(まあ、あれだけ怖がらせたのだから仕方ないが)
閏は神経質になっているが、狗神にとって刺客など日常茶飯事であり、あまり気に留めるようなものでもない。普段そのような者が現れれば、気絶させて領地の外に適当に放り出しておくぐらいで済ませる。
だが紫陽にそうしなかったのは、前に偶然出会った時に、その美しい剣捌きを目にして興味を持っていたからだった。
別に彼女のことも殺すつもりはなかった。ただ、追い詰められてなお抗おうとする姿を美しく感じ、それを見たいがために、つい本気になってしまった。
その状況が変わったのは、狗神が油断していた瞬間に振るわれた剣先が、頬にわずかに当たった瞬間。
刃先から流れ込んでくる、紫陽の霊力。
その瞬間、どうして一度会っただけの彼女が妙に頭から離れなかったのか、ここまで興味惹かれてしまったのか、理解した。
彼女こそが、狗神がずっと……気の遠くなるような長い時間、探していた存在なのだと。
しかし今はまだ、そのことを杏にも、紫陽本人にも伝える気は無かった。
「俺は彼女がここでの生活に慣れるまで関わるのはやめておく。任せたぞ、杏」
「もうっ。承りましたけど……」
立ち上がった狗神は、まだ何か言いたげな杏に背を向け、庭を後にした。


