紫陽は剣に手をかけ、警戒心を露わに問いかける。
──ふわり、と一陣の風が吹いた。
舞い上がる砂埃に思わず閉じてしまった目を恐る恐る開く。
(あ……)
驚きで動けなくなった。
そこにいたのは、月の光を浴びて白銀色に輝く恐ろしくも美しい獣だった。艶やかな毛並みをした山犬のような、だけど普通の山犬ではないのは誰もが一目でわかる。
……妖だ。
「貴方は、いったい……」
紫陽は呟きながら刀を抜き、その剣先を獣に向ける。
距離があってもわかる禍々しいほどの存在感。先ほど紫陽が切り伏せた雑魚とはどう見ても格が違う。
あまりに力量に差がある相手と対峙すると立っていることすらままならなくなるらしい。自分の震える足を見てそう知った。
「だが、少し詰めの甘い部分はあるようだ」
獣はゆっくりと紫陽の方へと歩み寄って来る。向けられた剣先を恐れる様子は微塵も見せない。
足の震えが手にも伝染してきたのだろうか。握る刀が揺れている。
一歩、また一歩と近づく獣が、パッと一瞬姿を消した。
そして。
「なっ」
獣がいたはずの場所には、代わりに一人の男が立っていた。
獣と同じ、艶やかで美しい白銀色の長い髪。齢は二十をいくらか過ぎたぐらいか。その間から覗く鳩羽色の瞳はまっすぐ紫陽の方を向いている……否、正確には紫陽の背後を見ていた。


