので顔を合わせる機会は教室移動のときくらいか。皐月とクラスが別というのは、本当のことを言うと嬉しい。初等部のとき、俺たちは親同士の仲もあり一緒に行動することが多かった。そのとき俺たちの苗字をいじって「条夫婦」などというあだ名で呼ばれていた。俺はそれが恥ずかしくて仕方なくて、わざと皐月を避けるようになる。しかも人見知りで内気な性格だったから、言い返すこともできなくて。俺がこの性格を変えようと思ったのは中等部に入ってからで、その頃からいじられても笑って帰すようにしている。その方が楽だということに気づいたから。そうやって明るくふるまっていたら周りに人が集まるようになって、学校だけで話す友達がたくさんできた。最初は嬉しかったけれど、今は親友というものに憧れている。
入学式は無事執り行われ、新クラスには自己紹介する必要のないほど見知った顔があった。見たことのない人が何人かいたが、その人たちはきっと高等部から入ってきた人だろう。内部生ばかりの場所は居辛いだろうな。その後の自己紹介や委員会決めも無難に終わり、また毎日学校に通う日が続くのかと思うと気が重い。その日の帰りは皐月たちと一緒になることもなく一人で帰った。
それからは約束せずともなんとなく三人で登校している。予想通り校内で会うのは廊下の一瞬だけで、その時は会釈をするくらい。たまに早川が先生に頼まれたであろう大荷物を運んでいるのに遭遇して手伝うこともある。そんな感じで、特に深く関りを持つこともなく過ごす。
